第37話 言いたい放題
「そもそもだね」
栞さんは人差し指をぴんと立て、その先端を俺へと向けた。
「環境によるものか、はたまた生来の気質かはさておき、少年は結構な抱え込み体質なんじゃない?」
「抱え込み、とは?」
「人間、ある程度は反射で会話するものじゃない。ただ、君は発言内容を精査しながら喋ってるよね。これは言ってもいいなとか、これは言うべきじゃないなとか、逐一自分の中で検閲してる。少なくとも、私はそう感じてるんだけど」
はぇ、とか、ほぁ、とか、そんな素っ頓狂な声が喉から飛び出した。思い当たる節が、確かにあったからだ。
「失言に苦い思い出があると見たね」
「否定は難しいかもしれませんね」
「お、当たり。たださ、失言癖のある人間がそれを矯正しようと思ったらストレスが半端じゃないと思うんだ。一回考える工程を挟まなくちゃいけなくなって、自分のテンポが崩れるから。……自覚は?」
「……多少。意図して言い回しをいじるときはあります。……もしかして、それが欠点ですか?」
「いや、別に。そこ止まりならただの性格で説明がついちゃうかな」
もてあそばれているのを承知したうえで会話続行。第三者にならちょっとくらい話しても構わないだろうという俺の甘えが顔をのぞかせ始めている。
「たださ」
区切って、栞さんは俺に近付き、頬をぷにっと押し込んだ。どうしたものかとちょっぴりのけ反り、その至近距離を維持したまま、「これはいったい……?」と問う。
「パーソナルスペースはかなり狭いよね。困ってこそいるけど、それ以上はない。でもさ、自分の失敗を嫌う人って基本的に潔癖だから、人が必要以上に寄ってくるのを厭う傾向にあるんだよ」
「はて」
「私の見立てだと、少年の問題はこのあたりに集積されてるかな。性格と行動の不一致」
「身の丈に合わないことをやってると?」
「端的に言えばね。ふるまいに自由さが薄いというか」
割と好き勝手に生きているつもりが、不自由さを指摘される日がくるとは思わなかった。そんなに縛られているだろうか、俺は。
「……そんなにばっちりプロファイリングされちゃうほど、俺のデータってお見せしました?」
「見た見た。全部見た。ほら、この前、文月ちゃんが来たときだよ。なーんか君、妙に学生らしくないっていうか、思春期男子としてはありえないっていうか、そんな態度で一貫してたじゃない。無自覚かもしれないけど」
「……そう、ですかね?」
相手による態度の使いわけなど、誰でもやっている。ただ、俺はそれが少々露骨すぎるようだ。その部分に、栞さんはひっかかりを覚えたらしい。
「そうもこうもないね。……というか君、特定の物事においてだけ、意図的に感覚を鈍らせてるだろ。……なんというか、見て見ぬふりをたくさんしてきて、その結果見ることすらやめたって感じだ」
「……ああ、そうか。わかりました」
「え、私が真実の槍で君の心臓を突き刺すのはこれからが本番なのに?」
「いや、正直言って話にはついていけなくなりつつあるんですけど、前々からあった既視感の正体がようやくつかめて。栞さん、ウチの兄貴にどことなくに似てるんです。人を食ったような性格といい、絶妙な社会不適合感といい」
出会ってそう長くないのに妙な親しみを覚えたのも、たぶんそれがかかわっている。考えれば考えるほど、彼女は錬兄にそっくりだ。……と、これは話の本筋から大きく脱線した今必要のない気づきなのだが。
「ほら、それだよそれ」
「……はい?」
「今の生き生きした感じが少年の本質で本性なんじゃない? 今はちょっとだけストッパー外れてたでしょ」
「言われてみれば」
流れを遮って自分の思いついたことを口に出す。この空気の読めなさが本来の越智葵なのではないか。
「君、元々他人を顧みるタイプじゃないでしょ。自分本位の俺様系だった時代があると思うな」
「めっちゃ思い当たりありますね」
「あー、やっぱりね。じゃあそれが原因だ。少年、気遣いが空回りしてるんだよ。変にうじうじ思い悩む優柔不断さを後天的に獲得しちゃったせいで、生き方が綻んでる」
「言いたい放題すぎません?」
「歯に衣着せる方法を知らないからまともな社会からリタイアしたの」
不穏当なことを心底うれしそうに語る。なるほど確かに、これでは一般社会からはみだしてしまうのも頷ける。……ただ、彼女は自分がどうして社会に馴染めないかを自分自身で理解できているだけ、俺よりずっとマシな存在。
自身の欠点、問題点への気づき。俺にはおそらく、それがない。
「まあ、そういう気配をうっすら感じたから、君を雇ったわけなんだけど。ほら、日常に刺激が欲しいなって思ったら、成り立ちの狂った人間を近くに置くのが一番手っ取り早いし」
「やっぱり栞さん、性格はちゃめちゃに悪いですね……」
「ほめ言葉かなぁ」
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