第22話 本日の失敗をどうするか会談
「えー、文句を言います」
ダイニングテーブルに両肘をついて、前に座る二人へ詰め寄る。夜も深まってきた午後十時過ぎ、明日が休日であることも踏まえて、ある程度の長丁場を覚悟した『本日の失敗をどうするか会談』だった。
「改めて伝えときたいんだけど、俺は色眼鏡で見られたくないわけ。相手が俺に寄ってきたんだか金に寄ってきたんだかの判別が難しくなるから」
嫌というほど経験してきたことだ。それが大人であればまあこんなもんかで片づけられるのだが、同年代だった場合のダメージが思いのほか大きい。だから、できるのであれば出自は隠し通したい。……それを願うのであれば家を出なければよかっただろうという反論もあるだろうが、そこにはちょっとした事情があって。
「それじゃあ本題。……とうとうボロ出しやがったなお前」
「だ、だって、人の使い方を覚えろってあんたが」
「そっちじゃない。一つ新しいことを意識しただけでどうして前まで出来ていたことが蔑ろになるんだよって話」
「ぐぅっ……」
お互いに他人としてふるまった方が好都合で、これまでは騙し騙し上手くいっていたのに。それがよりにもよって俺の助言一つで崩壊するとは。
「疑いは連鎖するんだ。あれをきっかけに、昨日一緒に休んだことにも突っ込まれた。どっちかだけならまだ偶然で済ませられたけど、重なるときついぞ。……お前もお前で、色々聞かれたんじゃねえの?」
「……前から知り合いだったの、とか」
「回答は?」
「高校で初めて会ったって」
「まあ、良しとしよう」
逆に、そうでなければどう答えろって感じでもあるが。ただ、無難に誤魔化すならそれ以外はない。
「頼むぜマジで……。昨日の今日で恩を仇で返されるのは想定外だぞ……」
「……悪いとは思ってるわよ。で、でも、そこまで神経質になるようなことじゃ」
「そこは価値観の相違だってこの前も言ったろ。お前と俺じゃ似てるようで立場が全然違う」
権限の差とでも言うべきか。俺と彼女の間には、そこに大きな隔たりがある。とても一緒くたには語れない。
「とにかく、しばらくは学校で話しかけるの禁止。つながりらしいつながりはきっぱり切っとけ」
「…………」
「なんだその不満げな顔は」
「……あんまり露骨にやり過ぎたら、それはそれで違和感あるでしょ」
「それを許容しなきゃならないくらい、お前の暴発が怖いって話なんだが?」
「でも、ちょっとくらいは……」
「なに、お前そんなに俺と話したいことあんの? ここでの会話で事足りないくらいに?」
「はぁ?! ないですけど?! ないんですけど?!」
「じゃあ本決定な。今まで以上に他人でいてくれ」
「……もうちょっと、言い方がさぁ」
「文句があるなら俺に言い方を選ばせられるような存在になれ」
「…………」
完封。こいつには言い過ぎるくらいでちょうどだ。変に甘やかすとすぐ失敗するから、キツく矯正する必要がある。なんで俺が子育て理論を構築しているのかさっぱりわからないが、そうでもしないと自分の生活を守れない。
入江は「でもさぁ……でもさぁ……」とぼそぼそ言いながらテーブルに突っ伏して、明らかに納得していない様子。だがこれに構っていては話が深夜まで続いてしまうので、俺はさっさと次の話題に移ることに決めた。
「でもまぁ、今日に限っては入江が可愛く見えるレベルでお前がヤバかったな……」
「……軽率でした」
「まぁ、うん、否定はできん」
申し訳なさそうに俯く文月。あの一件はクラスどころか学年の垣根を越えて校内に広がり、それに反比例する形で俺の立つ瀬はどんどんとなくなっていった。今日一日だけで、ずいぶん知名度が増したように思う。……もちろん、好ましくない形で。
「どうしたもんか……」
「ねえちょっと、なんでミアには甘々対応なのよ?」
「日頃の行いって言葉を知らんのか?」
ゴリゴリに絞られた自分との扱いの差に不満があったのか、突っかかってくる入江。普段から散々世話になっている文月と普段からあれこれ世話してやっているお前との心証に差がつくのは当たり前なのだが、それ以外にも理由はあった。
「それに、家のことがバレたわけじゃねえし」
「色んな男子にやっかまれるよりそっちの方が嫌なんだ……」
