第10話学園長帰還予定
「それで、お姉さまこれは一体どう言う事かきっちりと説明してもらいますよ!!」
ちょっと、近いって、近いわよイオマ!
ボヘーミャに着いてそうそう待ち構えていたイオマにあたしは掴まる。
それはそれはご立腹のご様子。
「信じられません! ティアナさんがいなくなって間も無いと言うのにいきなりシェルさんを娶るなんて! ああ、こんな事なら私がすぐにでもお姉さまに手を出すべきだった。そしてお姉さまをあーんな事やこーんなことして‥‥‥」
こらこらイオマ!
シェルじゃないんだからやめなさいって!
「ふっ、イオマもう遅いわ。エルハイミは私のモノ。もう『チュー』だって何回もしちゃったんだからね!」
シェルは ふふんっ と聞こえそうな態度で腕組みしてイオマを見下している。
「シェルさん! こうなったら私も実力行使で!!」
「やめなさいイオマぁっですわぁっ!!」
イオマがあたしに押しかかってきて無理やり唇を奪おうとする。
既にあたしよりずっと背の高い大人の女性。
力もティアナ並みに有るのでこのままだとあたしの操が!!
「騒がしいですね。エルハイミよく来ました。その後は大丈夫ですか?」
未だゲートの所でもめていたあたしたちに師匠が声をかけて来た。
「が、学園長‥‥‥」
「師匠、助かりましたわ」
流石に師匠の前ではイオマも大人しくするしか無くあたしを襲うのをやめる。
師匠はそんなあたしたちを見てからうっすらと笑った。
「どうやらもう大丈夫のようですね、エルハイミ?」
「はい、その節はご迷惑をおかけしましたわ」
あたしは師匠に日本式のお辞儀をして迷惑をかけた事に詫びた。
しかし師匠は咎める事も無く一言「元気になったのならよろしい」とだけ言ってついて来るように言う。
* * *
「ああ、師匠、エルハイミちゃん戻って来ましたか」
師匠に連れられてきた場所は試験場だった。
そこにはアンナさんとアイミがいた。
ぴこっ!
シュッと右手を挙げてアイミが挨拶してくれる。
「こんにちわですわアンナさん。アイミも元気そうですわね?」
ぴこぴこ~。
どうやらすこぶる元気だそうだ。
「アンナ、エルハイミも来た事ですし説明を」
「はい師匠」
ん?
なんだろう?
あたしたちはアンナさんの説明とやらを聞く。
「師匠は既に学園長の座を次期学園長に譲る準備をしています。そしてこちらの世界での師匠の心残りを今整理中です」
そこまで言ってアンナさんは師匠を見る。
その眼差しは少し寂しそうだった。
「師匠はいよいよ自分のいた世界に戻る準備をしています」
あたしは一瞬息を呑む。
分かってはいた。
しかし現実に目の前でそう言われると何とも言えない気持ちになる。
「今まで四連型魔結晶石核の運転では異界に小さなものを飛ばすのが精一杯でした。そして飛ばす世界が何十何百、いえ、それ以上存在すると言う事も知りました」
そう言えばあのお方の力のおかげであたしたちのいるこの世界以外にもたくさんの世界が存在することをあたしは知っていた。
勿論あたしの生前の世界もその一つ。
「エルハイミちゃんがいればいつでも師匠を異界に戻す事は可能と分かっていましたが問題はただ異界に飛ばしてしまっては目的の世界に行けないかもしれないと言う事でした。そこで向こうの世界からも一回だけこちらの世界に状況を発信できるこの探査魔晶石を開発して今までいろいろな世界にそれを飛ばしていました」
アンナさんは手のひらほど魔晶石を取り出す。
ブローチのように加工されていて見た目も奇麗だ。
「そしてこれを使って師匠のいた世界が特定できました。探索した世界で今現在分かっているのは千四百八十の世界が有りました。もっと探索すればまだまだ見つかるでしょう」
「どうも理解し難いわね、別世界って」
「シェルは『命の木』の世界に行った事があるでしょうですわ? あれが別世界の様なものですわ」
シェルはあたしにそう言われると「うげぇ」と唸った。
