第5話 対の魔術
「君は魔術を知っているかい?」
初めて入った飲み屋で、変な客に話しかけられてしまった。
会社の知り合いが入らなそうな店を選んで入った。カウンター七席だけの小さな店だった。店主と一番奥の席に客が一人いた。
ビールを頼んだ後なので、店を出るに出られない。嫌なことを飲んで忘れようと入ったのに。
どうしようか考えていると、また声を掛けられる。
「魔法のことじゃないよ。魔術だよ」
それがどうしたとか思ったが、穏やかに話している相手を怒らせるのもなあ。
目を合わせないように、横目で観察する。前を見てお酒を飲んでいる。見た感じ六十代、うーん、七十代?
頭、真っ白。見事な白髪。痩せている。
「手品やイリュージョンでもないよ」
「じゃあ、超魔術ですか」
マズイ、と言った後に思っても遅いよな。ふざけていると思われたかも。
「フフッ、Mr.マ○ックじゃないよ」
セーフ。よかった。穏やかなままだ。
なんで酒飲みに来て、こんなに気を使わなきゃいけないんだと思うが、酔っ払いの相手は、気を付けないと。急に態度が変わるからな。いや、素面でも急に変わる人いるけどね。はあ。
「白魔術、黒魔術。知ってるかい」
「黒魔術って、悪魔呼んで人を呪い殺すヤツで、白は、呪いを解くヤツ?」
ホラーは、嫌いではない。
「大まかに言えば、そんなところかな」
これが本題らしい。が、居酒屋でする話か、これ。ホラー愛好会やオカルト研究会の飲み会ならいいかもしれないが、初対面の相手にする話か。
また、横目で観察する。
カウンターにはお銚子が3本見える。前を向いて静かに飲んでいるけど……。もしかして、酔ってる?口調は穏やかだけれど、酔ってる?まあ、いいけど。この手の話題、嫌いじゃないし。
「君は悪魔を信じているのかい」
「うーん、どうでしょ。今でも教会が認定した悪魔祓い師がいるってネットで見ましたけど」
「幸せを願う人もいれば、不幸を願う人もいる。白魔術で幸せにしても、黒魔術で不幸にする。その逆もある。繰り返しだよ。大昔から続いている、いたちごっこだよ」
悲しそうだが、それを聞いて驚いた。そんなに魔術を信じているのかと。信心がないからか女子が好きなおまじない程度の認識しかない。信心、怖い。
言葉に気を付けようと気を引き締めていると、声がかかる。
「イナーリャ・スージー・ズッギィという女性を知っていますか」
「は、いな……。知らないです。誰ですか」
「イナーリャ。魔女です。最悪の黒魔女です」
「はあ」
何と答えていいのか分からない。
「そんなにすごいんですか」
「あの魔女は、人が苦しんでいてもなんとも思っていないんだっ!」
突然の大声に彼の方を見ると、彼もこっちを見ていた。
正面から顔をよく見ると、目の下にクマがある。疲れも見える。
ふと思う。この人、もっと若いんじゃないかと。
白髪頭で年がいってる様にみえるだけで。……そう思っただけだけど。
「あの魔女の力は強すぎる。世界中の白魔術師が全ての力を出し切って戦っても、勝てないかもしれない。あの魔女のしもべは、どこにでもいる。どこにでもいて、人を苦しめる。しもべを使って、世界を終わりに近づけている。魔女が……」
苦しそうに訴える彼を見て、かわいそうになってきた。
何でここまで思い込むのかは、わからない。でも、少しは楽になって欲しい。
焼き鳥を食べながら、そう思う。
「もしかしたら、大丈夫かもしれませんよ。さっき言ったじゃないですか、いたちごっこって。同じくらいの強い白魔術の力が出てこないといたちごっこになりませんよ」
何の根拠も自信もないが、言い切る。気休め程度になればいいなと思って。
「そうだね。ありがとう」
少し微笑んだ様に見えた。
その後は二人とも無言。
無言でビールを飲み焼き鳥を食べていると、先に彼が会計して、店を出た。お互いに会釈して、別れた。
最後のビールを飲み終え、会計を頼む。頼んでびっくり、彼が支払ってくれていた。
少しは楽になったならいいな、などと考えコンビニへ向かう。なんか物足りない。
角を曲がり、コンビニに入ろうとすると、独り言をつぶやいている男とすれ違った。
振り返るが男は角を曲がり、見えなくなった。
ビールと弁当を買い、アパートに帰る。先にシャワーにしてから食べようとしたが、出ると食べる気にならずベッドに横になる。
寝ようとするが眠れない。コンビニですれ違った男の独り言が気になって……。
いや、あれは独り言なのか。
「その強大な力が発現したのは、イナーリャ様なのだよ」
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