第2話 親衛隊
「アルテイシア様。
ティラミス様と
ただちに
我々の存在に奴らが気づいた様子はありません」
仮面を付けた女性型ロボットが、宇宙船マスターユニバース号の操縦席から指揮官に作戦の終了を報告する。
彼女のもみあげから伸びた二本の接続ケーブルは操縦席の端子に繋がっており、複雑な操作信号を船の管制機能に送っていた。
「フフン、作戦は成功しましたわね。
フィアナ、ハイドスクリーン展開のまま、急いでこの宙域を離れなさい」
頭に角のあるお嬢様風の金髪美少女が、立ったまま口元に笑みを浮かべる。
「アルテイシア様、了解しました。
敵に探知されないよう、しばらくは慣性飛行で移動します」
フィアナからの報告に満足すると、アルテイシアは勝ち誇ったかのように腕を組もうとする。
だが彼女の胸の暴力的な膨らみが、その行為を簡単には許さない。
張り出し過ぎた二カ所の磁性繊維が床の電磁力に誘導され、インナースーツの袖部分の磁性繊維と反発を起こしたためである。
アルテイシアの胸がアメーバのように変形を繰り返した後、袖の電磁力を調整してようやく定位置へと収まった。
「ハイドスクリーン展開中は
不満顔のアルテイシアに、貨物室から銀色の全身タイツ姿で出てきた猫耳の美少女が嬉しそうに報告する。
「アルティ、うまくやったヨ。
ボクほどの超能力者なら、大王さまの身体を偽物と交換するぐらいの任務なんて、楽勝、楽勝」
ロリポップのようなエナジーキャンディーを口にくわえ、仕事を終えたばかりの猫耳少女は余裕たっぷりのドヤ顔だ。
「ティラミス、あなたは最後の仕上げをしただけよ。
そこまでの御膳立てはこのわたくし、アルテイシアがすべて手配したんですからね。
あまり調子に乗らないで」
そう言って金髪の角娘は渋い表情で猫耳娘に釘を刺した。
「え~っ、そんなこというならアルティがやれば良かったじゃン。
アルティのお得意な
ボクだから簡単だったんだヨ。
それにうまくいったんだから、そんな顔しなくてもいいでショ?」
ティラミスの言葉にアルテイシアが少し動揺する。
アルテイシアはどちらかというと後方で支援をするのが好きなタイプで、猫耳娘のように前線で白兵戦をするのはあまり得意ではない。
「……た、たしかに、あなたの功績も認めなくてはいけませんわね。
わたくしもビッグアイ陛下のように、結果を出した者にはそれなりに報いることにしてますの。
……わかりましたわ。
このまま無事に銀河連邦軍を巻いたら、次の星でなんでも好きな物を御馳走してさしあげますわよ」
「やったあ! 力をたくさん使ったからボクは甘いものがいっぱい食べたいナ~」
猫耳娘は持っていたキャンディを噛み割りながら大はしゃぎする。
その様子にため息を吐きながら、アルテイシアは指揮官席の隣に座る耳の大きな
「ジュリエッタ様、御指示のとおり陛下の肉体は取り戻しました」
「そうかアルテイシア、よくやってくれたのう……
皆にも感謝する。
お屋形様も復活の際には、皆の献身をお喜びになるであろう」
目を伏せたままアルテイシアをねぎらう美少女は、幼い見た目とは違い、威厳をまとった長老という風格に見えた。
「礼には及びませんわ。
帝王陛下の臣下として当然のことをしたまで。
しかし、帝王陛下の参謀であり
一度離れた魂を元の身体に戻すなど、おとぎ話でしか聞いたことがありませんが……」
アルテイシアが妖精美少女に、不安そうな目つきで訴えた。
「アルテイシアよ、ワシは
お主に嘘など言うものか。
この宇宙のどこにあっても、お屋形様の
ワシの
お屋形様が転生したと思われる星もすでに見つけておる。
それは青く美しい星で、目立つ特徴として大きな衛星がひとつあった。
あれ以上イメージを拡大できないところを見ると、ここからかなり遠い場所のようじゃ。
おそらく銀河帝国宇宙図には載っておらぬか、この銀河系の端の方じゃろう。
ワシの霊視は距離が離れれば小さく、近づけば大きくイメージを見ることができるからの。
とりあえずそれらしい辺境宙域に飛んで再霊視を行えば、近づいておるかどうかはわかる。
時間はかかるじゃろうが、必ずやお屋形様の精神体を取り戻してみせるぞ」
