第58話召喚魔法


 「それでベムの村に行くのね?」



 あたしはフィルモさんにイオマの故郷であるベムの村に行く事を告げる。


 フィルモさんたちも引き続き悪魔の召喚魔法やそれにかかわる研究施設を探す事を手伝ってもらっている。

 だが全部お任せするわけにもいかないし自分で出来る事は自分でやらなければならない。



 「そうです、そしてお姉さまを私の師匠に合わせて一緒になる事を報告するんです!」


 「いえ、イオマ、何度も言っている通りあなたの師匠に召喚魔法について詳しく聞きたくてですわ」


 「もう、お姉さま照れなくていいんですよ!」



 だめだ、後でもっとしっかりと説得しないといけない。



 「エ~ル~ハ~イ~ミぃ~!! あたしというモノがありながら何でイオマの育て親に会いに行くのよ!?」


 「お母様、イオマを娶るなら私も是非に!」



 外野もすごい勘違いしている。

 おかしい、ちゃんとシェルやコクにも話したはずなのに?



 「ふふっ、相変わらずねエルハイミさんは。分かったわ、用事が済んだら戻って来てね。こちらでも調べて分かった事は教えるから」


 フィルモさんにそう言われあたしはため息ついてから「お願いしますわ」と言ってベムの村に向かうのだった。



 * * * * *



 「着きましたわね。特に変わりは無いようですわね?」


 「相変わらずですね、ここって」



 【異空間渡り】でベムの村までやって来ていた。

 イオマはそう言いながら村を見渡す。

 城壁に囲まれてはいるけどほのぼのとした雰囲気が漂うここは数年前に訪れた時と寸分違わず同じままだ。



 「ん? もしかしてイオマかい?」


 村を眺めていたら近くを通ったおばちゃんがイオマに気付いた。


 「あ、おばさんお久しぶりです」


 「あらあらあら、ほんとにイオマだね! まあまあ、ずいぶんと奇麗になったじゃないか!!」


 イオマはおばちゃんとしばし雑談してイオマの師匠がいるかどうか聞いてみた。



 「ああ、エリッツかい? 今は村に戻ってきているよ。多分今時は家にいるんじゃないかね?」


 「そうですか、ありがとうございます、おばさん」


 そう言ってイオマは手を振っておばちゃんを見送る。

 


 「大丈夫師匠はいるみたいです。さあ、お姉さま行きましょう!」

 

 「イオマ、何度も言ってますが違いますわよ? 目的は魔道についてのお話に行くのですわよ?」


 「ええ、分かっています。それはついでで目的は私たちの婚姻報告ですよね!!」



 だから違うって言ってるでしょうに!!



 鼻息荒くイオマはあたしの腕を取り引っ張ろうとする。

 


 「だめっ! エルハイミはあたしのなんだからっ!!」


 「バカエルフ、何を言います。お母様は私のです!!」



 シェルもコクもあたしにしがみついてイオマと逆方向に引っ張る。



 「お姉さまぁっ!」


 「エルハイミぃっ!!」


 「お母様っ!!」



 あ~、もういい加減にして! 

 あたしがそう叫びそうになった瞬間だった。




 「まさか、エルハイミ様?」



 「へっ!?」


 その女性の声はあたしにとってとても懐かしくそして驚かされるものだった。

 声のする方を見ると三角眼鏡はそのままだけどだいぶ歳をとって動きやすい姿格好をした妙齢の女性が立っていた。

 彼女は驚きのあまり呆然とそこへ立ち尽くしていた。



 「ほ、本当にエルハイミ様ですね?」


 「まさか、ジーナ? ジーナですの!?」



 そう、彼女はあたしが幼少の時に文字を覚える為に爺様が雇った家庭教師、ジーナ=アンダーソンその人であった!


 あたしはイオマやシェル、コクから離れてよろよろとジーナの方へ行く。

 小じわが増え髪の毛にも白いものがちらほらと混じってはいるけど間違いなくあのジーナだった。


 ジーナはあたしを見て嬉しそうにほほ笑む。



 「ジーナ、大変お久しぶりですわ。お元気でして?」


 あたしは宮廷の正式な作法に則り優雅にジーナに挨拶をする。

 するとジーナもまた返礼の正式な挨拶を返して来る。


 「エルハイミ様におかれましてはご健勝のご様子、このジーナ大変うれしく思います」


 そう言って優雅にスカートを持ち上げながら膝を軽く折り頭を下げる。

 二人ともこの場に似つかわしくない挨拶をしてから顔を見合わす。

 

 そしてあたしはジーナに抱き着く。



 「ジーナ! 本当にジーナですわ!!」


 「エルハイミ様、大きく成られて、そしてお美しく成られました。お母様まのユリシア様そっくりですね?」



 抱き着くあたしをジーナは優しく撫でてくれる。

 あの時はジーナがもっと大きかったのに今ではほとんど同じくらいになっている。


 

