第19話師匠の帰還


 あたしたちはゲートを使ってボヘーミャに着いた。



 「これがゲートなのね。初めてだわ」


 マーヤさんはそう言ってきょろきょろと周りを見ている。


 ここは学園都市ボヘーミャの学園地下。

 古来より世界各国へとつながるゲートがある。


 「マーヤ大丈夫? いきなりボヘーミャで気候も違うけど‥‥‥」


 「ううん、大丈夫。昔ここには何度も来た事があるからね」


 そう言えばマーヤさんは師匠と一緒に「魔人戦争」を戦ってきたのだった。


 「問題無さそうで安心しましたわ。それではまずは師匠の所へ行きますわ。よろしいですかですわ?」


 あたしはマーヤさんに聞いてみる。


 「ええ、大丈夫。ユカに会わせて」


 どうやら問題無い無いらしい。

 あたしたちは師匠のもとへと向かうのだった。



 * * *



 「よく来てくれましたマーヤ。そしてイチロウも」


 師匠のもとにまず向い挨拶をしながら報告と来訪者を引き会わせる。

 一応事前連絡はしているので師匠も知ってはいるけどやはり実際に会うのはうれしい様だ。


 

 そしてこれが最後となる。



 「ユカ、とうとう元の世界に戻るのね? 寂しくなるわ」


 「ユカさんがいなくなるといよいよ同郷の人間は誰もいなくなるか。おっと、忘れてた。エルハイミの嬢ちゃんがいたっけ」


 イチロウさんはわざとそんな口調でいるがやはり寂しいのだろう。

 いつもより歯切れが悪い。


 「マーヤもイチロウもそう悲しまないでください。別に死ぬわけでは無いのですから」


 師匠はそう言ってお茶をすする。

 


 「師匠、今回もまた違いましたわ」


 「そうですか残念ですね。しかしティアナはきっとどこかに転生します。エルハイミあなたならきっと見つけ出せます、頑張ってください」



 そう言ってくれる師匠。

 しかしこれも最後だ。



 

 コンコン



 扉を叩く音がする。


 「どうぞ」


 師匠が答えアンナさんとイオマが部屋に入って来た。


 「失礼します。エルハイミちゃんがこちらと聞きまして」


 アンナさんは部屋に入りながら挨拶してあたしを探す。



 「ただいまですわ。アンナさん、イオマ」


 「お姉さま、お帰りなさい!」


 イオマは嬉しそうにあたしの前まで来る。

 しかしシェルもすっとあたしの前に来る。



 「エルハイミ、他の女に手を出しちゃダメだからね!」


 「なっ? お、お姉さまエルフの村で何があったんです!?」


 「何も有りませんわっ!! シェルもいい加減になさいですわ!」



 するとシェルはケタケタと笑ってあたしに抱き着く。

 それを見てイオマもコクも慌ててあたしに抱き着いてくる。



 「ふふっ、こう言った光景も見納めですね。エルハイミこの世界の事、後の事は頼みましたよ」


 「はい、師匠。ジュメルの野望も潰えた今、残るジュメルも連合軍中心に徐々にその規模を減らしていますわ。安心してくださいですわ。きっと師匠が守って来たこの世界を引き続き守りますわ」



 あたしははっきりとそう言う。



 すると師匠は「ふうっ」と息を吐きこう言う。


 「これで心残りは全て無くなりました。アンナ、お願いします」


 そう言って師匠は立ち上がるのだった。


   

 * * *



 ここは試験場。


 本来は新規開発した魔道具などのテストをする場所。

 しかし開発棟が出来てからは、いや、その前からここは師匠が中心にいろいろと使っていた場所。

 

 あたしたちが初めて師匠に鍛えられた場所でもある。



 「みんな、お世話になりました。達者でいてくださいね」


 師匠は召喚された時の服を着ているそうだ。

 和服の普段着。

 いや、女学生だったからはかま姿と言うやつか?


