第6話 死体の有効活用
死にたいと思った。
理由は分からないけど。
死にたいけど、怖い。
最近、学校で友達に言われる。「元気ないね」
でも、どう話をしていいか分からない。うまく言葉にできない。
モヤモヤしたまま、毎日を過ごしていく。前も今もやることは変わらない。
違うのは、私の気持ちだけ。
「死にたいの?」
本屋で声を掛けられる。左右には誰もいない。私にだ。
緊張する。どうしていいかわからず、身動きが取れない。
「こわがらなくていいよ。怪しい者じゃないから。話、聞くよ」
怪しい。怪しさしかない。そう思うのに、振り向いてしまう。
そこには、ヤギのキャラクターがプリントされたマスクをした大学生くらいのお兄さんがいた。
お兄さんについて行く。何でか分からないけど、ついて行く。
一階のフードコートに来た。身構えていたが、三階の本屋から一階に移動しただけだった。
お店でジュースを注文する。お金はお兄さんが払ってくれた。
フードコートにお客さんはあまりいなかったが、人のいない奥のベンチに座る。
お兄さんの方を向いても、ついマスクを見てしまう。
お兄さんは笑いながら、「これ、僕の入っているサークルのキャラクターなんだ」
サークルの人は、このマスクしてるんだ。拒否する人はいないのかしら。
白いマスクの半分にウィンクする黒ヤギの顔があり、半分に親指を立てた手がある。
ヒヅメじゃないんだと思ったが、キャラクターなのでいいのかもしれない。
「で、原因は何なの」
単刀直入に聞いてくる。
「友人関係? 家族? 勉強? 病気とか?」
他にも、恋愛、進学などなど、原因になりそうなことを揚げていく。
少し前、友達とケンカした。すぐに仲直りしたけど。
お母さんは、いつも口うるさい。私のためなのは分かるが、うるさいことに変わりはない。最近は、ほとんど口を利かない。必要なことだけ、話す。
勉強は、そこそこできている。でも、数学は苦手。
全部、関係あるような気がする。
でも、それが原因とは思えない。同じような悩みは友達も持っている。でも、落ち込んではいない。前向きにとらえている。
全部、関係ないのかもしれない。よく分からない。
正直にそう伝える。
少しの沈黙の後、お兄さんの言ったことが正解なのか。分からない。
「積み重ねなのかもね。他の人にはつまんない理由でも、本人にはうまく流せないことの……で、どうしたい」
死にたいと小声で答える。モヤモヤしたまま、生きていたくない。
「じゃあ聞くけど、死ぬってどういうこと」
「この世からいなくなること。あの世に行くこと」
心臓が止まることと答えようとしたとき、お兄さんの黒ヤギマスクを見たら、違うことを言っていた。
「うーん、それは魂ってことでいいのかな。体はこの世に残っているからね。あ、地縛霊はどうする。魂があの世に行ってないけど」
「えっとー」
地縛霊を出されるのは予想外で、答えに困る。霊って心残りがあるとこの世に留まるんだっけ。心残りないように、生きろと言いたいのか。死ぬのを止めようとしている?
