第93話

「うむ、エツジも面白いがエリカの方がもっと面白いだろ」


 ターゲットは俺からエリカへとチェンジした。

 エリカはコスプレに対して抵抗感は無さそうだったが、いざ話の種になると顔を火照らせていた。


「わ、私のことはどうでもいいでしょ。私だって実行委員だから仕方なくやってるのよ」


 エリカから威圧的な目の訴えを感じたので、意外と前向きに取り組んでいたことは黙っておいた。


「エリカのは魔女だよな?」


 エリカが着ているのは魔女の衣装。黒をベースとした丈の長いワンピースに、魔女の象徴とも言える長いとんがり帽子をかぶっている。所々に紫色が散りばめられていてデザイン性もあるが、可愛らしいというよりはシックで大人っぽい衣装となっている。着る人によっては地味に思われるかもしれないが、エリカが着ていると上品で美しささえ感じる。


「ガハハハッ!エリカがそんな恰好するなんて珍しすぎるだろ!」


「おいリキヤ、その辺にしといたほうが……」


「うるさいわね。二人ともどつくわよ」


「え?俺も?」


 調子に乗ったリキヤとコウキが叩かれるのを見て俺もすっきりした。


「エリカちゃん似合ってるよ!めちゃくちゃ可愛い!ねえ?サユリちゃん?」


「まあまあね。私の方が似合うと思うけど」


「あら、サユリはあっちの方が似合うんじゃないかしら?」


 エリカが指差したのは顔も含めて全身が隠れるウサギの着ぐるみ。ちなみに中身は内山君だ。


「あれじゃ顔見えないじゃない!誰が着ても同じでしょ!」


「でもうさぎ好きでしょ?」


「好きだけど関係ないわよ!」


「えー僕はいいと思うけどなー。うさぎさん可愛くない?」


 サユリとエリカの張り合いをマコトが中和して、それを聞いている俺とコウキとリキヤが笑っている。いつもの空気感が、この教室に存在する。

 マコトが俺たちの学校にいる。俺たちの教室で座っていてみんなと喋っている。ただそれだけの光景だが、この光景こそ俺がずっと望んでいたものだ。


「なんかエっ君ニヤニヤしてない?もしかしてコスプレでいやらしいことでも考えてた?」


「考えてねーよ。俺のことはほっとけ」


「怪しー…。でも僕もなんかコスプレしてきたらよかったなー」


 俺たちのクラスに限らず、出し物にハロウィンの要素を取り入れているクラスは他にも多い。誰がコスプレして歩いていても違和感はない。


「僕だったらなににしようかなー?エっ君は僕にどんな格好してほしい?メイドとか?」


「……マコトは小悪魔が似合ってるな。いたずら好きだし」


「えー僕いたずらなんかしないよー。エっ君以外には」


「してんじゃねーか」


 五人の美男美女による宣伝効果なのか、人が増え、混雑してきた。ずっと六人で喋っているわけにもいかず、俺とエリカは他の席にも対応にあたる。ひやかされながらも淡々と仕事をこなした。

 俺たちの持ち時間はあっという間に終わり、再び四人と合流して回る。目立たないように着替えようと思っていたのだが、サユリに「ダメ」と言われたらそれまでだった。


「エっ君こっちこっち!」


 生き生きしているマコトに引っ張られながら面白そうな教室を順々に回っていく。俺たちの学校にいるマコトはどこを切り取っても新鮮で感慨深い。俺以外も同じことを感じていたのか、どこか嬉しそうだった。

 マコトの行きたいところに異論を唱えることはなかったが、その裏で俺はサユリの近くをずっとキープしていた。サユリとの約束を果たすため、なにか言われたらすぐに動けるように、欲を言うなら言われる前に察することができるように。

 歩き回って小腹がすいたところで、飲食の屋台が立ち並ぶ中庭に移動する。校舎沿いに並んだテントから、フランクフルトや唐揚げや焼きそばなど、屋台飯特有のいい香りが漂っていて、どのクラスも人が集まっている。中でも、PTAを中心とした大人たちが作ってくれる豚汁は一番の人気だった。


