第3話 運命
「時はもう二十一世紀。青い空、白い雲、この
よく晴れた日曜日の午後、公園の芝生にビニールシートを敷いた俺はいつものように寝ころんで手を伸ばし、なんとなく空を眺めていた。
現実の二十一世紀は、手塚治虫が描いたような夢の風景にはならなかったが、それでも悪い世界では無いと思う。あんな車が空を飛び回ってたら危ないだろうしな。
芝生の隣ではテントを張った親子連れが、ボールを使って楽しそうに遊んでいる。
昔は気にならなかった光景だが、最近は少し見るのがつらい。
今は誰もが結婚できる時代ではないと思うが、俺の両親の
少子化も加速度的に進んでいるし、このままだと大和民族はいずれ滅びるかもしれない。
しかし恋人すらいない俺には少子化をどうすることもできない。
若者の所得を増やす政策をやらない政治家が悪いのだ。
俺の名は
よく見る夢は、自分が宇宙帝王と呼ばれる超能力者になって、美少女の部下達と一緒に宇宙を大暴れする冒険譚だ。
おかげですっかりSFアニメや小説が大好きなオタク青年に育ってしまった。
今日も天気が良いので、近くの公園まで遊びに来て空を眺めたり、スマホでSF小説を読もうと計画していたのだ。
いつものようにそんなのんびりした休日を過ごす予定だったのだが、空に怪しい動きをする光る物体を見つけてしまった。
まさかあれはUFOか?
その光体は重力を無視したかのように上がったり下がったり、急に横に動いたりと変則的な加速を行っている。
さらに見ていると、動きながらだんだんこっちに近づいてくるようだ。
あれってアメリカ軍が開発したというTR-3Bじゃないよな?
最近、日本にも出没しているという噂があるが……
俺はチャンスとばかりに慌てて持っていたスマホを起動し、カメラモードにする。
俺が寝ながら動画撮影をしていると、そのUFOらしきモノが急に停止した。
「え~、何あれ? すっごーい」
他の人達も怪しい物体に気づいたのか、空を見上げて驚きの声を上げ、スマホを取り出して撮影を始める。
「ねえねえお父さん、お空にキラキラが浮かんでるよ。
あれはなあに?」
さっきまでボールで遊んでいた子供が手を止め、呑気な顔で質問を投げかけた。
「よく見つけたなタクマ、あれは空飛ぶ円盤って言うんだぞ」
子供からお父さんと呼ばれた人も驚いた顔で答え、ポケットのスマホを手に取った。
ちょっとお父さん、空飛ぶ円盤かどうかはまだわかりませんよ?
それはUFOと呼ぶべきです。
それなら未確認飛行物体なので合ってます。
俺は心の中でこっそりと突っ込んだ。
だが大人達がみんな撮影に夢中になっていると、その間に光るソレは再び動き出し、どんどん大きく近づいてくる。
「ちょっと、あれ、隕石なんじゃない?」
誰か一人がもっとも現実にありそうな事象を口にした。
喜んでいた子供や撮影していた人達も、その言葉を聞くと冷静になったのか、不安に思って逃げだす人が現れ始める。
「逃げろ~、隕石が落ちてくるぞ!」
「きゃー!」
誰かが大きな声でそう叫ぶと、集団心理が働くのかみんなが一斉に大騒ぎしてパニックが起きた。
まあアレが落ちて来たら、この場所がどうなるかぐらいは猿程度の知能があれば誰にでも予測できる。
俺も流石にやばいと感じてビニールシートを適当に畳み、スマホと一緒に背負い鞄に放り込んでこの場を離れることにした。
すると驚いたことにその光る大型の物体らしきモノから、一筋の光線が発射された。
それがさっきのお父さんと呼ばれていた人に命中すると、その人はうめき声をあげて地面にうずくまってしまう。
「うわーん、お父さん死なないで~」
男の子がそれを見て大声で泣きながら近寄っていく。
あの光線ちょっとヤバイな。
俺は身の危険を感じて、大急ぎで出口へと走り出した。
すると今度はUFOからの光線が複数発射され、まわりの人々に手当たり次第に命中していく。
いや正確には大人の男性ばかりが狙われているようだ。
当たった人は胸を抑えたり腹を抱えたまま、みんな動けなくなってしまった。
俺は考えを変え、出口に集中する人混みを避けて人気の無くなった滑り台のパイプの中に隠れた。
思った通り、UFOは出口の人混みに向け光線を乱発している。
何が目的かはわからないが、人が多い方が光線を当てやすいのだろう。
宇宙人が光線を人に当てるゲームでもやっているのかもしれない。
そう妄想しながら様子を伺っていると、いつのまにか公園の中央で銀色の全身タイツに腰ベルトを付けた女が、辺りを見回しているのに気がついた。
猫耳をつけていて、ぴったりした服がふたつの胸の膨らみをかなり強調している。
この公園にあんなコスプレ女いたかな?