「死ぬの手伝うのだから、死をはっきりさせないと」
お兄さんは話を続ける。
「体と魂が切れることだと思うけど、それでいいかな。魂が体に戻れないことで」
少し考えて頷くと、お兄さんが怖いことを言う。
「君の死体が欲しい」
すぐに立ち上がって、フードコートを出ようとする私を引き留める。
「待って。話、聞いて」
ベンチに座らせて、説明を始める。
「僕は、時間は掛かるけど楽な死に方を教える。それで死んだら、死体をもらう。交換条件てやつだ」
楽な死に方に興味あるが、条件に無理がある。
死体がないと家出になっちゃう。行方不明で、何年も引きずる。
死んだと確定されても、死体がなくなれば警察に連絡したり大事になる。
そうお兄さんに言うと。
「大丈夫。警察沙汰にならない。死体を傷つけたり、辱めることは絶対にしない。君の家族を悲しませることは、しないよ。約束する」
家族を悲しませることはしない――この言葉に惹かれて、交換条件を了承する。
死ぬことが悲しませることになるのに。なぜ、こんな頑なになっているのだろう。
「はあ?」
思わず、大きい声を出してしまう。いや、誰だってそうなる。
死に方聞いたら、深呼吸してって言われたんだよ。
「深呼吸で死ねるの」
言い方がきつくなったが、私は悪くない。
「死ねないよ」
あっさり答えるお兄さん。
「言ったよね。時間が掛かるって。ただ死ぬだけなら、電車にでも飛び込めばいい。大勢の人に迷惑かけて、体バラバラにして」
不満そうな私をなだめるように言う。
「深呼吸って大事だよ。気分が落ち込んだ時にしてみて。吐く時は、体の中の悪いモノを出して、吸う時は、良いモノを取り入れるイメージで。あと寝る前、布団に入ってからも深呼吸。少しゆっくりめで念入りにね。じゃあ一週間やってみて。来週のこの時間ここにきて、結果教えて」
お兄さんは、言いたいこと言うと帰っていった。
私は言われたとおりに、一週間、深呼吸した。
約束の日にフードコートへ行くと、お兄さんはベンチに座っていた。
「深呼吸、どうだった」
「落ち着いたように感じたけど、気のせいかもしれない」
正直に答えると、次にやること教えられる。
「深呼吸は、このまま続けて。あと寝る前の深呼吸の後、楽しいこと嬉しいこと考えて。遊びに行ったことでも、ほめられたことでも何でもいいから。幸せな気持ちで眠れるようにね。じゃあ、また来週」
あっという間に終わる。
疑問はあるが、一週間言われたとおりにやる。
次の約束の日。
友達に「元気ないね」言われなくなったと伝えると、頷いている。
「次は、足グーパーね。足の指を握ったり、開いたりして。指先が温かくなるのを感じたその後は今までと同じ。じゃあ、また来週ね」
「ちょっと待ってえ」
お兄さんを引き留め、理由を聞く。足グーパーに何の意味が……。
「意識を思い通りにするためだよ。今は分からなくても、いずれ理解できる」
そう言い残し、お兄さんは去っていった。
言われたことをやって、次の約束の日。
「次は、足が温かくなったら、その熱が体全体に伝わるように意識してみて。後は同じね。また、来週ね」
早い。着いて、少し話して帰る。初日が嘘みたいに早い。寂しいわけじゃないけどさ。
言われたことやって、約束の日になる。
少しは話をしたいなどと思いつつ行くと、もういる。
報告すると、ほめられた。筋がいいらしい。何の筋か分からないが。
「次は難しいよ。意識だけ起き上がるようにして。体から意識が抜け出すような感じ。分かるかな」
「そんなこと、できるの?」
「できるよ」
また来週会う約束をして別れた。
「できなかった」
お兄さんに会うなり、そう言うと、お兄さんは「難しいからね。仕方ないよ」と慰めだか何だか分からない声を掛けてくれた。
結局、できるのに四週間掛かった。
お兄さんは、とても喜んでくれた。喜んでいるお兄さんを見ると、嬉しくなって笑ってしまう。
「次は、空を飛んで、宇宙へ行ってみて。君なら簡単にできるよ。宇宙へ行くときは、宇宙へ宇宙へ。体に戻るときは、体へ体へ。そう意識して」
お兄さんができると言うならできる。そんな気持ちになっていた。
宇宙へ行った感動をどう表現したらいいのだろう。あの解放感をどう言葉にしたらいいのだろう。モヤモヤが消えた、清々しい気持ちを。
