第42話
女性ものの水着が並ぶ店の中に男が入るというのは中々に耐え難い。非モテの男共には共感していただけるのではないか。店内には数名の男がいるのだが、全員彼女連れのリア充と見られる。よくよく考えれば連れに女性がいなければ入ることはない。最低限の免罪符といったところか。当然俺もマコトと一緒に来ているので資格はあると思う。だが、堂々としていられるかは別の話だ。その差は付き合っているかどうかだ。これは完全な個人的意見だが、俺が今痛烈に感じていることなので、間違いではないはず。彼女の水着を選んでいます、という風にメンタルを保てば何とか乗り切れそうなのだが、俺たちにその事実はない。せめて、今だけでも仮初の関係を所望する…。
「エっ君。これどうかな?」
試着室から出てきたマコトが身に着けていたのは要所要所にデザイン性が感じられるシンプルな黒のビキニ。マコトの白い肌とメリハリがあって布面積が小さいようにも思えるがとてもセクシーだ。何もしなくてもスタイル抜群なのに、ビキニ姿はそれを引き立てている。
「いい……」
頭の中で様々な感想が廻ったのに、漏れた言葉はそれだけだった。いや仕方ないだろう。同級生のこんな肌の露出の多い恰好を目の当たりするのは初めてなのだ。しかも相手はとびきり可愛いマコト。普段とのギャップのせいか直視するのが恥ずかしい。
「えー…それだけ?」
「いや、その、めっちゃいいと思う…」
小学生のような感想しか出てこない。「他には?」とマコトは待っているので、瞬きの回数を増やしながらなんとかマコトの姿を視界に入れる。
思ったより細いんだな、白い肌が美しい、足長いな。
言葉には決してできないが、思うだけなら自由だからな。それにしても意外と、
「胸おっきいな……あっ」
思わず口に出してしまった。貧乳が好きとは言っても、別に他が嫌いなわけでは無くて、言い訳じゃないがつまるところ全部好きなのかもしれない。
「エっ君のえっちぃ…」
あああああ…そんな顔で俺を見るのはやめてくれぇぇ…。俺も男なんだよ……。
「違うんだって!いや違わないんだけど……。とにかく、似合ってるってこと。可愛いよ」
「フフッ…焦りすぎだってー。冗談だよ。そっかー似合ってるかー。嬉しいな」
マコトに振り回されるのはいつものことだが、今回はいつもよりドキドキした。ビキニの効果とは恐ろしいものだ…。
さすがに一着目で決めることはなく、その後も何着か試着して俺はその都度小学生並みの感想を伝えた。
「これはどうかな?」
ほう、上と下が繋がったワンピースタイプか。肌の露出や体型を気にする人も選びやすい水着だな。マコトはそこらへんを気にしてはいないのだが、単純に似合っている。隠された部分からでもわかるくびれは美の一文字に尽きる。
「いい……」
「これはどうかな?」
ほう、可愛いフリルが目に付くビキニだな。女の子らしいデザインは色気だけじゃなく、可愛さも目立つ。マコトにフリルはあまりイメージがなかったが、きっちり着こなしている。
「いい……」
「これはどうかな?」
これは……、布面積が小さすぎないか?攻めすぎともとれるそのビキニは俺には少々刺激が強い。といっても嫌いなわけではない。大人っぽく、セクシーで……まあなんというかエロいな。正直もっと見たいのだが、気持ちに反して目のやり場に困ってしまう。
「駄目だな……」
「えー、なんで?けっこー良い感じだと思うんだけどなぁ」
もちろん良い感じだ。似合っている。だが、これだけは選ばせるわけにはいかない。
「駄目だ。露出が多すぎる」
「でもそういうのが男の子は好きなんじゃないの?」
「……もちろん好きなんだけど…」
「だけど?」
「他の男に見られるのは…なんか嫌だ…」
「へ?」
彼氏でも何でもないのだが、俺とマコトならこれくらい…言ってもおかしくないよな?