「そりゃそうだ。見る目も対応も全部変わっちまうんだから」
今ツルんでいる連中がコロッと態度を変えてくる可能性も否定できない。それは心に響くものがあるので嫌すぎる。そのくらいで心変わりしてくる奴と付き合うべきではないという意見もあろうが、別に俺は揺らぐことのない美しい友情を欲しているわけではないのだ。相手の立場を考えて態度を使い分けるのは俺だってすることで、それを悪いとは断じられない。
「でもまあ、しばらくは根掘り葉掘り聞かれんだろうなぁ……。バックボーンがはっきり割れてるお前と違って、文月はそこらへんかなり謎のベールに包まれっぱなしだし」
「特に大切なこと以外は、隠しているつもりもないのですけど……」
そうは言っても、びっくりするくらい丁寧な口調で喋る金髪碧眼の美少女なんて属性盛りまくりの存在が神聖視されないわけがない。変な希望や理想を押し付ける奴だっているだろうし、実際にこの目で見てきもした。
「こっちは燃えてる範囲が広すぎてだんまりじゃ解決しそうにないんだよな……。とにかく、適当にあしらうために設定のすり合わせしよう」
「お友達だと紹介するのではダメでしょうか?」
「うーん最悪。だって文月に男友達いるなんて話聞かねえし。俺がいきなりオンリーワンに躍り出ちゃったら風当たりが強いどころじゃなくなるだろうな」
「……では、お知り合い?」
「いや、それもよくないな。っていうか文月が口にすると全部よくない。なにもかも含みがあるように聞こえる」
これには入江も頷いて肯定。普段のミステリアスさが祟って、どう足掻いても意味深に映ってしまう。だとすれば、やはり俺の対応の方に重きを置くべきだ。
「どんだけ追及されようがにこにこ笑って受け流せるだけの器量がお前にはある」
「にこにこ?」
「お前のパーソナルスペースに土足で踏み込んでこれる奴なんてそうはいないから、やっぱり策を講じるなら俺サイド。……つっても、具体案はこれっぽちも浮かんでないが」
弁明も弁解も悪手でしかない。かといって時間任せの風化を狙うには、話題のスケールが大き過ぎる。隠れ蓑になってくれるような別の噂が流れでもしてくれればいいが、そんな都合のいいことはそうそうない。
「親が仲良し……は駄目だよな。ウチの親が何者だってなって、結局逆戻りだ。同じく前から知り合いだったって言い訳も無理」
「わたしみたいにこじつけでなんとかするのは?」
「苗字と名前の呼び違えをどうにかすんのはキツいだろ……」
「元から葵って名前の知り合いがいて、癖が出たとか」
「そう言われてお前は素直に受け取れるか?」
「ううん、無理」
「だろうなあ」
どうしようもないという結論が出かねない雰囲気だ。実際問題、もうお手上げな気がする。後は諦めと譲歩でなんとかするしかない。
「……まあ、各方面から嫉妬と勘繰りは受けるだろうけど、友達って言っとくしかないか。変に隠し過ぎて裏で付き合ってるだのなんだの噂される方が迷惑だし。なぁ?」
「……迷惑、なるほど、迷惑」
言葉をゆっくり咀嚼しながら瞑目する文月。たまにレスポンスが悪くなることはあるが、今はまさにその感じだ。
「迷惑、でしょうか?」
「事実無根だろ」
「火のないところに煙は立たないとも言います」
「……文月さーん?」
そういう話はしていなかった。主題がどこかブレている気がしてならず、それよりなにより、妙に据わっている彼女の目に恐怖心を覚える。どういうこっちゃと入江に助けを求めても、あれこれいじめたせいもあって「しーらない」という塩対応しか帰ってこなかった。
「と、とにかく、週明けまでになにかしらの対策を――」
話を強引に切り上げようとしたところで、懐のスマートフォンが小刻みに振動し始めた。メールだろうと思って放置していてもバイブレーションが止まる気配はなく、電話がかかってきたのだとようやく気付く。
「誰よ、こんな時間に」
「……兄貴」
ディスプレイに表示されていたのは、歳の離れた長兄の名前。どうやら更なる面倒ごとが降りかかってきたらしいと項垂れつつも、着信アイコンをタップした。
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