「おはよう…」
「おはよーっ!」
「ぐえっ…」
寝ぼけた頭が一瞬で覚めるような突然のタックル……ではなく抱擁。彼女は声を上げた俺の状態を無視し、回した腕に力を込め、ぐりぐりと首筋に頭を擦り寄せる。俺もそれに応えるように彼女の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返す。
「あー!ママ、パパとぎゅーしてるー!ずるーい!」
「へへーん」
彼女は何故か娘相手に胸を張った。
「今日は抱擁記念日だからね!今日最初のぎゅーはママのものさっ!」
「パパー!まいもー!」
最近、やたら彼女と張り合うようになった娘が、持っていた朝食のパンを皿に投げ落とし、椅子から降りて駆け寄ってくる。俺は両手を広げて娘を迎えた。
あれから5年が経った。
大絶叫のプロポーズは正しく彼女に届いてくれた。他人のふりをして立ち去ろうとしていた彼女は俺の前に戻って来ると、両腕を押さえられ動けない俺に強烈なビンタを食らわした。
「ちゃんと相手を確認して、抱き付きなさい!」
彼女のこの叫びで、ようやく俺が痴漢ではなく人違いで見知らぬ女性に抱き付いてしまったことを、周囲が気付いてくれた。
保護者然とした彼女に付き添われる形で見知らぬ女性や周囲の人達に謝罪し、駆けつけた警察官にこっぴどく叱られた。
普通ならこんな大失態をやらかした俺は振られて当然なのに「ほんと、そそっかしい人。私が付いてないとダメみたいね」と優しい彼女は、笑ってプロポーズを受けてくれた。
後日分かったことだが、俺が彼女に告白した日はプロポーズした日の2日前で、見知らぬ女性が着ていたワンピースは、彼女が学生時代に着ていた物に柄は似ているがデザインは全く違うそうだ。
どうやら俺は、自分で思う以上にポンコツだったらしい。
「なぁ…いい加減、抱擁記念日って言いかたやめてよ。せめてプロポーズ記念日にさぁ…」
「だーめ!そそっかしいあなたが2度と他の女性に手を出さないための戒めよ」
このやり取りも恒例行事のようになってきた。本当に、彼女には敵わないなとつくづく思う。そして、彼女もそれが分かって言っているんだろう。
「んふふ」
彼女は嬉しそうに笑うと、娘を抱き上げたままの俺に再び抱き付いてきた。
「ママだめ!パパまいの!」
まいはその小さな手で彼女を押しのけようとする。
「違うもーん。パパはママのお婿さんなんだからね。パパはママが付いていないとダメな人なのよー」
彼女は笑いながら、まいの上から俺に抱きつく。最初は怒っていたまいも、彼女に頬擦りされながら抱き付かれているうちに、楽しそうな笑い声をあげてきた。
少し反抗的になってきたまいも、彼女の手にかかればこの通り。娘もママには敵わない。
そして俺も、この優しい彼女に一生敵わないのだろう。
抱擁記念日 OKAKI @OKAKI_11
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