「へ、へぇー…そうなんだ…。他の人に見られたくないんだぁ…。エっ君ヤキモチ焼いてるんだ?」
一瞬驚いていたものの、すぐにニヤニヤしながらからかってくる。
「は、はあ?ちげーよ!これは別にそういうんじゃなくて…あくまで友達として、幼馴染として、過度な露出は控えるべきというか…節度をもってというか…その…なんだ…いくら水着でももう少し自分を大切にだな……」
からかわれているのがわかっていても取り乱してしまう俺は耐性が無さ過ぎる。
「心配しなくてもこんな格好見せるのはエっ君だけだよ?」
またしても平気でこういうことを言う…。俺の思いを勘違いと言っていたけど、こいつの言動の影響もあるんじゃないか?このまま俺がお1人様だったらどう責任取ってもらおうか……。
その後もマコトの水着選びは続いた。テンポが良かったので退屈することは無かった。まあどの水着を見ても「いい……」としか言えなかったのだが…。
最終的にマコトが買った水着は教えてもらえなかった。「当日のお楽しみー」なんて言われると待ち遠しくて仕方がない。……下心があるのは当然だろ!男なんだから…。
水着選びが終わったらマコトのリクエストでカフェに行くことに。俺にオシャレなカフェの情報なんて搭載されているわけがなく、マコト頼みで連れられる。
マコトおすすめのカフェは広すぎず、こぢんまりとしていた。店内には程よい音量でジャズが流れ、木造主体の内装とマッチして落ち着いた空間を演出している。お洒落かつ気疲れしない雰囲気は日々の疲れを癒してくれる。
俺とマコトは対面になっているフカフカのソファーに腰を下ろして注文を済ませる。大きめのパフェが名物らしいので2人で一つを注文して、コーヒーはブラックで。マコトは甘党なのでキャラメルラテを頼んでいた。
パフェが来ると想像以上の大きさに驚かされた。「1人だと食べきる自信がないんだよね」と言っていたが、これを見たら納得だ。2人で食べるには申し分ない量なので両サイドから食べ進める。
「合コンどうだったの?」
先日の話。あの時、あの場でマコトは深く追求しなかった。終わった話ではあるのだが、聞かれれば答えようと思っていた。
「合コンとは言っても本当に知らされてなかったからな。ただ遊んだだけだな。それはそれで楽しかったけど」
「じゃあ何もなかったんだ?」
「悲しいくらいに何もなかったな。ちょっと気になる子はいたんだけど…」
「どんな子?」
「佐々木さんって子とトウ…東堂さんって子なんだけどさ。佐々木さんは控えめでおとなしくて俺と似た部分があるんだよな。話してみると気が合うし。東堂さんは派手目で負けず嫌いなんだよね。何かと競い合ってたけど、面白かったな」
「ふーん…。楽しそうでよかったね…。でもそれだけで判断するのはどうかと思うよ?僕から言わせてもらうとエッ君の良さは一日じゃ伝わらないよ?だから、あんまり応援はしてあげられないなぁ」
「ああ、別に気にはなったけど好きとかそんなんではないな。向こうもコウキが好きみたいで脈なしなのはわかってるから。第一連絡先も知らないしな」
連絡先くらいは交換しておけばよかったと思った。俺がどうこうじゃなくて、佐々木さんやトウコのサポートくらいはしてあげれると思ったからだ。コウキの印象も悪くはなさそうだし、俺が相談に乗れることもあったはずだ。今となってはどうにもできないが。
「そうだったんだね。ごめんね?これもエっ君の為を思って聞いたことだから…。鬱陶しく思わないでほしいな…」
「思ってないよ。こういう話ができるのもマコトだけだから助かるよ」
「ならよかったぁ」
「……もういっそ俺たち付き合うか?」
「はひ?」
「冗談だよ。この前のお返し」
軽く流されると思っていたがマコトの反応を見るに効果はあったようだ。顔を赤らめながらパフェをすくう手が早まっている。
マコトが彼女…か、今まで本気で考えたことがなかったのが不思議なくらいだ。
冗談で言った一言を頭の中で想像してみる。隣にいるのが当たり前だった彼女。その関係性の呼び名が変わることで何が変わるか。思い描いた「もしも」の姿は俺の中にしまっておく。ただ一つ言えるのは―――
「どうかした?」
俺が1人勝手な妄想にふけっていると、パフェはすでに最後の一口となっていた。
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