第73話悪魔王ヨハネス


 そのウェイターはライム様に対してぽつぽつと訴えるように語りだした。


 「始まりはあの神父が来てからだったんだ‥‥‥」


 

 それは間違いなくヨハネス神父であった。


 人当たりの良い雰囲気で巧みな話術を使い人の警戒心を解く。

 そして必要であれば神父としての力も遺憾無く発揮して町の住人たちに救いの手を差し伸べる。

 当時のヨハネス神父クラスであれば相当な魔法も使えた事だろう。

 特に【治癒魔法】なんて教会に行って助けを求めてもそうそう扱える者もいなければその為の寄付金だって馬鹿にならない。

 それを無償でするのだからこの町の住人にとって「良い人」になるわけだ。


 それは勿論ジュリ教としての表の顔。

 真の目的は秘密結社ジュメルの十二使徒としての新たな力の取得。


 何処でそんな情報を得たかは分からないけどこの町には「悪魔召喚」を代々研究していた者たちがいた。


 当時のヨハネス神父はあたしたちのせいでティナの町の攻略に失敗した。

 それはジュメル内部であっても大きな失態。

 だからヨハネス神父は新たな力を欲した。



 そう、「悪魔王」の力を。



 普通の悪魔たちを召喚した所でそんなモノはあたしたちに簡単に撃退されてしまう。

 だからもっと強力な「魔人」をも凌駕する存在が必要だった。


 そしてこの町にいるイルスと言う魔術師とヨハネス神父は出合いどこかへと消えて行ったそうだ。

 それからだ、この町に悪魔どもがたびたび出始めるのは。



 「悪魔はいつの間にか現れたり、最悪憑りつかれ悪魔に変わってしまった者たちまでいた。さらに追い打ちをかけるかのように聖騎士団の連中もノージムから渡って来て‥‥‥ 『育乳の魔女』様があいつらを撃退してくれなかったらこの町なんかとっくに無くなっていたよ‥‥‥」


 「ぐっ」


 思わずあたしは唸ってしまった。



 絶対あの聖騎士団の連中よ!

 なにそんな不名誉な二つ名を広める!?

 せめて「無慈悲の魔女」か「雷龍の魔女」にしてよっ!!



 あたしは内心激しく抗議しているけどこのシリアスな場面で口には出せない。

 あたしは空気を読める女なのだから。



 「あら、その『育乳の魔女』なら彼女がそうよ?」


 「なんですとっ!? それは本当ですか!!!?」



 おいこらライム様っ!

 何この場面であたしの事暴露しているのよっ!?

 空気読んでよっ!!



 「貴女が『育乳の魔女』様でしたか」


 「え、ええとぉですわ‥‥‥」


 「そんな方々が来られたのだ、この町もやっと救われる!」


 そう言ってそのウェイターはあたしの手を取って喜ぶ。



 「おい、『育乳の魔女』様だってよ」


 「マジか? あんな可憐な少女が?」


 「だけどそこそこ胸大きいよな?」


 「いや、俺はこっちのピンクのメイドさんの方が‥‥‥」


 「なあ、よくよく見れば可愛いい子ばっかじゃないか?」


 「ああ、あの魔術師の女性なんてなんて立派な胸をしているんだろう!」


 「エルフは仕方ないのかなぁ~」



 おいこらオマエラ、今まで死んだ魚のような目をしていたのが何活気づいてんのよ!!



 「お願いです、この町に現れる悪魔どもを退治して下せえッ!!」


 あたしの手を取っていたウェイターは涙と鼻水を垂らしながら懇願するのであった。



 * * *



 「それでそのイルスと言う魔術師は神父と何処へ行ったのですの?」


 「それなんですが‥‥‥」


 当時そのイルスと言う魔術師はかなり警戒をしていたらしいけど徐々にヨハネス神父と打ち解け合って仲が良くなりたびたび一緒に食事をしたり酒を飲んでいる所が見られたそうだ。


 しかしある日を境に二人ともぱったりとこの町から姿を消したそうだ。



 「そういやイルスのやつはたびたびどこかへ行っていたな?」


 「ああ、あいつは人付き合い悪いから近所付き合いも無かったしなぁ、何処で何してるかも誰も知らなかったしな」


 「俺、前にあいつが港の反対側の岩山行ってるの見た事あるな」



 悪魔が発生している原因は住民たちにはさっぱりわからなかったもののそのイルスと言う魔術師とヨハネス神父がいなくなってから始まったと言う事はまことしやかに囁かれていた。

 なので中にはその二人を怪しむ物もいたが大半は冒険か何かに行ってしまったのではないかと思っているらしい。


 そしてその後に更に災いとなるホリゾン帝国の聖騎士団が到来したのでそれどころではなくなり人々の記憶から消えかかっていたそうだ。


 

