第20話マーヤの声


 あたしたちは当分ボヘーミャに滞在する事となった。



 「ねえエルハイミさん、言われた古物商と言う所で小銭を売ったら今のお金をもらえたそうよ。なんでも状態が良いので好い値が付いたとか言ってるわ」


 「それはよかったですわ。これでとりあえずは何とかなりそうですわね」


 「それでね、『ばす』とか言う乗り物の乗り方を教えて欲しいらしいのだけど、切符売り場は何処かだって」


 うーん、路線電車じゃないのだから切符は無いよなぁ。

 都内だと一律同じ金額とかあるけどあそこはよくわからない。


 そうすると。



 「とりあえず『バス停』と言う所に行って目的地路線かどうかの確認をしてくださいですわ。そして時刻表が有ると思いますのでその時間頃にバスが来ますわ。そうしたら乗り口から入り近くの小箱から吐き出される小さな紙を取り、その番号と正面室内上の掲示板に代金が現れますから目的地までの金額がわかりますわ。長く乗ると金額が変わる事も有るので注意ですわ。それと降りたいときは運転手さんか席の近くにあるからくりのボタンを押してくださいですわ。そうすれば運転手さんに伝わりバスを止めて降ろしてもらえますわ。その際運転手さんの横にある代金小箱に乗った時の証明の紙と掲示板の金額を入れればよろしいですわ」



 あたしの説明にマーヤさんは首をかしげながら言われた通りに念話を飛ばす。


 とりあえずこれで大丈夫だろう。


 古銭も状態が良いと言う事で高値で買ってもらえたらしいから手持ちだけでも数千円にはなったらしい。

 

 目的地は山を越えた向こうにある墓地らしいので十分に足りるだろう。

 問題はその後だけどそこはもうあたしがどうこう出来る話じゃなくなっている。




 「お姉さま、ちょっと良いですか?」


 あたしがマーヤさん経由で師匠に現代社会についてあれこれ言っているとイオマがやって来た。


 「どうしましたですの、イオマ?」


 「はい、実はお姉さまに協力してもらいたい事がありまして」


 そう言ってあたしの隣にすとんと腰を下ろす。

 手持ちの資料をパラパラとめくって話し始める。



 「実はティナの町で作成を進める『鋼鉄の鎧騎士』の場所が狭くなって工房自体を拡張しなければならないのです」



 今のイオマはかなりの魔力量を保有しているので「エルリウムγ」の精製も彼女がメインとなっている。

 毎回魔力がつきて倒れるまでやっていたので魔力総量の器がどんどん大きくなっていたようだ。


 今ではアンナさんを師と仰ぎ魔道の知識もどんどん増えて頼もしい存在になっている。

 多分そのうちガレントの宮廷魔術師としてオファーが来るだろう。


 

 「マシンドール工房が完全に『鋼鉄の鎧騎士』工房になってしまいますわね。良いですわよ。ただ、その前に一旦実家に戻らなければなりませんわ」



 「お姉さまの実家! とうとう私をご両親に紹介してもらえるのですね!」



 いやいや、あんたもう会ってるでしょ! 

 ちゃんと義妹として話してあるでしょう!

 何それ!?



