第32話暗雲の予感


 「エ、エルハイミだとぉ?」


 「ドゥーハンさん!」


 

 横のテーブルで昼酒飲んで愚痴っていたのは英雄ドゥーハン=ボナパルド。

 あたしの知り合いだった。


 「なんでお前がこんな所にいるんだ?」

 

 ドゥーハンさんは酒臭い息を巻き散らかしながらあたしに聞いてくる。

 しかしちょっと飲み過ぎじゃなのだろうか?


 「ここへ用事があって来たのですわ。それよりドゥーハンさんこそ昼からお酒飲んでですわ」


 「うるせぇ、大した事出来ずにここまで戻って来たんだ。それにドワーフの王国オムゾンでデミグラス王たちの最後を伝えに行ってたんだ、これはドワーフ王たちへの手向けの酒だ」


 そう言って手もとの酒を一気に飲み干す。



 「ドゥーハンさん‥‥‥」



 本当は感謝しているし、あの戦いで犠牲になった人たちの故郷へ伝達にあたしも行くべきだったのだろう。

 しかしあたしはティアナの転生者を探す事を最優先にしていた。


 ドゥーハンさんが代わりにつらい事を伝えに行ってくれていたんだ。


 あたしはそっとドゥーハンさんの手に手を載せ感謝の言葉を述べる。


 「ドゥーハンさん、ありがとうございましたですわ。オルスターさんたちの最後をドワーフ王国の人たちに伝えてくれてですわ」


 「‥‥‥ふん、当たり前だ、短い間でもあの戦いを一緒に駆け抜けた連中だ」


 そう言ってドゥーハンさんはウェイトレスの女の子にお酒の追加をする。



 「それで、どんな用事で遠路はるばるここまで来たんだ?」


 「ええとですわね‥‥‥」



 あたしは概要を話しドゥーハンさんにも生き返りの女性の話を聞いてみた。



 「ふむ、そんな話は聞いていねぇなぁ。渡りのエルフって事はドドスの冒険者ギルドに数人いたからな。もしこのドドスの街だったら噂ぐらい広まっているだろうな?」


 そう言いながら運ばれたお酒に口をつける。

 そしてあたしたちのテーブルに来て運ばれてきた食事に手を伸ばす。


 「あっ! それあたしのお肉ぅっ!」


 「なんだこのガキは? 少しくらいつまんだくらいで文句言うな」


 「だめぇっ! そこ一番おいしい所!!」


 セキとドゥーハンさんはフォークで肉の取り合いを始めた。



 「これが英雄と呼ばれた男ですか?」


 「あの時はそこそこ戦えていたはずでいやがりますが今の姿はただの酔っ払いでいやがりますね」


 「それは否定できないわね」



 コクはそんな二人の肉争奪戦を見ながら呆れてクロエさんがみんなの思っている事を代弁する。

 シェルは我関せずと運ばれてきたサラダをかじっている。


 

 「でもこの街では噂になっていないなんてどう言う事でしょう、お姉さま?」


 「そうですわね、ドドスと言っても共和国、この街での話では無いのかもしれませんわ」


 イオマも運ばれてきたお酒に口をつけながらあたしに質問してくる。

 まあその辺は明日ウスターさんに手紙を渡しながら聞けばいい訳だけど。

  

 しかし妙だな。

 生き返りなんて珍しい症例なのに噂が広まっていないなんて。


 あたしはちょっと気になりながらも運ばれてきた料理に手を付けるのだった。 



 * * * * *



 翌朝食堂で朝食を取っているとドゥーハンさんがやって来た。


 「おう、エルハイミ。鍛冶屋ギルドに行くのか?」


 「おはようございますですわ、ドゥーハンさん。ギルドにはお昼ごろ行くつもりですわ」


 あたしはそう言って新鮮なフルーツジュースを飲む。

 

 「ふむ、そうか。俺も暇だからついていく」


 「はい?」


 「暇だからついていく」


 重要でも無い事なのにこの人二回も言ったぁ!?