少女は確信に満ちた表情でアルテイシアに語った。
「……かしこまりました」
力強いジュリエッタの言葉を信じたいものの、要はいきあたりばったりのやり方にアルテイシアは戸惑いを隠せない。
「アルティは心配性だなア。
ジュリーがああ言ってるんだから、任せとけばいいんだヨ。
ボクらは不死なんだし、時間なんていくらかかってもかまわないじゃン。
旅先では食べたことのない美味しいものがある星だってあるだろうしネ~」
猫耳娘も呑気にそう言って、大きく伸びをした。
(姫巫女様はああおっしゃるけど、そんなやり方ではいったい何年かかるかわかったもんじゃないですわ……)
親衛隊随一と言われる知性の持主は、ジュリエッタの言うあまりに非効率的なやり方に対し、他に方法が無いか思案を巡らせる。
黒魔術にも魂を扱う魔法はいくつかあった。
だが一度失われた魂を探す方法は、黒魔術の知識にはない。
そういうことはジュリエッタの扱う心霊術が得意な領域なのである。
(ギャラクシアの図書館に行けば方法が見つかるかもしれないけど、指名手配されている身で中央に行くのはさすがに自殺行為だし、どうしたものかしら……)
「アモントート殿、拙者はどうすれば良いか?」
急に名前を呼ばれ、アルテイシアが驚いて声のする方を振り向く。
そこには
アダマンタイト製の黒い武者鎧を着た
「ドラムロ様には退屈でしょうけど、ここでもう少し待機してくださいませ。
大丈夫とは思いますけど、万が一銀河連邦軍に気づかれたらティラミスと一緒にこの船を守っていただきますわ」
「
一言だけ言って、ドラムロは静かに頭を下げる。
「アルテイシア様、銀河連邦艦隊から充分な距離が確保できました。
ここまでくればハイドスクリーンを解除しても、気づかれる可能性はわずかです」
そこへ金髪娘に対し、フィアナから報告が入る。
「そう、ではフィアナ、スクリーンを切って
この電磁引力装置、わたくしはどうしても好きになれませんわ」
「アルテイシア様、了解しました。
それでは電磁引力装置を切り、
フィアナの発声の後、艦橋の床の電磁力が消えて電磁ブーツの底が剥がれ、無重力になった船の全員がゆっくりと空中に浮かび上がっていく。
「安全のため、重力をコンマ1Gから始めます。
コンマ2、コンマ3、コンマ4…… コンマ5、5Gに固定」
船内に本物の重力が復活し始めると、全員が逆回転のように床へと戻っていく。
急な無重力でバランスの崩れたアルテイシアが、思わずよろめいて宇宙帝王が使っていた指揮官席の背もたれを掴んだ。
今は船を任されたアルテイシアの定位置である。
重力が回復すると息を吐いて落ち着きを取り戻し、アルテイシアは姿勢を正す。
それから指揮官席を愛おしむように眺めてから、ゆっくりとお尻を乗せた。
「それではビッグアイ陛下の魂を探す旅に出発いたしますわ。
フィアナ、次の候補宙域へ
「アルテイシア様、了解しました。
これより虚無空間加速ドライブの
次の探索宙域まで約784
オーガス機関で
目標速度に到達次第、虚無空間への突入を開始。
通常空間へ戻る際の衝撃に備え、各員は
専用の操縦席に座ったフィアナの案内が、船内に響き渡る。
フィアナを除く四人は自分の席にある筒状の柔らかい安全ベルトを装着した。
彼女の座っていた座席が、メインの操縦席から隣にある虚無空間加速ドライブ専用の場所にゆっくりと移動する。
フィアナは片方のケーブルを外すと、隣の席の端子に再接続した。
それから席の正面に取り付けられた
「
宇宙船の船頭にある四本の長細い槍のような出力機がせり出してくる。
そこへ太陽炉からの膨大な電力が槍の先にある重力発生装置に注ぎ込まれる。
「Gランス出力10%、20%、30%、40%、50%、60%、60%で、目標速度に到達するまで出力をこのまま維持」
点呼の合図と共に四本の槍から強力な重力波が発生し、通常空間に歪みが生じ始め、重力波が船全体を覆うように拡がっていく。
それは通常空間において、物体が真空中では力を加えない限り等速度直線運動を続けるのに対し、虚無空間では等加速度直線運動を続けるという性質を利用したものである。
