第13話メル長老の話し
「よく来てくれました、エルハイミさん」
ファイナス市長はそう言ってあたしたちに挨拶してくれた。
「その節は大変お世話になりましたわ。あの時は取り乱してしまって‥‥‥」
「それは仕方ない事です。いくら転生出来るとは言え目の前で愛する者を亡くすのは心が痛みますからね」
そう言ってファイナス市長は首から掲げるペンダントを握った。
おや?
もしかしてファイナス市長も?
あたしがそんな事を思っていた時だった。
ばんっ!
「ファイナスよ、おむつの布が足りんのじゃ、すぐに都合付けてくれ!」
「ほれほれ、泣くでない。メル様よ、やや子の新しい布団も欲しいのじゃ、それも頼むのじゃ!!」
「おお、そう言えば最近は離乳食もよぉ食いおる。また馬鈴薯の茹でたものも頼むぞ。そうじゃ、イチロウはおるか? 奴の作る『おかゆ』とか言うのはやや子に丁度良いぞ」
「湯浴みもさせねばならん、桶は何処じゃ?」
お母さん軍団の到来だった。
見ればメル様を中心に最古のエルフの長老たちが自分の赤子をあやしている。
‥‥‥ご先祖様のせいでみんな巨乳だからお乳には困っていないだろうけど。
「ん? おぬしはエルハイミではないか! おお、よう来た。そうじゃ、儂の可愛いやや子を見てみよ!」
そう言ってメル様以下他の長老たちも赤ん坊をもって殺到する。
ほとんどが金髪のハーフエルフ。
あ、一人だけご先祖様の髪の毛の色に近いかな?
みんな可愛らしくこちらをじっと見ている。
ハーフエルフなので耳はちょっと短いけどみんな母親譲りなのかすごくかわいい。
「皆さんお元気のようで何よりですわ」
「ふむ、太古のエルフよなんという格好をしているのだ? これでは威厳も何もないではないか?」
コクに指摘されもう一度メル様たちを見る。
‥‥‥確かに。
髪は面倒なのかみんな適当にまとめ上げひもで縛っていたり布で包んでいたりする。
服装も簡単にお乳を与えられる様に和服の様な前で閉じられるものに腰帯で押さえているだけ。
ゾロっとしたスカートとかは面倒なのか、もんぺの様なズボンを穿いて靴ではなく草履の様なものを穿いている。
とてもではないが幻想的な美しいエルフではなく近所のおばちゃんだ。
「ぬ? 黒龍か? おぬしずいぶんとでかくなったではないか?」
そう言えば脱皮した後のコクには始めて会うのだったっけ。
「なになに、こいつ太古のエルフだったの? じぃ~っ うわっ、メルじゃん!!」
セキもメル様をよくよく見て驚いている。
「なんじゃ、こっちのちっこいのは‥‥‥ ん? おぬしエルハイミとティアナに似ておるな? ‥‥‥ま、まさか、貴様!!」
どうやらセキの角と尻尾に気付いたようだ。
コクもいる事だしメル様も想像つくだろう。
「とうとう女子同士で子をもうけおったか! うむ、流石エルハイミじゃ!」
「いえ、メル様違いますから」
思わずファイナス市長が突っ込みを入れる。
「う~ん、まあ親でも良いかな? お母さんやエルハイミ母さんには世話になっているし、一緒にいると面白いしね!」
ニカっと笑うセキ。
その笑い方が何となく小さい時のティアナに似ている。
あたしはちょっと懐かしくそして寂しく思う。
「バカエルフのシェルの長だけのことは有る。セキの姿を見てその真贋が分からぬかメルよ?」
「なんじゃ黒龍? お前と赤竜が一緒にいる事の方が儂としては不思議じゃ」
ボケては見たけどちゃんとセキの正体は分かっている様だ。
「なんだ、分かっているんじゃん。それよりメルが子供産むとはねぇ~。で、相手は誰?」
セキはひょいっと赤ん坊を見てみる。
そのセキに驚いた赤ん坊が泣きそうになるがセキがすぐに変な顔すると一変、キャッキャと笑ってはしゃぐ。
「魔法王ガーベル様の子じゃ。赤竜よ、我が子に手を出すものなら容赦せぬぞ?」
「うぇっ、魔法王の子供ぉ? あいつ所かまわず種付けしまくってるの!? メルあんたやられちゃったの!?」
驚くセキ。
なんとなく申し訳ない気分になるあたし。
「儂だけではない、ここにいるやや子たちは皆ガーベル様のお子じゃ!」
セキはそれを聞かされ上を向いて一言「うっわぁー」とか言っている。
全く、ご先祖様は‥‥‥
この勢いで行くと現世にまだまだご先祖様の子供が増えそうだ‥‥‥
はっ!?