高揚している自分の他にただの夢だと冷静な自分がいる。冷静な自分の声は感動に消されていった。
次の約束の日が、待ち遠しくて仕方がない。何回行っても、素晴らしい。この感動を分かち合いたいが、友達や家族には話せない。それくらいは分かっている。それにお兄さんに相談したいこともある。
お兄さんに会ってすぐ、宇宙の話をした。話に夢中になって、いつもは気になる黒ヤギマスクが気にならない。興奮気味に話す私を現実に戻すお兄さん。
「もう死にたくなくなった?」
「私が死なないと、死体が手に入らないよ。それでもいいの」
「死にたくないなら仕方ない。それで死体手に入れようとしたら、人殺しだよ。そこまでしないよ」
「ふーん。そうなんだ。でもさ、今まで私がしてきたことで、どうやって死ぬのか分からない。教えて」
教えてくれなかった。必要ないって。
会話が終わりそうになったので、話題を探す。探していて思い出す。相談したいことがあったのを。
「誰かに見られているような気がするの。周り見ても誰もいないし」
「それって、いつのことなの」
「宇宙から帰ってくると、視線を感じる」
しばらく考えた後、おにいさんは、信じられないことを言った。
「もう、宇宙に行ったらダメだ。行ったら、死ぬよ」
どうして死ぬかは教えてくれなかったが、必ず死ぬと確信しているようだった。
教えてくれるよう粘ったが、ダメだった。お兄さんは、帰っていった。
「じゃあね」
その日から、約束を守った。
でも、しばらくすると、また友達に「元気ないね」と言われるようになった。モヤモヤも、消えない。
以前の私に戻っていた。
あれからフードコートへ何回も行ってみたが、お兄さんには会えなかった。曜日や時間を変えても、会えなかった。
私は、宇宙へ行くことにした。
死にたいと思っているの私が、楽に死ねるのだ。何の問題があるのだろうか。
そう決心して数日後、宇宙へ行った。体を出て、上へ上へ上へ。
自分以外の存在がない空間に行くと、本当の自分になれる。そんな気分を存分に味わってから、体に戻る。何かに導かれるように体に戻る。
「死んでない」
朝起きると、いつもと同じだった。
死ななくて良かったのか悪かったのかは分からないが、死んでない。
フードコートへ行っても、お兄さんはいない。
死んでもいいけど、死なないし、宇宙へは毎日に様に行っていた。
毎日が、充実している。
それは、突然起きた。何の前触れもなかった。
体に戻れない。
いつもなら、「体に戻りたい」と思えば、体に戻れた。でも、今は戻れない。何度も思っても戻れない。死んじゃったの、私!
どれくらいの時間たったのかは分からないが、少し落ち着いてきた。そして決意する。
自然に戻れないのなら、自分の力で戻る。
今までの「上へ上へ。宇宙へ宇宙へ」を「下へ下へ。地上へ、地上へ」に変えればいい。
……ここはどこでしょう。地上には戻ったが、どこだか分からない。日本じゃないことだけは分かる。
多くの人に憑いて、やっと家に戻ってきたのは、私が死んでから十日ほどたった晩ごはんの時間だった。
家の前で考える。お父さんもお母さんも、泣いているのかな。一人娘が突然死したら、そんなにすぐには立ち直れないよね。ごめんなさい。
いくら周りから見えないとはいえ、家の前にいても仕方がない。ただいまと思い、玄関ドアを通り抜ける。
話し声が聞こえる。
居間へ行くと、お父さんとお母さんと私が、話をしながら、晩ごはんを食べている。
私がいる!
私がいる!
三人で話してる。時折、笑ってる。
私がいる。なんでっ。
洗い物手伝って、お風呂に入る。勉強して寝る。
私だけど、私じゃない。私は死んだのに、私が生きている。
ナニコレ、ダレコレ。
朝起きたら、お弁当を詰めている。
朝ごはん手伝っている。
私じゃない私が、生活している。
これが私の死なの。違うよね。死んでないよね。私の体返して。
制服に着替えている。もう、登校時間だ。
玄関を出る前に、マスクをしている。
黒ヤギのキャラクターのマスクだった。
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