「あの世界はあたしたちの本体、『命の木』のある場所でそれ以外何も無いモノ。ああいった世界は嫌だわよ」
自分もあの世界ではクリスタルの木のくせによく言う。
あたしは苦笑してアンナさんの話の続きを聞く。
「そして師匠はいよいよ自分のいた世界に戻ると言っています」
アンナさんはそこまで言って師匠をもう一度見る。
「エルハイミ、アンナ、今まで協力してくれてありがとう。こちらの世界の問題もどうやらジュメルの『狂気の巨人』を倒したことでひと段落したようです。その後ジュメルの活動は散発的で現在のこの世界の人々の手で後はどうにかなると思います。なので私の役目も終わり念願の自分の世界に戻る事とします」
師匠はアンナさんの後を引き継ぎそう宣言する。
「師匠、本当に良いのですわね?」
「ええ、エルハイミ。たとえあの人がいない世界でも私はあの人の墓標の前に行けさえすれば満足です。そして果たせなかった約束の謝罪をしたいのです」
師匠は寂しそうに、しかし強い意志でそう言う。
「‥‥‥わかりましたわ師匠。師匠の帰還に私も微力ながら協力させていただきますわ」
「ありがとうエルハイミ。あとの事は、この世界の事はあなたたちに託します。願わくば温和な平和な世界が続きますように」
師匠はそう言ってほほ笑んだ。
* * *
「ねえ、エルハイミ本当に良いの?」
シェルはこのゲストハウスの大部屋でマリアやバティック、カルロスなんかとお茶菓子を食べていたけどふいにあたしにそう聞いてくる。
「師匠が決めた事ですわ。私は師匠の意思を尊重しますわ」
サクッっとビスケットをかじる。
確かに師匠がいなくなるのは寂しいけどこれは師匠の念願だしもともとあちらの世界の住人。
師匠はこちらの世界に召喚されもう充分この世界の為に戦ってきた。
だから自分の役目が終わったのなら自分の希望を叶えるのは道理だろう。
「まだ引継ぎが完全に終わっていません。エルハイミちゃんたちが目的のエルフの村から帰って来てから師匠を元の世界に送り届けます。ああ、そうだ。エルハイミちゃん、ユグリアでイチロウさんが師匠が元の世界に帰るのなら見送りに同席させてくれと言っているようです」
イチロウさんかぁ。
数少ない同郷の異界人。
本人はこちらの世界であんな奇麗な奥さんまでいるのだから帰る気なんてさらさらない。
師匠とは違った人生を歩むのだろう。
「わかりましたわ、戻る時はイチロウさんを同行させますわ」
あたしはお茶を飲んでそう答える。
「それで、お姉さま。私との話がまだ終わっていません!」
「イ、イオマ、何度も言いましたがこれは便宜上の話で‥‥‥」
「酷い! エルハイミったらあんなに激しくあたしを愛してくれたのに!!」
いやちょっとマテ、あたしは何もしていないわよ!?
「なっ! お母様いつの間にシェルなんぞに手を出したのです!? 出すなら私に出してください!!」
「コクちゃん! お姉さま、私にだって出してくださいよ!! もうかなりお姉さまにされて無いんですよ!?」
いや、何の事よ!?
あたし何もしてないもん!
「はぁ、やっぱり姉さまだ。世界中でこんなことやっていたんだね?」
「うーん、姉さまモテモテだからね」
「むう、あんたたちもちゃんとエルハイミ母さんに言ってよ、お母さん以外に手を出しちゃダメ!」
「ねぇねぇシェル、エルハイミに何されたの? あたしもされてみたーい!」
「完全に主様復活でいやがります。黒龍様、そんなのほっといてこちらに来てください。お茶が入りました。」
「黒龍様、ボヘーミャ名物『たこ焼き』も仕入れて来ました」
「ところで主よ、左手の動きが少々渋くてな。メンテナンスを頼みたいのだが?」
わいわいがやがや。
師匠がいなくなるのは寂しいけどあたしはこうしてみんなとわいわいやっていられる。
だから師匠が帰る時は笑顔で見送ろう。
あたしはそう思うのだった。
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