ま、まさか冥界の女神セミリア様も!!!?
あたしはその事を思いそして魔王と言う存在を思い出す。
「メル様、今回私たちがここへ来た目的ですがご存じですの?」
「いや、何も聞かされておらんぞ? どうした、何が有ったのじゃ?」
メル長老は赤ん坊をあやしながら真顔であたしに答える。
あたしはファイナス市長を見る。
「メル様、エルフの村に生まれた赤毛の子供のお話しをお忘れですか?」
「ん? そう言えば何やら珍しい子供が生まれたとか聞いたような‥‥‥」
だめだこりゃ。
完全に育児で手がいっぱいで他の事がおろそかになっている。
ファイナス市長は軽いため息をついてもう一度簡単に概要を説明した。
*
「ふむ、我ら純血のエルフに赤毛の子か。確かに珍しい話よのぉ。もしや誰かの転生やもしれぬが‥‥‥ ん? そう言えばエルハイミよ、おぬしの今回の目的は何じゃ?」
「はい、その赤ん坊が転生したティアナではないかと思いお邪魔させていただきましたわ」
あたしの回答にメル様はあたしたちを見る。
「そう言えばティアナがおらんがどうしたのじゃ? まだ人間の寿命が来るほど時は経っておらぬだろう?」
「メル様、ティアナさんは‥‥‥」
ファイナス市長はあたしに対して申し訳なさそうに説明をした。
* * *
「そうじゃったか、ティアナの最後は勇敢であったな。しかしそうなると我がエルフにティアナが転生したとなれば少々厄介じゃの。エルハイミは既にシェルを娶っておるからのぉ。二人目ともなると相応の覚悟が必要じゃぞ。そうじゃシェル、エルハイミには可愛がってもらっておるかえ?」
「ひゃ、ひゃぃぃっ! も、勿論でございます!!」
いきなり自分の名を呼ばれ驚くシェル。
こいつ、こう言う時は大人しい。
「それで、メル様。その赤子がもしティアナさんでなく『魔王』だった場合どうしたらどうしたら良いのでしょう?」
ファイナス市長は一番気がかりな事を聞いてくる。
「ん? 転生者は記憶が戻リ覚醒せねば害なぞ無い。『魂の封印』をすれば目覚める事は無くその生涯を生まれ出でた者として過ごせるのじゃ」
さも当たり前のように言うメル長老。
普通は知らないってそんな事。
「だとすればその子に合わせてもらうのが先決ですわね? そうだメル様、『魔王』とは一体何ですの?」
「あれは化け物じゃ。女神の血を受け継ぐ化け物じゃった‥‥‥」
そう言ってメル長老は「魔王」について語ってくれた。
* * *
それは人類史が始まるはるか前の時代、まだまだ「人」と言う存在が弱く、唯一の特徴である容易にその数を増やせる以外どの種族に対しても弱い存在だった頃の話。
女神戦争も終わり天秤の女神アガシタ様がこの世界を安定させた頃だった。
これからこの世界の主人を人間とすることで後の面倒な管理を押し付けようとしたもののなかなかいい人材が見つからなかった。
そんな中、女神の血を引く子孫が突然変異で先祖返りして力を振るい始めた。
その者はまだ魔法が伝えられていないのに女神の御業が使え、無詠唱でその力を発揮し集落を襲い力で屈服させていった。
勿論、力ある魔獣や妖魔もお構い無しで自分に従うように強制をして行った。
そしてエルフの村にもその脅威が押し寄せてきた。
当時メル長老たちはまさかそんなものが襲ってくるとはつゆ知らず森自体にも結界がほとんど存在していなかった為に多大な被害を受けた。
しかしメル様最古のエルフたちが中心になって自らを犠牲にして「精霊化」させる秘術でどうにかこれを倒したらしい。
しかし相手も腐っても女神の力を受け継ぐ者、滅される前に自分の魂を他の者に移すと言う離れ業をして転生をしたそうだ。
以来数度転生してエルフの村に襲撃をかけたがそれを防止する為の物が今の結界となる。
「しかし、その者は女神の力を受け継ぐのによく転生できますわね? 本来女神程の魂は人間では器が持ちませんですわ?」
「そうじゃの、だが奴の魂はそこまで大きくなかったのじゃろう。最後に倒した時には我々も対策として『魂の封印』を完成させたのじゃ。じゃからもしその子が『魔王』だったとしてもその本性を覚醒できなければ害はないのじゃ」
メル長老はそう言って遠くを見る様な目をする。
きっと遠い過去を思い出しているのだろう。
とにかくその子が魔王でなくティアナであることを願いながらあたしたちはエルフの村に行く事となったのだった。
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