第9話 下宿の人たちは いい人たち

 下宿をすることになった。

 どうしてこうなった。

 確かこう言ったはずだ。


「会社クビになって、寮から出ないといけないんですよ。どこか安いところありませんか。あ、今って空き家が問題になっていますよね。空き家に安く住まわせてくれるとか、ありませんか」


 空き家が多い町にある下宿に住むことになった。

 各駅停車しか止まらない駅から三十分バスに乗る。バス停から十分歩く。空き家の方が多いんじゃないか。

 でもここは、当たりだった。安いだけじゃない。

 大家のエトウさん(男、五十六歳)が、朝晩の食事を作ってくれる。奥さんが亡くなる前から作っているらしい。おいしい。

 下宿人は二人。オレ(男、二十七歳)とオオノさん(男、三十歳)

 オオノさんは、病気療養中らしい。痩せていて、顔色もあまり良くない。が、オオノさんによると、病気前からあまり変わっていないそうだ。

 新しく入居したオレを気遣ってくれる。

 大家さんもオオノさんも穏やかな人だった。


 静かな町、穏やかな人、おいしいご飯。いいところに住めてよかった。と、思っていたのに。


 午後十一時。歌が聞こえる。歌というよりがなっている。このところ毎晩うるさい。

 警察に相談しようと朝食のとき二人に言ったが、反対された。

 二人とも歌のおっさんの知り合いだった。なんでも仕事をクビになりそうだという。酒飲んで荒れているらしい。同情しているのだろうが、迷惑だろう。眠れない。

 オオノさん、昼間に横になる時間が増えた。顔色が以前よりも悪くなっているような。二人とも食べる量が少し減った。

 知り合いかばうよりも自分の健康だと思うんだけど。怒って腹が減り、食欲が落ちない、いや、少し増した人間には、二人の考えが分からない。

 

 大家さんがケガをして帰っていた。歌のおっさんと話し合いに行っただけなのに。

 警察に行くように言っても、頷かない。クビになった人間からすると、そこまでかばうことか、とも思う。怒っているのは、オレ一人。

 

 数か月も我慢したオレってエライ。


 静かな夜が戻ってきた。

 おっさんが行方不明だと大家さんからきいた。

 二人とも心配している。あんなに迷惑かけられたのに。人が良すぎる。


 悪いのは、静かな夜を自力で取り戻したオレ一人。

 

 



 

 

 

 


 


 


 


 

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