宇宙帝王物語 ~美少女と帝国~

みこがみ明

第1話 序章

 惑星アズライール。

 天の川銀河にある16の星系に存在する中央銀河連邦のひとつ、ヴァレロン人が多く住むヴァレロン星系の辺境にある惑星である。

 ここにはかって銀河系を支配していたとされる古代サマリア人の遺跡があった。

 そのため銀河環境保護区として帝国とも不可侵条約が締結され、観光や遺跡調査以外で訪れる者のいない寂れた惑星だった。

 しかしこの星には密かに銀河警備隊ガーディアンズの本部が設置されていたのである。

 本部ではガーディアンズの中でも特に優秀な隊員に、”タリスマン”と呼ばれる秘宝アーティファクトの腕輪を授与する重要な儀式が行われていた。

 これを装着すれば精神力サイコパワーが増幅され、特別な才能を持っていない人間であっても、様々な超能力を使うことができるようになるのだった。

 これにより強力な軍事力と超能力者達エージェントを抱える宇宙帝国軍に対し、銀河連邦側も互角以上に対抗することが可能となった。

 だがガーディアンズの奮闘むなしく、連邦内の裏切りや強力な帝国軍のエージェント達との戦いにより、その戦力も次第に疲弊していく。

 タリスマンを使う銀河警備隊対策に業を煮やしていた帝国軍は、スパイから手に入れた情報で、ついにタリスマン装着者を産みだしているこの惑星を突き止めた。

 彼らはこの星に対する不可侵条約を破り、軍事作戦を決行する。

 自由主義最後の砦である銀河警備隊本部も、帝国軍の電撃作戦により破壊され、瓦礫と化した本部の敷地では最後の戦いが終わりを迎えようとしていた。

 自由を守る銀河警備隊の英雄アスラン・コーネリアス特務一佐と、独裁を企む宇宙帝王ビッグアイである。


「投降せよ、アスラン。

 もう戦う力もほとんど残っていないはずだ。

 貴様の仲間達も死ぬか、あきらめて余に降ったぞ。

 強き者に従うのは恥ではない。

 貴様は敵ながら優秀な奴だ。

 余に忠誠を誓うというのなら、部下として厚遇するがどうだ?」


 宇宙帝王は右手に構えた紫色に光る光線剣レイサーベルを降ろし、余裕の表情を浮かべてアスランに降伏を勧めた。


「誰が独裁者なんかに従うものか!

 父と母、そして弟の無念、かならず晴らして見せる」


 アスランは先程の戦いで宇宙帝王の持つ光線剣に斬られた左の脇腹を押さえ、苦しそうに答える。

 すでにアスランの光線剣は地面に落とされ、線状のビームが青い光を放っていた。


(この銀河警備隊本部が落とされたら、タリスマン継承の技術は失われ、人類は永遠に宇宙帝王の奴隷だ!

 かくなるうえは禁じられたタリスマンの力、ファイナルストライクを使うしかないっ!

 そのためには奴を逃がさないようにしなければ……

 タリスマンよ、俺に最後の力を貸してくれ!)


絶対領域サンクチュアリ展開!」


 アスランがそう叫ぶと、左手に腕時計のようにはめられたタリスマンブレスレットの宝石クリスタルが青く輝きだす。

 ドーム状の青い光の障壁が一瞬にして、半径60mの大きさで空間を覆う。

 この絶対領域内では、いかなる敵も魔法や超能力、その他のエネルギー兵器すら使うことをできなくするタリスマン使い最強の大技だ。

 これで宇宙帝王ビッグアイの強力な超能力は封じられた。


「まだそんな力が残っていたかアスラン。

 だがこの絶対領域の維持は、貴様ほどのサイコパワーの持ち主でも、3分が限度だろう。

 その間に余を倒すのは難しいぞ?」


 そう言って宇宙帝王は不敵に笑い、光を失って柄だけとなった愛用の光線剣を玩具のようにくるくると回して遊んだ。


「……3分あればじゅうぶんさ。

 俺はもうお前と戦う気はないんだ。

 お前をこの場所から逃がさなければいい。

 後はこのタリスマンがお前を片付けてくれる」


「貴様…… 何をする気だ?