俺は気になったが、残念ながら今は彼女をじっくり眺めている場合じゃない。
だが彼女の近くの男性に光線が当たったのを見て、俺はたまらず滑り台の中から手招きしてしまう。
「君、そこは危ないよ!
急いでこっちに来るんだ」
ちょっとだけ下心があったのは否定できない。
普段の俺なら絶対にやらない危険を冒してしまった。
彼女は俺を見つけると、戸惑いながらゆっくりと近づいてくる。
おや、あの格好どっかで見たことがあるような……
俺は記憶を探るが、すぐには思い出すことができなかった。
特別変わったデザインという訳ではない。
考えてみればSFにはよくあるようなコスチュームである。
彼女が近くに来ると、日に焼けたアイドルのような外国人のコスプレ美少女だった。
もはや人形かCGと言っていいほど、均整が取れた美しさである。
「○×△□!」
俺の顔を見て驚きの声を上げたコスプレ少女は、聞いたことのない言葉で何かを叫んだ。
それから急いで腰のベルトにぶら下げていたオカリナのような形のものを俺に向け、躊躇なく引き金を引く。
「うわああああっ!」
俺はいきなり電気ショックのような衝撃を受け、滑り台の出口のパイプの中で身体中が痺れて動けなくなってしまった。
ホラー映画ではスケベ心を出した男はたいてい死ぬことになっている。
やはり童貞力で護身を徹底すべきだったか。
「ABAB上下上下右左右左」
レトロな銃のようなモノで俺を撃ったコスプレ女は、必至に何かを話しかけている。
だが宇宙人語なのか何を言っているかはまったく俺には理解できない。
動けないまま仕方なく彼女の身体を眺めるだけである。
<ああっ、こんな辺境の言語なんてわかんなイ。
もう面倒だから、
突然、頭の中に言葉のイメージが伝わってくる。
おいおい、テレパシーって日本語で聞こえるのか。
便利な力だな。
<ハロハロー、アナタはビッグアイ様ですか?>
ビッグアイ?
どっかで聞いたような名前だ。
そんなアニメキャラいたかな……
いや待て、ゲームかもしれない。
ノーマンズスペースか?
いやあの硬派なゲームにそんなやつはいなかった気がする。
だいたい最近のアニメに疎い俺に、そんなことを聞かれてもわかるわけがない。
<ビッグアイって誰のことだ?>
身体が痺れて口がうまく動かせないので、俺もなんとなく念で相手に送ってみる。
<ん~、違ったかナ……
ジュリーの見せてくれた大王様のイメージに、この人が一番似てる気がしたんだけド。
やっぱり辺境第三惑星人の顔は、どれも同じに見えちゃうヤ>
そうそう、外国人の顔ってわかりにくいよね。
日本人の顔も薄いから、外国人からは判別しづらいらしいんだよな。
……って、こいつに同調している場合じゃない。
んっ、そういや思い出したぞ。
こいつ夢で見たティラなんとかという猫耳星人に似てないか?
<誰のイメージに似てるって?
お前こそ俺が夢で見たティラなんとかいうやつに似てるじゃないか>
俺は彼女が伝えてきたビッグアイという単語で記憶を思い出し、夢に出てきた宇宙帝王の部下の名前を適当に送りかえした。
<ほえ~っ、なんでキミ、ボクの名前を知ってるノ?
こんな反応初めてだヨ!
やった~っ、当たりだア>
「◯◯△△!」
猫耳娘は思考通話をやめ、興奮した様子で右腕の細い腕輪のようなものを触り、例のよくわからない宇宙語で話かけている。
どうにもよくない雰囲気だ。
この猫女、仲間を呼ぶ気じゃなかろうな?
「とうとう見つけたヨー!