 そして最低限の荷物を持ってたたずんでいる。



 「エルハイミちゃん、お願いします。異界への座標は私の方でアイミに指示しますね」


 そう言ってアンナさんはアイミを呼び寄せ小さな魔法陣を発生させ座標の指定を始める。



 「マーヤ、これを」

 

 「ユカ?」



 師匠は最後にマーヤさんに指輪を差し出す。

 それは紛れもない「時の指輪」。



 「ユカ、駄目よ。これはあなたが持っていて」


 「しかし異界へ行ってしまってはあなたが新たにこれをあげたい人が現れた時困るのでは?」



 しかしマーヤさんは首を振る。


 

 「私はもう誰も愛せないの。いえ、愛そうとは思わないの。だからこれはユカが持っていて、大の親友に」


 マーヤさんは寂しそうにしかししっかりとそう言う。

 師匠はそんな彼女にためらいを持つ。



 う~ん、でも、もし「時の指輪」を師匠が外したらどうなってしまうのだろう?

 マーヤさんと同じ時を過ごせなくなるからまた普通に年を取るのかな?



 「それにね、ユカ『時の指輪』を一度はめた者はそれを外すと本来の自分の時間に戻ってしまい急激に老化してしまうわ。ユカの望む墓標の前に立つ前によぼよぼのおばあちゃんになっちゃうわよ?」



 なんとっ!

 何それ!?

 こわっ!!



 「と、『時の指輪』にそんな秘密が有ったのですの‥‥‥」


 「あれ? 気付いていなかったのエルハイミ? カルラ神父の時に気付いていたと思ったけど」


 

 カルラ神父?

 確かイージム大陸の時に倒したジュメルの十二使徒‥‥‥



 「あっ」



 あたしは思い出した。

 伴侶のダークエルフのルグシアをベルトバッツさんが倒した途端カルラ神父は急激に老化していった。



 「そうでしたか。それは困りますね。彼のお墓が何処に有るかを調べる時間が必要ですからね。しかし、異界に行ってもその効力は続くのでしょうか?」



 素朴な疑問を師匠は言う。


 そう言えばそうだよね。

 この世界の理とあちらの世界の理は違う。


 あの世界には女神様も魔法も無い。

 エルフだって架空の存在だ。

 

 だからあちらに師匠が戻ってもその効力が続くか疑問だ。

 と、あたしはふとある事を思う。



 魂の隷属。


 

 これをすれば根本的に離れるに離れられなくなる。

 そうすれば師匠もあちらの世界で時間が確保できるのではなだろうか?


 「師匠、マーヤさん差し出がましいですが師匠があちらの世界に行ってもマーヤさんだけは師匠を感じられるかもしれませんわ。『魂の隷属』をすれば『時の指輪』より更に深く魂ごとつながる事が出来ますわ。私とシェルのように」


 あたしがそう言うと師匠もマーヤさんも少し驚いてあたしを見る。


 「出来るのですか、エルハイミ?」


 「エルハイミさん?」


 今のあたしならそれも出来そうだ。

 あたしは首を縦に振る。


 するとマーヤさんは明るい笑顔になって師匠の手を取る。


 「ユカ! 良いでしょ? 私の魂をユカに隷属して!」


 「しかし、『隷属』とは‥‥‥」


 師匠は少しためらっている。


 「便宜上にそう言っているだけで師匠がマーヤさんを奴隷にする訳ではありませんわ。あくまでも師匠の魂を主体にマーヤさんの魂をつなげる行為ですわ」


 それを聞いた師匠はどうやら納得したようだ。



 「ただし師匠、マーヤさんの『時の指輪』は二度と外せなくなりますわ。よろしいですわね?」



 「ユカにお嫁さんにもらってもらうようなものね? 私は良いわよ」


 「マーヤ、そう言ったエルハイミのように誤解を招く発言は慎みなさい。私はあなたの事は大切な親友と思っているのですから」



 ん?