 「そうするとその岩山って方に行ってみるしかないわね?」


 ライム様はそう言う。


 「でもお姉さま、先に出没する悪魔を何とかしないとですよ?」


 「今のエルハイミなら簡単なんじゃない?」


 「お母様、必要であれば我々が処理いたしますが?」


 「肉体が無いと俺には難しそうだな主よ」


 「あ、それあたしも同じ。肉弾戦なら任せて!」


 イオマがあたしにそう言うとシェルはあっけらかんと。

 コクの申し出はありがたいけどショーゴさんやセキの言う通り肉体があるかどうかが問題だ。



 「そうですわね、では先にそっちから片付けましょうですわ」



 あたしはそう言ってこの地全体に一旦結界を張る。

 そしてこの空間全部を感知する。


 ‥‥‥いたっ!


 なんか今は精神体のようだけど結界が張られたので慌てているみたい。

 数は‥‥‥


 三つ!



 「いましたわね、精神体の状態で三体。結界を張ったのでもう逃げられませんわ!」


 「あらまあ、凄いわね? お母さんこれなら楽できそうね?」


 「ライム様、本気でやればライム様だってこのくらい簡単では無いのですの?」


 「いやいやいや、精神体は面倒なのよ。しかもあっちの世界産でしょ? 任せるわ」


 そう言ってひらひらと手を振り残りのお酒を飲み始める。


 

 まったく、この人は。



 あたしは仕方なくこいつらを捕獲してここへ呼び寄せる。

 見えない力でこいつらに空間を渡らせこの場に呼び寄せた。


 途端に虚空に切れ目が現れ半透明な悪魔たちが引っ張り出される。



 「うわっ! お姉さまこいつら本当に精神体ですか!? 気をつけないと憑依されますよ!」



 流石にイオマはそう言った知識も有るようでこいつらの取り扱いにも注意を呼び掛ける。


 「大丈夫ですわ。今は私が捕縛していますわ。使役する召喚者がいないのでこの世界でのこいつらの意思は弱いですわ。すぐに始末しますのでちょっと待っていてですわ」


 あたしはそう言ってこいつらを消し去る。

 それはさながら浄化されるかのように半透明の悪魔たちがぼろぼろと崩れていき完全に消えてなくなる。


 と、途端に周りでその様子を見ていたウェイターや街の人々が歓声を上げる。



 「すげえっ! あの悪魔たちをこうもあっさりと!!」


 「まるで女神様だ!」


 「これでこの町は救われた! ありがとうございます『育乳の魔女』様!!」



 ぐっ!


 感謝されるのは悪い気分では無いのだけど「育乳の魔女」は勘弁してっ!



 「わ、私はエルハイミですわ。『育乳の魔女』ではありませんわよ!」



 あたしがたまらず抗議の声をあげるとその場にいた人々はポカーンとした顔をする。



 なに?

 みんなどうしたの!?



 「お母様、感情が高まったせいでしょうか、存在が漏れていますよ」


 「うん、これじゃ女神様みたいになっちゃってるよね? うっすらと輝いて光もキラキラと」


 「ああ、でも私もそのお姉さまにこんなに胸を大きくしてもらえたのです、もうお姉さまは私の女神様ですよ!」


 「あ~、イオマ余計な事言うとエルハイミ母さんが‥‥‥」



 コクの指摘にシェルが感想を述べ、イオマが追い打ちをかけるように余計な事を言う。

 結果セキが言ったように‥‥‥



 うぉおおおおおぉぉぉぉっ!!



 「ああ、ありがたや、ありがたやっ!」


 「そ、そうだよな! 普通の人間にこんなことできる訳ないよな!!」


 「女神様のご降臨じゃぁっ! 女神様がこの町を救って下さったぁのじゃぁっ!!」


 「エルハイミ様って言ったよな? 俺入信します! こんなかわいい女神様なら本望です!!」


 

 あああああぁぁぁぁっ!

 なんか大変な事になっているぅ!

 


 「ちょ、ちょっと待ってですわ。私は女神様なのではありませんわ。ただのエルハイミ、エルハイミですわ!」


 「いやいや、エルハイミ様の御業は正しく女神様ですじゃ!」


 「我々の女神さまあぁっ!」


 「エルハイミ様ばんざーいっ!!」


 この酒場全体が大騒ぎになり始める。

 こうなったら助けを求めてライム様に!



 「うーん、うちの女神様より有能だし、いっその事女神様名乗っちゃえば? 『育乳の女神、エルハイミ』って?」



 「それだけは絶対に嫌ですわぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」




 今日もしっかりあたしの叫び声がこだまするのであった。  

 

  

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