 でも本気で暇そうで耳くそほじりながら抜けた顔であたしを見ている。



 うん、この人が父親にならなくてよかった。

 ママンがこの人選ばないはずだ。



 そんな事を思いながら特に断る理由もなくあたしたちは昼頃までのんびりと過ごす。



 * * *



 「なあエルハイミ、お前のあの力って一体何なんだ? 心眼や英雄の同調なんてもんじゃ無かったぞ? お前のあれは伝説の魔法王ですら易々と凌駕していた‥‥‥」


 今はお酒ではなくお茶を飲んでいるあたしたちに合わせてドゥーハンさんも一緒にお茶を飲んでいる。



 「あの力は‥‥‥」



 あまり必要以上に人に話すべきではないがドゥーハンさんに知られても問題はない。

 あたしはあの力について話し始める。



 「あの力はこの世界の大元をお創りになられたお方のほんのわずかな力の一端ですわ」



 「‥‥‥それは女神か?」


 「いえ、それ以上のモノ、『始祖なる巨人』ですら神と敬う存在ですわ」



 「なにっ? そんなものが存在するのか!?」



 驚くドゥーハンさん。

 まあ普通は知らないのが当たり前だ。



 「この世界とは別の場所からくるそれは私を依り代にこの世界でその力を発揮しますわ。ただその力はあまりにも強大。あの時の私でさえあのお方の髪の毛一本ほどの力も出していませんわ」


 「『狂気の巨人』を手玉にとるあれが髪の毛一本か?」


 流石にドゥーハンさんも驚いている。

 そいてあたしをじっと見て聞く。


 「エルハイミ、お前あの力使ってティアナの様にはならんだろうな?」


 「それは大丈夫ですわ。ただ、私の自我が無くなってしまうと私と同調しているあのお方の意思、もう一人の私と言った方が良いですわね、それが暴走すると何をしでかすか分かりませんわ。あのお方にとってこの世界の出来事は全て戯れなのですわ」


 するとドゥーハンさんは苦虫をかみつぶしたような顔をして残りのお茶を一気に飲み干す。



 たんっ!



 「だからあの悪魔と融合したやつはお前さんの魂を狙っているのか?」


 飲み干したカップをテーブルに置きドゥーハンさんはそう言う。

 あたしは静かに頷き続ける。


 「あの悪魔と融合したのは秘密結社ジュメルの十二使徒、ヨハネス神父ですわ。不幸な事にあのヨハネス神父とは昔からの因縁があり、今では異界の悪魔王と融合して絶大な力を持っていますわ。現状あの力に対抗できるのは私とティアナの赤い騎士の力だけでしたわ」


 「異界の悪魔王か‥‥‥ こりゃぁ師匠に相談してみるか?」



 あっ!


 そうかまだドゥーハンさんは知らないのか。

 あたしは既に元の世界に戻ってしまった師匠の事を思い出しながらドゥーハンさんにその事を告げる。



 「ドゥーハンさん、実は先日師匠は自分のいた元の世界に帰還してしまいましたわ。もう、この世界にはいないのですわ」


 「なんだと? 召喚された人間が元の世界に帰れただと!?」


 またまた驚くドゥーハンさん。

 そしてまたまたあたしの顔をじっと見る。


 「はぁ、ユリシアも大概だったがその娘はもっと大概だな。どうせ師匠の帰還もお前さんが関わっているのだろう?」


 「え、ええとぉ、そうとも言いますわね‥‥‥」



 あたしはどんな風に思われているのよ?


 

 そんな疑問を持っていたがドゥーハンさんは立ち上がり言う。


 「そろそろ時間だ、鍛冶屋ギルドへ行くぞ」




 ドゥーハンさんのその言葉にあたしたちも席を立ち動き始めるのだった。

  


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