フィアナ、フィアナ、ボクの今の位置わかル?」
「ティラミス様、あなた様の位置は常に
座標に問題はありません」
「じゃあ今から大王様を運ぶから、
猫女が宇宙語通話を終えてこっちに近づいてくる。
それからいきなり、痺れて動けない俺の身体を片手で軽々と抱き上げた。
こいつ俺をまるでぬいぐるみのように持ち上げたぞ。
俺は70kgはあるっていうのに、この猫女どんだけ力持ちなんだ。
「ティラミス様、第三者の母艦への転送にはジュリエッタ様の許可が要ります。
また一緒にいる第三惑星人のデータは登録されていない為、正確に計測する必要があります。
どうか今しばらくお待ちください」
腕輪からゴニョゴニョと通信が入っているようだが、どうせロクな話じゃない。
俺は狩人に捕まった哀れな動物状態で、それどころではなかった。
〈大王さま~、会いたかったヨォ~〉
猫耳コスプレ宇宙人が俺を抱きしめたまま、俺の顔に頬ずりをする。
その大きな胸が俺の身体に押し付けられて、本来ならたいへん嬉しい状況だ。
だが俺は美少女に見えるとはいえ猫型宇宙人に拉致される寸前で、それを楽しむ余裕はあまり残っていなかった。
<待て、待ってくれ。
俺は大王様でもビッグアイでもないぞ。
ただの平凡な日本人だ。
お前の名前が当たったのはタマタマの偶然なんだ。
俺は明日から仕事なんだよ、無断欠勤したら支店長にどやされちまう。
頼むから連れていかないでくれ~>
俺は必至でこの女に念を送った。
こいつは俺のことを大王様なんて呼んでいるが、そんなはずはない。
俺は生まれてからずっと、ただの地球人なのである。
連れていかれてもすぐに勘違いがバレて、宇宙に放り出されるに決まっている。
俺達の変わった行為に気が付いて、まわりの人達も遠巻きにこちらの様子を伺っているようだ。
こんな緊迫した状況にも関わらず、スマホで俺を撮影する奴もいる。
今は何でもスマホ撮影だな。
動画投稿サイトがこんなに流行っている世の中じゃ、仕方がないことだが。
〈遅いなア…… 転送の計算はもう終わってるハズなんだけド〉
猫型宇宙人が片手で俺を抱えたまま、右手の腕輪を退屈そうに眺めている。
上空からの光線乱射は止まり、それに合わせて光る宇宙船の姿も上空に消えて行ってしまった。
動けなくなっていた人もようやく痺れが取れてきたのか、立ち上がって少しずつ出口に向かって歩き出していく。
「ちょっと、そこのキミ。
その人を離しなさい。
キミに聞きたいことがある。
近くの署まで同行願いたい」
大騒ぎのせいで公園近くの派出所から警官が駆け付けたようだ。
中年の男性が厳しい表情で、俺を抱えた猫女に対し任意同行を要求している。
やっぱり治安の良い日本は最高だよ。
いやあ日本人で良かった。
警察官がんばれ~、超がんばれ~。
俺は心の中で応援した。
猫女は警官を見て表情も変えず、空いてる方の手を開きながら向ける。
警察官は何か危険を察知したのか、ゆっくりと腰のホルダーにある拳銃に手をやりながら説得を続けた。
「無駄な抵抗は止めなさい。
キミはまだ若くて美人なんだから、そんなつまらない中年男など捨てて、やり直したらいいじゃないか。
話なら私がゆっくり署で聞こう。
けっして短気を起こしちゃいけないよ」
いやいや俺がつまらない男なのは確かですが、そんなうらやましい痴情のもつれじゃありませんって。
そう俺が突っ込もうとすると、猫女の手から目に見えない何かが出たのか、いきなり警官が車に跳ねられたように後ろへと吹き飛ばされる。
そのまま地面に墜落すると、うめき声をあげたまま動かなくなった。
<何を言ってるかわかんないけド、ボクと大王さまの邪魔をしないで欲しいナー>
畜生っ、日本の警察官頼りにならねえ。
俺の脱出への希望は、一瞬にして崩壊した。
「ティラミス様、お待たせして申し訳ありません。
ジュリエッタ様の許可が下りました。
対象の第三惑星人の計測分析も完了です。
ただ今よりティラミス様とマスターの転送を開始します」
<じゃあお願いするヨ>
またもや腕輪から何やら変な音が出たと思うと、猫女が嬉しそうな表情になる。
どうやら事態は矢継ぎ早に悪化しているようだ。
もはや俺には、叫び声を上げる以外の抵抗は残されていなかった。
〈うわあ嫌だあああっ、死にたくない~っ〉
「量子転送……」
無慈悲な雑音と共に、俺は猫女に抱きしめられたまま自分の身体が消えていく感覚に恐怖した。
だが俺にはどうすることもできない。
護身を破り、リアル女性に鼻の下を伸ばしたオタクには、厳しい試練が待ち受けているものなのだ。
それが
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