第5話

 彼女は一息ついてから話し始める。


「私、今年の夏までブラバン入ってたの。市内のコンクールがあって、私は金管楽器を担当してたんだけど、そこでトチっちゃって、大外れな高い音を出してね。それで、20年続いていた県大会出場が途切れてしまったのよね」


 彼女はコーヒーに口をつけて、間を空ける。僕は何も言えずに、彼女の話を聞く。


「先輩達や同級生のみんなに気にするなって言われたけど、心の中では私のことを物凄く鬱陶しいと思われてるんじゃないかと考えると、夜も眠れなくて。だから、ブラバンやめたんだけど、今度はブラバンに帰ってくれと頼む子が出て来てさ。もう、その子がしつこくて、しつこくて。もう何もかも嫌になって、死のうと思った」

「じゃ、そ、その包帯は?」

「うん。リスカの傷を隠してるのよ。何回もしたけど、結局あと少しでやめてしまう自分がいてね。今日飛び降りた時は、さすがにもう終わったと思ったけど、原岡先生と沢木君に助けられてしまったね」


 彼女はケーキを三口食べて、寂しそうに笑う。


「誰も私を一人にさせてくれないの。放っておいてほしいのに」


 僕も彼女の気持ちがよく分かる。彼女のそれとは違うけど、昼休みの裏庭が人でいっぱいになっていたら、嫌になってしまう。1人の時間は、生きていく上で大切だと思う。


 彼女は、ブラスバンド部のしがらみから抜け出せないので、苦しんでいる訳だ。


 ならば、そのしがらみを消し去ればいい。


「じゃ、じゃあ、演劇部入る?」


 意表を突かれた彼女の目は、大きく丸くなる。

(続く)

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