 師匠はそう言いながらもまんざらではないようだ。

 まあ、マーヤさんとの付き合いも長いし、この世界で異性に気を引かれる事も無かったらしいしね。



 「では師匠、マーヤさんそう言う事で始めますわよ!」


 あたしはそう言って同調して瞳を金色に輝かす。

 そして師匠とマーヤさんの魂を見る。


 やっぱりそうだ。

 いくら異界の者でも魂の本質は変わらない。



 だったら!



 あたしはすぐに力を振るい師匠の魂にマーヤさんの魂をいったん吸収させる。



 「んはぁん!!」


 「くっ、こ、これは‥‥‥ マーヤが私の中に入ってくる‥‥‥ ぁぁあぁぁ‥‥‥」


 あたしが師匠とマーヤさんの魂をいじっていると二人の体が光りどちらともなく寄り添い始める。


 そしてあたしがマーヤさんの魂を吸収した師匠の魂からもう一度マーヤさんをすくい出しその魂をつなげる。



 「あ、ああああぁぁあぁん♡」


 「くっ、んぁ、ああああああああぁぁぁぁっ!」



 マーヤさんも師匠もやたらと色っぽい声を上げるなぁ。

 ちょっとあたしはドキドキしながら最後にそれを安定させる。



 ほどなく光っていた二人の体が元に戻る。


 あたしはそのまま師匠たちを同調したまま見ると‥‥‥



 あ、あれ?

 師匠の体にマナが宿り魔力が流れている?

 今の師匠はこの世界の人間と同じくどんどんとその体がマナをもとにしたものになっていく??



 「こ、これは‥‥‥」


 どうやら師匠も気付いたようだ。

 師匠は自分の体内に発生し始めた魔力を使って手の平に火球を作り上げる。


 それはいつもの様に周りのマナから魔力を取り出し作るのではなく自身の魔力で作った火球。



 「エルハイミ、これは!?」



 「どうやら『魂の隷属』をした事により師匠の魂もこちらの世界に順応したようですわね? 師匠、どうですの自分の体からあふれ出る魔力の感覚は?」


 「驚きですね。魔力とは本来こう言うモノだったのですか。今までの借りものとは桁が違う」


 そう言って師匠は火球に更に魔力を注ぎ込んでみる。



 どんっ!



 それはいきなり直径二メート位の大きな火球になる!!



 「うわっきゃぁ! 師匠、火力落としてくださいですわ!! 焦げる、焦げてしまいますわぁ!!」



 いきなりそんな事するもんだから近くいたあたしのに影響が出た。

 慌てて下がったモノの危うく焦がされる所だった。



 あ、髪の毛が少し焦げた!!



 「すみませんでした」


 師匠はそう言ってその火球をすぐに引っ込める。



 「すごいわね、ユカ。今までで見た事無い程の火球よ!」


 マーヤさんは驚いている。

 勿論他のみんなも。


 「それにすごく近くにユカを感じる‥‥‥ まるで心がつながったみたい‥‥‥」


 「マーヤさん、師匠に念話してみてくださいですわ」


 「念話?」


 きょとんとあたしを見るマーヤさん。

 あたしはマーヤさんと師匠に説明をする。



 「なるほど、じゃあ、ユカ‥‥‥」


 「んっ、マーヤ? これは‥‥‥」



 どうやら師匠と念話を試している様だ。



 「これすごい! 本当に念話出来るのね!!」



 喜ぶマーヤさん。

 そしてあたしはその可能性を口にする。


 「確証はありませんが師匠が元の世界に戻ってもマーヤさんはもしかしたら師匠と念話でつながれるかもしれんませんわ」


 すると二人はあたしを慌てて見る。


 「エルハイミ、それは本当ですか?」


 「確証は持てませんが、可能性は高いですわね」


 あたしはにっこりとそう言う。

 魂の本質はあちらもこちらの世界も同じ。


 だったらもしかすれば‥‥‥



 すると師匠はあの仮面を外す。

 そして開いた眼の色は誰もを引き寄せるほど済んだ深い黒の色。

 