 まさか、タリスマンを暴発させる気じゃなかろうな。

 そのような方法があるとは聞いていたが、それをやる馬鹿を見るのは初めてだ。

 タリスマンは宇宙有数の秘宝アーティファクトだぞ。

 お前の持っているそれ一つで、惑星一つ、いやそれ以上の価値がある。

 数万年以上も前から人類に伝わってきた古代の貴重な遺物なんだ。

 それを貴様の一存で破壊するなど、正気とは思えん」


「お前が銀河を支配すれば、多様性に満ちたこの世界に希望が無くなってしまう。

 宇宙にこの秘宝が残ったとしても、人類から自由が無くなれば宝の持ち腐れさ。

 俺は秘宝とこの命を犠牲にしてもお前を倒す。

 いや倒さなければならないんだ。

 それが自由のために死んでいった仲間に対する、俺ができる唯一の手向けだ。

 できればお前と剣で勝負をつけたかったが、この身体ではもう俺に勝ち目は無さそうなんでな……」


 アスランは自嘲気味に苦笑いし、苦渋の表情でクリスタルの表面にファイナルストライクの最終指令ラストオーダーサインを書いた。


「アスラン、考え直すんだ。

 何度も言ってるように余は貴様の仇などではない。

 どうして自由などのために自分の命を捨てる必要がある。

 余に降れば、豊かな生活が手に入るのだぞ?

 自由など捨てろ。

 そんなものは幻想だ。

 ほとんどの者は自由といっても、家族、社会、地位、立場などに縛られて生きている。

 本当の自由を持っているのは、無政府主義のテロリストぐらいのものだ。

 お前はそんなくだらないものになりたいのか?」


「……お前のように力も金も、すべてに恵まれている者にはわからない。

 市井の人々はささやかな幸せを望み、毎日を必死に生きているだけなんだ。

 俺はそんな彼らに自由という人間本来が持つ権利だけは残してやりたい。

 だから俺はお前とは戦わなければならないんだ……」


 そう言いながらアスランは、苦痛をこらえるような表情でクリスタルに最後の操作を終えた。


「わかった…… 貴様の勝ちだアスラン。

 その勇気と信念に免じて、貴様の今までの行為を許そう。

 余の部下になる必要もない。

 いや、それどころか貴様に惑星をひとつくれてやる。

 貴様の生まれ育った母星テキサタリスがよかろう。

 そこで愛する仲間達と共に、残りの人生を過ごすがいい。

 余は永遠に貴様の母星には干渉しないと誓おう。

 その場所でお前の言う自由を満喫すればいい。


 ……だから今すぐ、そのタリスマンの暴発を止めろっ!」


 宇宙帝王ビッグアイが必死にアスランの決意を変えようと、破格の取引を提案する。

 だがアスランの右手はもう動こうとはしなかった。


「もういい、馬鹿者め……

 貴様を憐れんで、一対一で決着を付けようと考えた余が愚かだった。

 もう貴様にはつき合い切れん、ここでさらばだ!」


 説得をあきらめたビッグアイは精神を全集中し、上空に待機する自分の母艦マスターユニバースへと瞬間移動しようとする。


「ふん、タリスマンの力がなんだ。

 余とて個性を重んじる偉大なるエルダール人の末裔。

 増幅されたとはいえ、人間ごときの力で余のパワーを抑えることなどできはせぬ!」


 だがアスランが所有する最高ランクのタリスマンが創りだした絶対領域は、S級という最強のサイキック能力を持つ宇宙帝王と言えども、その封印を突破することができなかった。

 テレポートできないとわかり、ビッグアイの顔が苦痛と絶望に歪む。


「……俺も愛する星で家族と共に平凡な生活を送りたかった。

 だがお前がその平穏な生活をすべて壊したんだ。

 あの無慈悲な宇宙戦艦の攻撃でな。

 俺は帝国と…… 貴様を絶対に許さない。

 父さん、母さん、弟のアスカの仇を討つよ……

 クリス…… アスカを俺がいなくても立派に育ててくれ。 

 ……そのための平和な世界は俺が今作る。

 すべてを犠牲にしても……」


 左腹の苦痛で意識が遠くなりかけたアスランは、夢を見ているかのように独り言を口走った。


「おのれ、アスラン。

 この絶対領域を解け!

 このビッグアイが命ずるっ!

 逆らうというのならば、余が自ら引導を渡してくれるわっ!」


 説得に応じぬアスランの言葉に怒った宇宙帝王は、役に立たなくなった光線剣を投げ捨て、自らの両手でアスランの首を絞め上げようとした。

 だがアスランに抵抗の様子はない。

 持ち上げられた身体の力が抜け、帝王の手からだらりとぶら下がる。


「そうか…… タリスマンの暴発は己の命と引き換えだったか」


 そうビッグアイが呟くと、アスランの左手にはめられたクリスタルにヒビが入り、表面の細かい欠片が剥がれ落ちて地面に落ちていく。

 いかなる物質でも絶対に傷つけることが出来ない宇宙最硬度を誇るタリスマンクリスタルの崩壊を見て、無敵の宇宙帝王と呼ばれたビッグアイも、もはや自らの最後を覚悟する他はなかった。


「まさかこんなところで、余の野望が打ち砕かれるとはな……

 タリスマンさえ無ければ、余の勝利は確実だったというのに。

 だが余の魂が一時的に失われても、この不滅の肉体は滅びはせぬ。

 余の忠実な部下達が、いつの日か必ず余を復活させるであろう。

 そしてその時こそ、余がこの銀河の真の支配者となるのだ……

 サマリア人の望む統一世界など決して実現はさせぬ。

 この余がおる限りはな」


 そう言い終えると、もはやこと切れたアスランの身体を、宇宙帝王は静かに地面に降ろした。

 そして天空を覆うドームの青い光が赤い光へと変るのを、ただ見つめていた。

 その上空にある帝王の帰還を待つ宇宙船、そこにいるはずの五人の親衛隊ファイブアイズのことを宇宙帝王ビッグアイは考えていた。


「皆の者、済まぬ。

 余は約束を守れなかった……」


 絶対領域のドーム型の空間が急激に収縮していく。  

 同時に内部は超高温へと変わり、真っ白な輝きに包まれる。

 帝王の肉体も一億度の熱には耐えられず、一瞬にして蒸発した。

 やがて白い光が点となって消え去った後、絶対領域に覆われていた球状の空間には、もはや原子の一粒も残ってはいなかった。

 こうして銀河警備隊の英雄、アスラン特務一佐の犠牲によって宇宙帝王ビッグアイの野望は食い止められた。

 その後、宇宙帝王を失った帝国艦隊は反乱が相次ぎ、ついには崩壊に至る。

 そして16の星系を主体とした銀河連邦議会が再び樹立され、宇宙に平和が訪れた。


 だがその平和には暗い影が落ちていた。

 なぜならタリスマンで、宇宙帝王の精神体アストラルボディは破壊できたものの、その器である宇宙帝王の肉体は無の空間から原子が再構成され、他の方法で何度破壊しても、元通りの姿に再生されてしまうからだった。

 その不滅の肉体構造を調べるため、各有力星系の研究機関達は遺体の調査をこぞって行ったが、その秘密を誰も解き明かすことはできなかった。

 さらにはかって宇宙帝国に服従していたガバリン星系が、銀河帝国正統後継政府を主張し、宇宙帝王の遺体の所有権を要求してきた。

 それに呼応してオークス星系も帝国の後継者を名乗り遺体の所有権を争ったため、両星系同士の武力衝突が再び起こる。

 英雄アスランの妻であり、今は銀河警備隊の最高議長に選ばれたクリスタニア・コーネリアス議長は事態を重く捉え、争いの元凶となった帝王の肉体を、銀河の中心にある大ブラックホールへと永久に破棄することを決断した。

 ガバリン、オークス両星系からの反対があったものの、戦争が継続することを嫌った他の星系の支持で、銀河連邦議会は多数決をもってこの提案を承認した。

 そして遺体の破棄は各星系の代表者が見守る中で行われ、宇宙帝王ビッグアイが引き起こした数百年に渡る銀河大戦はここにようやく終わりを告げた。

 その後、宇宙帝王の遺体を再び見た者はいない。


 宇宙帝王の死後、行方不明となっている直属の親衛隊ファイブアイズの五人を除いては……

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