 「ああ、これでやっとウェディングドレスが着れる。お姉さま、幸せにしてくださいね♡」


 「ちょっとマテですわ。何故そうなるのですわ?」



 するとイオマはきょとんとして上目遣いで話す。



 「だって、お姉さまの実家に寄るって事は私をとうとうお姉さまのお嫁さんにしてくれるんでしょ?」


 「なんでそうなるのですの? そうではなくてバティックとカルロスについてお父様とお話があるのですわ!」



 あたしがそう言うとイオマは唇を尖らせて「お姉さまのいけずぅっ!」とか言っている。

 全く、何を考えているのだか。



 「くっくっくっくっ残念だったわねイオマ。今のエルハイミの正妻はあたしだけだからね~。ねえエルハイミ、『チュー』して!!」


 「あ、シェルさんずるい! 私も!!」


 「むっ! 二人ともお母様から離れなさい!!」



 今まで隣で大人しく様子を見ていたシェルがあたしに抱き着き「チュー」を要求してくる。

 勿論イオマもコクも抱き着いてきて大騒ぎ。



 「うわっッきゃー! 三人とも離れなさですわぁ!!」



 なかなか今後についての話が進まないのであった。



 * * * * *



 「まだまだ脇が甘い!」


 「くっ! もう一本お願いします!」


 「先生、僕も!」



 あたしは試験場に来ている。


 今後はもうしばらく師匠の手伝いをマーヤさんとしてからマーヤさんとイチロウさん、アレッタさんをユグリアにゲートで送り届けてからユーベルトに戻る。


 そして二人の弟についてパパンと話をしなければならない。


 正直この二人は戦士として十分に冒険者をやっていけるだろう。

 流石にドラゴンやアイアンゴーレム辺りが相手だとまだまだ危ないけどかなりの腕前と言う事は確認できた。

 

 そして一番驚いた事は箱入り息子だとばかり思っていたのに意外と自分の事は自分で出来ていたと言う事だ。

 ただ男の子なのでやっぱりガサツな所や少し不潔になりがちなのが玉に傷なんだけどね。



 かんっ!


 どっ、ばきっ!




 あ~、手加減してはいるけどあれは痛そうだな~。



 ショーゴさんに木刀を弾き飛ばされ痛い一撃がバティックとカルロスに決まった。


 「いてててて、これでも駄目かぁ」


 「痛ったぁ~、もうちょっとだったのにね兄さん!」


 「二人ともだいぶ良くなっているが、剣士を目指さないのであれば剣は道具だ。場合によっては剣を手放し懐に入って体術で相手を打ち倒す事も考えた方が良い」


 そう言ってさっきの場面をショーゴさんは再現する。


 「こう、剣を押さえられ押すも引くも出来ない場合、ここで一旦剣を手放し懐にこう入り体術で肘打ちや組手に入るんだ」


 それを実践してみるショーゴさん。


 確かに剣士は剣ですべてを何とかしようとする。

 しかし戦士は勝つことが目的となるので剣にこだわらない。



 そう、ショーゴさんがあの剣聖を倒した時のように。



 「へぇ、だいぶ様になって来たじゃない? もぐもぐ、あ、これ行けるわね」


 「ほんと、お姉さまの周りは普通じゃないのが多いですよね? こっちも美味しいですよお姉さま」


 「お母様、まだまだですが筋は悪くない。この油で揚げた魚はなかなかですね」


 「どれ、今度は私が相手してやりやがりましょうか? あ、バカエルフこれは私のでいやがります!」


 「これクロエ、主様の弟君だ。粗相の無い様にせぬか。ふむこれは行けますな」


 「おう? 今度はメイドのねーちゃんか? これは見ものだな、アレッタ!」

 

 「あなた、飲み過ぎです。すみませんねぇ、うちのがご迷惑をかけて」


 「いいんじゃない? ヒュームは昔からお酒を飲むと陽気になるもの。ユカくらいよお酒飲むと泣きじゃくるのは。このお酒美味しいわね?」


 「シェル~こっちのも美味しいよぉ~」


 ゴザ敷いて御重に作られたイチロウさんの料理と食べながらバティックたちの様子を見ていた。

 ほとんど見世物になっている。


 たまに衝撃波とか来るのであたしが【絶対防壁】とシェルの風の魔法で埃が飛んでこない様に吹き飛ばすけど多分普通だったらそんなにゆっくりでき無いと思う。


 そんな中しばらくするとマーヤさんがあたしに告げてきた。



 「エルハイミさん、ユカからよ。『悲願がなされました。ありがとうみんな』ですって。良かったわね、ユカ! ‥‥‥なになに、この後先方の姪御さんの家にお世話になるって? 一人暮らしのおばあちゃんでユカに小さい頃会った事が有るの覚えていたって? 神隠しですべて納得したって? え、お相手は一生独身だったって? へぇ~」



 なんかものすごい事になっている様だ。


 しかし師匠もそれなら大丈夫そうだ。

 少し心配だったけどもうあたしの手助けも不要の様ね?



 あたしはおにぎりをかじりながら今度はクロエさんと手合わせをするバティックとカルロスを見るのだった。  

  

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