 「ジーナ、何故このベムの村に?」


 「エルハイミ様こそ。私はあの後冒険者家業をしていましたが今は引退して知りあいの魔術師の所に厄介になりながらこの村の子供たちに勉学や作法を教えているのですよ」


 そう言ってあの硬いジーナとは思えないような優しい笑みをする。

 しかし、まさかこんな所で会えるとは。

 あたしの家庭教師をした後冒険者に戻っていたんだ。


 「私たちはこちらの義妹イオマの育て親であり師匠である『魔獣使い』の魔術師、エリッツ=シナモナさんに用がありましてですわ」


 「エリッツに? なんと言う偶然でしょう! 今私が厄介になっているのはまさにエリッツの所です。と、すると、そちらのお嬢さんがイオマさん?」


 「あ、はい、初めまして。イオマと言います」


 イオマはジーナに覗き込まれ慌てて挨拶する。



 「エリッツからは話を聞いています。そうですか、あなたがイオマさんですか‥‥‥」


 するとジーナは少し複雑な顔をする。


 「え、ええとぉ、ジーナさんでしたっけ? 師匠は家にいるのでしょうか?」


 「ああ、はい、いますよ。こんな所で立ち話も何です、家に行きましょう」


 そう言ってジーナはあたしたちを先導してエリッツさんの家に連れて行くのだった。



 * * *



 以前来た時は不在でイオマが置手紙を読み、そしてまた置手紙を置いて行ったのだった。



 「大きくなったね、イオマ? 元気そうで何よりだ」


 家に入り居間でくつろいでいたやはり妙齢の女性、エリッツさんはそう言いながらイオマを見る。

 年の頃五十歳くらいに見える。魔術師らしいローブを着込んでいて白と黒の混じった灰色の長い髪を後ろで縛っている。


 「お久しぶりです師匠! えーとこちらは‥‥‥」


 「『育乳の魔女』、エルハイミ=ルド・シーナ・ハミルトンさんだね? それとエルフ嬢ちゃんにこっちの小さい嬢ちゃんたちは‥‥‥ ほほう、只者では無いね? それとその身のこなし、元ジマの国の騎士か何かかい? 後のメイドと執事も只者じゃないね? おや、珍しい。フェアリーまでいるのかい?」」


 イオマがあたしたちを紹介する前にエリッツさんはそう言う。

 あたしは内心驚く。

 コクやセキ、クロさんやクロエさんは勿論ショーゴさんの正体まで言い当てるとは。



 「お初にお目にかかりますわ、エリッツさん。エルハイミ=ルド・シーナ・ガレントと申しますわ。『育乳の魔女』ではありませんわよ?」



 にっこりと後ろの方を強調して言う。

 向こうでジーナが珍しく笑っている。

 しかしエリッツさんはそんな事は気にもせず他の事をつぶやく。


 「ガレント?」


 「はい、私ガレントのティアナ姫のもとに嫁ぎましたのでハミルトンではなくガレントとなりましたわ」

 

 そう言い切るあたしに若干数名が呻く。

 しかしエリッツさんは目を細め「ほうぅ?」とうっすらと笑う。



 「確かガレントのお姫様は戦死したと聞いていたがね?」


 「ええ、ですが彼女は転生を約束されていますわ。私はその転生したティアナを探していますの」


 すると何が面白いのか笑い出した。



 「はははははっ、いや失礼。『育乳の魔女』とは噂通りの御仁のようだ」


 「『育乳の魔女』ではありませんわ」



 むう、一体どんな噂よ!?


 

 「エリッツ、エルハイミ様をからかうのはその位にしなさい。ウェージムからわざわざあなたを尋ねに来たのだから」


 「いや、わざわざではあるけど苦労はしてないのだろう? 空間に歪みを感じたよ。あんた相当な使い手だね? ジーナも分かるだろ? この嬢ちゃんが只者では無いのは」


 そう言って心底楽しそうに笑う。

 しかし空間のゆがみを感知したって?


 「【異空間渡り】を使ってここまで来た。そうなんだろう?」


 「流石あの本の著者ですわ。ご明察ですわ」


 「師匠、お姉さまは私の伴侶になられるお方ですよ? 凄いのは当たり前じゃないですか!!」



 いや、イオマそうじゃ無いって何度も‥‥‥



 「イオマ、お前さんがこの嬢ちゃんを好きなのはわかるが嬢ちゃんはそうじゃ無いのだろ? また思い込みで人様に迷惑をかけるんじゃないよ」


 「でも、お姉さまは師匠に私と一緒に報告に!」


 「イオマ、ですから何度も違うと言ってますわよ?」


 「ええっ! そんなっ!! 結納の品も準備したのに!?」



 本気でしたんかいっ!?

 あたしはてっきり育て親に土産を買いに行ったと思ったのに!?



 「ははははっ、イオマ、この嬢ちゃんはお前さんの手に負えるお人じゃないだろう? 何せ女神を超える力を持っているのだからね」



 「!?」



 エリッツさんがそう言った途端部屋の温度が下がった。

 そしてシェルもショーゴさんもコクやセキ、クロさんにクロエさんまでも身構える。

 あたしはそんなみんなを制してエリッツさんに話しかける。


 「大丈夫ですわ。エリッツさん、何処までご存じですの?」


 「なに、あたしのご先祖様を簡単に倒せるほどのお人だ。普通じゃ無いのは分かるよ。『女神の杖』を持つ者を倒せるほどだからね」



 ご先祖様?

 「女神の杖」??


 あたしは思わずうめく。


 「亡者の王リッチですの‥‥‥」


 するとエリッツさんは我が意を得たりと満足そうに笑う。


 「話の早い娘は嫌いじゃないよ! 合格だ。あたしに聞きたい事があれば何でも教えてあげるよ!!」




 エリッツさんはそう言って笑いながら立ち上がるのだった。



   

 

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