さらに虚無空間内においては、光速に近づくほど見かけの質量がゼロになるというバーゲンホルム現象が起きた為、アインシュタインの相対性理論では不可能とされていた光の速度を超える超光速が実現可能となった。
移動距離は、突入の際の初速と虚無空間内での滞在時間で決まり、突入の際の方向さえ決まれば、発射された弓矢のように着地点を計算できる。
この発見によって、距離のために孤立していた他の恒星系同士の交流が可能となり、銀河開拓時代の幕開けとなった。
ただ虚無空間に滞在し続けるためには、移動の間中、強力な重力波で通常空間に穴を開け続けなければならず、重力波が一定以下になると通常空間に押し戻されてしまう。
また質量を持った状態では通常空間において超高速は実現できないため、排出された途端、光速以下までの強力な減速にさらされてしまい、星が爆発したようなたいへん大きな衝撃が起きる。
この衝撃は船を覆う重力波で保護されるが、衝撃の大きさは直前の速度と比例関係にあるため、最新の宇宙船でも船が耐えられる衝撃を考えると、滞在時間は亜光速二の速度で一週間程度が安全限界と考えられていた。
さらに虚無空間内では生物の意識が無くなって、夢うつつの状態になってしまう現象も起きた。
その為あまり長い間虚無空間に滞在すると、通常空間に戻った際にそのまま目が覚めず植物人間になったり発狂する事例が確認され、人工知能やロボットが宇宙船の操縦を担当することになった。
ところが虚無空間内では、ロボットの陽電子頭脳の働きや人工知能に使われる部品の水晶発振に数%、時には数10%以上の狂いが生じ、船内の時計が正確で無くなってしまう。
ロボット達は緊急の際の脱出作業は行えるが、時間の誤差によって、狙った目的地に到着できない問題が多数発生した。
この問題を解決するため様々な方法が試された結果、弾性力を利用したぜんまいによる機械式時計が虚無空間内では一番正確であることが判明し、エクソダスタイマーとして広く普及している。
「重力加速、
引き続き目標速度まで加速中」
フィアナが淡々と状況を報告していく。
重力制御機関の加速により、わずかな時間で船は亜光速にまで到達した。
銀河系最高の技術を集めた宇宙帝王の旗艦、マスターっユニバース号だからこそできる驚異的な加速であった。
「重力加速、まもなく
到達しだい目標速度を安定維持します。
……ワープ2速度の安定維持を確認。
続けてGランスの出力上昇を再開。
70%…… 80%…… 90%…… 95%、96%、97%、98%、99%……」
95%を超えたあたりで、目の前の空間に真っ白な光が線状になって現れ始めた。
同時に船体が微妙に揺れ始めて、だんだんと振動が大きくなってくる。
白い光の線がどんどん太くなり、やがて白い光が宇宙船全体を包みこんだ。
「……Gランス出力100%に到達。
虚無空間との結合共振を確認。
Gランス出力をさらに120%まで上昇させます。
虚無空間との
エクソダスタイマーの計測開始!」
フィアナがかけ声と共に、右足のペダルでタイマーのロック機構を外す。
するとドブル製のタイマーがカチカチと音を立てて動きだした。
「シンクロ率20、30、40、50、60……」
シンクロ率の上昇と共に、突然、七色のカラフルな空間が現れ、色が少しずつ薄くなっていく。
そして船の振動はさらにひどくなる。
「70、80、90……」
フィアナのカウントともに船内が暗くなっていき、船の振動は最高潮に達した。
「シンクロ率100%」
その声と同時に、船内は完全な闇と音の無い静寂な世界に包まれた。
そして闇に包まれる寸前、強烈な振動と落ちるジェットコースターのような感覚が全員を襲い、フィアナとドラムロを除く三人が意識を失った。
そしてGランスが重力場を形成したまま、宇宙船は等加速運動により数秒で光速を超え、目的の辺境宙域へと移動を開始した。
だが目的地の地球に到着するのが、よもや35年後になるとは流石のアルテイシアですら予想していなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます