Hot In Herre
その日、俺はサウナに出向いていた。
ある奥様の飼い犬を探して丸二日、都会の陰部に手を突っこみ、探り、やっと、最近おっ立ったバーの影で野良犬としけこんでいるのを発見した。
昨日の夜、プッシーちゃんという名のその犬を引き渡して、ちょいと寄り道をし、帰ってきたのが24時。固い棒のようにベッドに倒れて寝た。
昼に目覚めた俺は疲れを感じていた。
その疲れを取るため、行きつけのサウナへとやって来たのだ。
アジア風の装飾が施された正ホウケイの室内にはネットリとした熱気がこもっており、俺の体の穴からじんわりと汗という汁が流れ出てくる。
客は俺ひとりで、常連で知り合いのナッツもエレクトもまだ来ていない。
こいつらはひどくお喋りで、この熱気の中でも構うことなく、上の口をパクパク開く。だが今日は自分をおっぴろげるような気分じゃない。二人や三人ではなく、一人でじっくりゆっくり気持ちよくなりたい。なので、貸し切りなのはありがたかった。
部屋の隅にある、火照っている石に、手の平で体をぬぐって体液をかけた。すると真っ白なもの──湯気──が吹き上がって、部屋の中がよりホットになった。
俺は座り、体の芯まで突き通されるような気持ちよさを味わっていた。
5分ほどそうしていただろうか。
この小さな部屋の小さな入り口から、大きなモノがグイッと押し入ってきた。
俺は驚いた。
腰にタオル一枚を巻いた、中国系か日系の老人だった。
ここは中国人が営むサウナだから、そういう客は珍しくない。驚いたのはその男の雰囲気だ。
ぽってりと太っているが、貧困ゆえの太り方ではない。キンマン野郎の太り方で、貫禄があるというやつだ。社長とか会長と呼ばれるシンボル的な男かもしれない。
そんな奴なら自分の家にサウナを作りゃいいだろうに、と静かに自分を慰める時間を邪魔されてイラッときた。
するとどうだ。
その爺さんはガラガラのサウナだってのに、俺の真横に来るじゃないか。
ははぁこれは、と思った。
この店を、男と男の出会いの店と間違っているのか。
ここから2ブロック行った場所に、そういうサウナがある。店名は「ゴールデン・ボール」。
こっちの出会い目的でないサウナは「ゴールデン・ホール」。ボールじゃない。ホールだ。まぎらわしいことこの上ない。初体験なら、入る所を間違ってもおかしくはない。
ここのオーナーのキム・ギョクは向こうに改名するよう文句をつけているようだが、取り合ってもらえない。さらに不幸なことには、あちらの方が流行っている。素敵な出会いを求める男女ならぬ男男は世に多いらしい。
俺にはそちらの気はない。俺は女が好きで、男は愛せない。男を愛する男が、女を愛せないように。
老人がぐっと近寄ってきた。これはいよいよ勘違いしているらしい。
ここはそういう店じゃない。TINPOは大事だ。つまりTime(時)、Intention(意思)、Necessary(必然)、Place(場所)、Occasion(目的)である。
おれはこの爺さんをどう断るか、言葉を選ぼうとした。
「あんたがボールさんだね」老人は俺の脇でいきなり言った。「ミスターボール、ボール・コーガン。探偵の」
「ああ、そうだが」予期せぬ質問に俺はそう返事するのがやっとだった。
「ゆっくりしているところ申し訳ないんだが、内密に仕事を頼みたい」
老人は隠していた写真を出して俺に見せた。
「妻の浮気調査だ。いや正確には──この男を見つけてほしいのだ」
そこにはブロンドの髪に真っ赤な服を着た女と、茶色いロングコートの男が写っていた。
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