第92話

 文化祭二日目。

 一日目の余韻があったからか、始まる前から和気あいあいとしていた。

 万が一開始早々トラブルが起きた時に対処する為、俺とエリカは朝から当番となっている。他の四人は、朝は特にやることがないようなので、そうなると必然的に俺たちの教室が集合場所となった。

 オープンして少し経った。お客さんの顔ぶれも生徒だけでなく、ちらほらと一般の方々が混じるようになってきた。実感と共に緊張感も込み上げてきたが、それも最初の方だけですぐに慣れた。今のところ問題もなさそうなので、立ち上がりとしては上出来と言えるだろう。


「おい!大変だ!なんか凄い子がいたぞ!なんというか美少女のようで、美少年のような、綺麗なようで、可愛いような、とりあえず凄い子がいるぞ!」


 文化祭当日であってもゴシップ隊は通常運転なようで、今日も朝から訳の分からないことを言っている。そう思っていたのだが、直後に俺たちの教室に入ってきた人物を見たらすぐに言っている意味がわかった。

 その人物はコウキとサユリという我が校お馴染みの美男美女に連れられてやって来たのだが、二人に勝るとも劣らない輝きを放っていた。


「へぇーこんな感じなのね」


「うぃーっす。連れて来たぞ」


 コウキやサユリが教室に来ると騒がしくなるのはいつものことだが、今日は一段とざわついている。それは、この学校では見慣れない美少女、結城マコトが理由だろう。


「なるほどな。コウキと並んでると美少女に見えるし、サユリと並んでると美少年にも見えなくもない」


 女の子らしい可愛い恰好をしているので、女の子と認識されるのに時間はかからなかった。それでもしばらくはマコトの美貌に見惚れる人が多く、入学したてのサユリやエリカと似たようなものを感じた。

 マコトはキョロキョロと俺たちの教室を見物し、途中で奥にいる俺と目が合った。


「あ!いた!エっくーん!」


「グハッ」


 俺が返事するよりも早く俺に目掛けて飛び込んでくるマコト。背中を反らして胸に受けた衝撃を受け流し、なんとか踏ん張って耐えきった。


「痛ててて……もう少し落ち着いてくれ」


「だってだって、エっ君と会うの久しぶりなんだもん」


 マコトは先週から俺の家には来ていない。準備で忙しかったここ一週間は来てもらっても会える時間は短く、俺も疲れていて対応が雑になってしまうので断っておいた。

 久しぶりと言っても一週間ほどのことだが、あれだけ毎日会っていると永いようにも感じる。

 俺の胸に頭を押し付けるマコトを「やれやれ」と言いながらあやしているところ、周囲の視線が突き刺さっていることに遅れて気づいた。


「おいマコト、一旦離れよう。変に注目集めちゃってるから」


「えー?もう少しだけ」


 くっついている時間が長いほど憶測も増えていく。いきなり現れた美少女と、その美少女にくっつかれているのが俺。周りの人たちがなにを話しているのかはわからなかったが、悪目立ちしていることだけはわかった。


「オホンッ……マコト、久しぶりね。楽しみなのはわかるけど、他の人の迷惑になるといけないからとりあえず席に着いてもらえるかしら」


「あ!エリカちゃん!久しぶりだね。ごめんね。みんなの顔見たらテンション上がっちゃった」


 エリカが間に入ってくれたおかげで、俺と美少女のマコトが話している違和感のようなものも薄まり、マコトも素直に言うことを聞いてくれた。

 席に案内するタイミングでリキヤも合流し、俺とエリカを除く四人は同じテーブルを囲むように座った。その席だけオーラのようなものが輝かしく、男子も女子も、一般のお客さんでさえも、教室にいる大半の人の注目を引いていた。

 注文を受けた後、今の格好をいじられたくなかったので他の人に持っていってもらおうとしたのだが、俺とエリカは見事に名指しされて逃げることは許されなかった。


「エっ君の格好ってもしかしてドラキュラ?」


「……まあ…一応…」


 当日は地味な衣装を選ぶ予定だったが、俺に選択肢などほぼなかった。派手な衣装だけではなかったのだが、俺と同じようにコスプレはしたいけど控えめにしたいという要望の人が多く、みんなが快く参加できるようにと譲った結果、派手なものしか残っていなかった。俺もどさくさに紛れて地味なものを選ぼうとしたのだが、実行委員だからという理由で不可能だった。それでも、以前俺が試着した王子のような恰好はケイスケが引き受けてくれたのでまだよかった。

 ドラキュラと言っても俺が着ている衣装は、黒いマントを羽織り、ワイシャツの上にワインレッドのベストを着用し、あとは装飾やスカーフ、メイクやヘアセットで似せているだけ。シンプルではあるが意外とそれっぽく見えるものだ。

 本当はもう少しかっこいいイメージなんだけどな。俺でなければもっと様になるのだろう。


「どうせ俺には似合ってねーよ。あーもう、笑いたきゃ笑えよ」


 少しは気を遣って褒めてくれると思ったが、遠慮の欠片もないコウキとリキヤは笑いながら楽しそうに写真を撮っていた。

 こいつらは後でしばく……。


「アハハ!そんなんじゃ誰からも血分けてもらえないよ?しょうがないから僕の吸う?」


 当然マコトも嬉しそうに俺をいじる。からかうように差し出した首筋は白く美しく、不覚にもかぶりつきたいと思ってしまったのは内緒の話。


「吸わねーよ。ったく揃いも揃って馬鹿にしやがって」


「私はかっこいいと思う。似合ってるわよ」


 唯一俺を褒めてくれたのはサユリだった。俺にだけ聞こえる声だったが、いつもと違ってはっきりと言ってくれた。照れているように見えなくもないが、どこか凛としている表情からその言葉を聞けて純粋に嬉しかった。

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