第55話

 ホームルームはまだ続く。

 席替えはおまけのようなもので、本題はここからだ。


「知ってる人もいるかもしれないけど、毎年この季節になると文化祭の準備期間に入る。今年の文化祭は10月の30、31の二日間だな。んで、今日やることっていうのがこのクラスの文化祭実行委員2人を決めようっていう話なんだよね」


 文化祭。学校生活においての花形イベントの一つである。中学の時も同じ名前の行事はあったが合唱コンクール等がメインとなっていて、高校のそれとはまったくの別物であった。つまり思い描いていた文化祭とは今年が初体験となる。

 学校によって規模は違うが、俺たちの高校の文化祭は一般公開はもちろん、規模もそこそこ大きいので毎年多くの人で賑わうと聞く。俺も一度だけ訪れたことがあったが、とにかく華やかだった記憶がある。


「文化祭実行委員の選び方なんだけど、できればやる気があって責任感があるって意味で立候補がいいんだけどなー…。誰かいないかな?」


 柳瀬先生が教室を見渡しても反応はない。文化祭実行委員という重要そうなポストに対して何するのかをまだ知らない俺たちが手を挙げるのは難しい。先生もそれを察して説明を付け加える。


「文化祭実行委員って何するのって話だけど、簡単に言えば文化祭の運営だよ。私たちのクラスの意見を取りまとめて出し物を決めたら、それを実行委員会に中継するパイプ役みたいな感じかな?それから、各クラスの実行委員と打ち合わせしながら、自分のクラスの出し物の管理と進行をしていくのが流れかな。ざっくりとだけどこんな感じ。あとは文化祭全体の運営のために各々役割を当てられるけど、詳しい話は会議で聞かされると思うよ。ちょうど今日の放課後顔合わせだしね」


 文化祭というのは大半の生徒にとって楽しみな行事ではあるが、実行委員となると大変なことが多そうだ。生半可な気持ちで立候補したらかえって失敗を招くし、そもそもそんな奴はクラスから認められないだろう。案の定、先生の説明を聞いてからも立候補する人は現れなかった。


「うーん…参ったな…。できれば立候補が良かったんだけど…こうなると推薦にしなくちゃならないか…」


 先生が頭を抱えるのを見て可哀そうだとは思ったが俺に立候補する気はない。というよりも俺が立候補したところで微妙な空気になるだけだ。最悪の場合、クラスの出し物が台無しになるかもしれない。これは俺の持論だが、何かに集団で取り組む時はやはり空気が大事だと思う。その空気は先頭を歩く人に大きく影響を受ける。この場合だと文化祭実行委員となる人だ。その人によって良くも悪くもなる。そう思うからこそ俺は立候補しないし、似た考えの人も多いからこの状況なのではないか。

 推薦になっても俺の名は出てこないだろうし、俺はただ待つことしかできなかった。

 ごめん!他のだれかが実行委員になっても俺は全力で協力するから!ケイスケ辺りだと良い方向になるんじゃないか?一層推薦しようか…。


「早速頼らせてもらうわね」


 俺が窓の外を見ながら他の人に任せることを考えていると、エリカの声が聞こえた。

 俺に言ったようにも聞こえたけど…どういうことだ?

 意図がわからず、もしかすると聞き間違えかと思った俺は聞き返すために顔をエリカの方に向ける。


「はい。私がやります」


 俺が顔を向けたと同時にエリカがすっと手を挙げていた。真上に伸びた手はぶれることなく、改めてエリカの一挙一動は美しいと思った。


「真弓さんやってくれるの?それは助かるわー」


 先生の言う通りエリカがやるというなら文句を言う人は誰もいないだろう。俺もエリカなら適任だと思う。でもいいのか?学級委員長の仕事もあるだろ?


「でも大丈夫?学級委員長もやってもらってるから大変じゃない?」


 先生も俺と同じ心配をしていたようだ。


「大丈夫です。学級委員長の仕事はそこまで多くないですし、副委員長もいますから。それに、文化祭実行委員も実質同じ役割のようなので、問題ないかと」


 エリカもそこまで考えての立候補のようだ。エリカ自身が立候補して「大丈夫」というのであれば誰も反対はしなかった。エリカの言う通りこんな時こそ副委員長の出番だし、何かあれば俺も手伝えばいいしな。さっきの「頼らせてもらう」とはこのことか。


「それともう一つ。私は二宮君を文化祭実行委員に推薦します」


 ほうほう。エリカの推薦であればそいつに安心して任せられる。もう一人の実行委員はその「二宮」って奴に決まりだな。


「……え?!」


 それ俺じゃねーか!


「真弓さんの推薦だし、二宮なら何も抱えてないから問題ないな。よし、文化祭実行委員の2名はこの2人で決まりだな」


 先生が黒板に名前を書こうとしたので慌ててそれを止める。


「ちょっと待ってください!俺まだやるって言ってないですよ!こういうのって名前が挙がっても強制じゃなくて本人の意思が尊重されるべきでは?」


 先生が「まだ文句あるのか?」という顔でこちらを見てきたが、俺は怯まなかった。「自信がない」「俺には向いてない」と断る理由を並べていく。それらの理由は建前で、正直面倒くさいだけなのだが本音を言ってしまうと決定してしまうので必死に理由をこじつける。

 ケイスケなんかは「いいじゃん!エツジやれよー」と笑いながら野次をとばしてくる。良いイジリや野次を覚えたようだが、今はいらない…。


「だから俺には無理ですって。もっと適任な奴がいるでしょ。そこで笑ってるケイスケとか」


「私はエツジ君が適任だと思って推薦したのよ?……というか私が立候補したのも……」


「せっかく真弓さんが指名してくれたっていうのに…まだごねるのか?二宮」


「それとも…私とやるのがそんなに嫌なの?」


「エリカとやるのが嫌ってわけじゃなくて…俺のやる気の問題というか…」


 クラスの空気も俺がやることに賛成しているようだった。この空気で他に立候補する人は中々いないだろう。

 このままではまずい…。本当にやることになる…。俺の自由な時間が…。


「では僕が立候補します!これで問題ないですね!」


 空気の読めない、良い言い方をすればクラスの空気に屈しない男は俺の真ん前にいた。その男は手を挙げると同時に自信満々に立ち上がった。


「この門倉ハジメが文化祭実行委員を引き受けましょう!」

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