「サユリ、行きたいとこあったら遠慮せずに言えよ?」


 豚汁をすすりながら、こっそりとサユリに聞いてみた。


「遠慮はしてないわ。マコトが行きたいところは私も気になってたところだから。それに、エツジがずっと私のことを見ててくれるのがなんだか嬉しくて」


 そのままの意味なのだろうが一瞬ドキッとした。

 何故だか今日はサユリの言動一つ一つに心を揺さぶられる。真っ直ぐに俺の目を見て話すサユリは、漠然としているがいつもと違う雰囲気を感じる。


「約束したからな」


「あ、でもお化け屋敷は行ってみたいかも。二年生がやってるらしいけど」


「面白そうだな。これ食べ終わったら次はそこ行こう」


 サユリの提案を他の四人にも伝え、食べ終えたら早速向かった。

 お化け屋敷をやっている二年五組の教室の前は人が列をなしていた。どうやら文化祭と言えど本格的に作り込んでいるようで、そのクオリティの高さと怖さは人伝いに広がっているようだ。

 俺たちも並んで待っていたが、回転効率もよかったので人数の割に待ち時間は少なかった。


「お次は六名様ですね。申し訳ございませんが中は狭い作りとなっていますので、二人ずつに分かれてお入りください」


 中へ入っていく人の様子を見ていて想定していたが、案の定六人では入れないようだ。お化け屋敷というのは少人数で入るのも醍醐味の一つだ。


「どうする?誰から行く?」


「じゃあ僕とエっく―――」


「私たちから行くわ。言い出しっぺだもん。ね?エツジ?」


「え?あ、ああ、そうだな。まずは俺らから行くか」


 他の人の返事を聞くより先にサユリに引っ張られて入り口のカーテンをくぐった。

 中は薄暗い小さなスペースとなっていて、中央にヘッドホンが二つ置かれている。ヘッドホンをつけると短めの怪談が流れた。より怖く感じさせる為の演出だろう。わかっていても世界観と一致していて頭に残る。

 聞き終えたら奥へと進む。そこからが本当のお化け屋敷となっていた。


「そういやサユリってホラーとか大丈夫だっけ?」


「よ、よ、よ、よゆうよ」


「どこかだよ。どう見ても大丈夫じゃないだろ」


「だって!こんなに本格的とは思わなかったんだもん。文化祭だったらもっとちゃっちいのだと思うでしょ?」


「確かに思ってたよりクオリティ高いな。見てみろこの生首。よくできてるぞ」


「キャー!ちょっとやめてよ!」


「ハハハッ!ごめんごめん。にしても真っ先に名乗りを上げるから得意なのかと思ったけど、全然駄目なんだな」


「それは……先に言わないと……」


「ウワァ!」


 会話を遮るようにミイラ男が飛び出してきた。


「キャー!」


「ちょ、サユリ?くっつきすぎな気が……当たってるんだけど」


 一度パニックになったサユリの勢いは止まらない。そこからは驚かすギミックが連続して、サユリの叫び声が途切れることはなかった。

 サユリは俺の腕にしがみついたまま走り回り、主導権のない俺も振り回されるように一緒になって走った。お化け屋敷を味わう暇もなく、気がついた頃には廊下に出ていた。


「はぁー…疲れた」


「あれだけ叫んでたからな」


 早く回り終わってしまった俺たちは出口付近の壁にもたれかかりながら四人を待った。


「ごめんね。もっとゆっくり見たかったでしょ?」


「気にすんなよ。代わりにサユリのリアクションを一番近くで見れたから」


「もー言わないでよー。……でも、楽しかったな」


 お化け屋敷とは恐怖心を煽る為のもの。その点でいえばサユリが一番楽しんでいたのかもしれない。隣にいた俺も。


「ところで、もう外なんだから離しても大丈夫じゃないか?その……腕……」


 しがみついていた名残でサユリと俺の腕は絡んだままだった。走り回っていた時のように力んではいないが、その分微かな温もりを感じてドキドキしてしまう。


「……もうちょっとだけこのままでいさせて……まだ心臓のバクバクが治まらないの……あともう少しだけお願い……もう少しだけ……鼓動が治まるまでは……みんなが出てくるまでは……」


「俺は構わないけど……」


 余程怖かったのか、高鳴る鼓動は俺にまで伝わってくる。俺は黙って腕を貸し続けた。だが、鼓動は落ち着くどころか、時間が経つほどに激しくなっていく。

 この鼓動がサユリだけのものじゃない、本当は気づいていながらも、俺もサユリも動こうとはしなかった。







―――――――――――――――――――


キャラのイラストがあるのですが……


追記 プロフィールにTwitterのアカウント乗せたのでよければ覗いてみてくだい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る