 今までこちらの世界に召喚されたために師匠の目はあたしたちと同じではなく金色だった。

 同調した状態に近くほとんどのモノが光り輝くモノに見えよくわからなかったらしい。



 「ふふっ、最後にこうしてみんなの顔がちゃんと見れるとは。マーヤ、あなたの顔もそんなに美しい顔だったのですね」



 「ユカ?」


 仮面を外した師匠は大和撫子然とした和風美人で初めて見た人もその美しさに思わず見とれる。


 そして女神かと思わせる優しい微笑みをあたしたちに見せてくれる。



 はぁ、師匠ってやっぱり仮面していないと美人だなぁ~。



 「エルハイミ!」

 

 「お姉さま!!」


 「お母様!」



 途端にシェルやイオマ、コクにしかられる。


 「全く、お母様のいつもの悪い癖が出ましたね」


 「本当です、お姉さまったら!」


 「あたしという物がありながら他の女に何見とれているのよ、エルハイミっ!!」



 い、いいじゃない美人さん見るくらい!!



 そんなあたしたちに師匠はもう一度笑っていたが真顔に戻り「始めてください」と短く言った。




 あたしは頷きアイミに手を着ける。


 そして四連型魔結晶石核に魔力を注ぎ込み本来の機能を動かし始める。

 同調をした四連型はその力を発揮して周辺にあの緑のきらめく光を放ち始める。


 そして逆スパイラル効果の異界への門となる渦を開く。


 その先は暗くなっていて見えないがアンナさんの設定した向こうの世界へとつながっているはずだ。



 「師匠、良いですわ!」



 あたしが準備が出来た事を師匠に告げる。

 師匠はみんなに振り返って最後の別れの言葉を言う。 



 「それではみんな、達者で!」



 師匠の後姿を見ながらあたしたちも最後の言葉を師匠にかける。



 「師匠もお元気でですわ!!」


 「ユカさん、世話になった!」


 「ユカ‥‥‥ 今までありがとう。大好きよ、私の親友!」



 みんながそう言うと師匠は最後にこちらを振り向きお辞儀をして渦の中に入って行ってしまった。





 そしてその渦は消えてなくなりとうとう師匠は自分のもとの世界に帰って行ったのだった。






 


 

  

  

 

 


 





























 「ところでエルハイミさん、『こすぷれと』とは何ですか?」


 「はい?」

 

 マーヤさんは師匠を送った数時間後に一休みしているあたしたちにいきなり変な事を聞いてくる。


 「いえね、ユカが変わってしまった街並みを歩いているとやたらとそんな事をささやかれているそうで首をかしげているらしいわ」



 マーヤさんのその一言であたしは驚き、そして予想が的中した!



 「ま、まさか師匠と念話が通じているのですの!?」


 「うん、どうもそうみたいね。あ、ユカが実家があった場所が商店街になってるって。大通りは同じでもかなりいろいろと変わっているらしいわね。もみじ饅頭?福山城? 何それ??」


 うーん、これは驚き。

 あちらの世界の実況生中継ではないか。

 しかも今の話でどの辺にいるか分かってしまった。



 「え? 手持ちのお金が少ないから人力車に乗れない? いや、今は「ばす」とか言う乗り物らしいわね?」


 師匠が手持ちのお金って当時の小銭のはず‥‥‥


 確か現代では古銭扱いのはず。

 だったら‥‥‥


 「マーヤさん、師匠に伝えて下さいですわ。街中の古物商、もしくは骨とう品店と言うお店を見つけ出して手持ちのお金を売り渡してくださいですわ。そうすれば少しは路銀の足しになりますわ!」


 あたしの助言にマーヤさんは慌てて師匠に念話を飛ばす。



 あたしは思う。

 しばらく師匠のナビしないとだめだなと‥‥‥



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