第6話 韻文表現技法概論③~比喩と擬人の法

 途中でジャンルに関する話をひとつ挿入したが、いよいよ最も用いられている表現技法に焦点を当て、その要領を話していきたいと思う。

 比喩は主に、直喩、隠喩、擬人法の三者に分類され、韻文においても散文においてもよく用いられる。

 では、比喩という表現技法の核となるものは何かといえば、それは「像の重ね合わせ」にある。

 教科としての国語的視点からすると、言い換えというのが比喩の根本なのであるが、表現者側からするとそれに止まるものではない。

 そして、この「像の重ね合わせ」という核に従えば、この他にも本歌取りや縁語、擬声語(擬態語・擬音語)などもここに含まれるべきであろう。

 そのため今回は、「比喩」、「本歌取り」、「擬声語」の三技法を中心に取り上げることで韻文表現技法の概論の終わりとしたい。

 なお、先に挙げた縁語は古典において主に使われる技法であり応用がやや難しいため、別の回で説明する。


①比喩法

 比喩法は「ある事柄を、類似あるいは関係する事柄を用いて表現する技法」であり、本来、その二つの事柄は別のものである。

 例えば、「林檎のような顔」という表現の場合、林檎と顔は全くの別物である。

 そこで類似ないしは関連する事柄をこの二者から抽出するのであるが、共に「赤くなる」という共通点を持つため、これが「林檎の赤さ」を以って「赤い顔」を強調した表現であることが分かる。

 ここでは助動詞「ようだ」を用いることで直喩としたが、これを「顔を林檎に染め」などとすれば隠喩となる。

 「月の光が手を伸ばす」のように人以外の存在が人の様態や動作を用いて表現されれば擬人法になる。


 ここまでは一般的な解釈なのであるが、ここで比喩の持つ「一般的な像の重ね合わせ」と「個人的な像の重ね合わせ」という二つの様態について触れていきたい。

 そもそもこの比喩法を成立させるには二つの事柄に対する共通した一定の認識が必要である。

 先の例であれば、「林檎」も「顔」も赤く変化するものであるという共通認識があって初めて成立している。

 もし、林檎として王林などの「青林檎」しか知らない人間が見れば具合の悪そうな人間を想像するであろうし、「林檎のような赤い顔」とされては混乱を来すこととなる。

 しかし、この「赤い林檎」というものが一般的に知られていることはジュースのパッケージなどからも確認することができよう。

 そのためこのような比喩は「一般的な像の重ね合わせ」により、一定の修飾の型を作ることができる。

 その一方で、「母のような温もり」や「父のような温もり」は人によって異なるため「個人的な像の重ね合わせ」に当たり、修飾の一端を読者に任せてしまうこととなる。

 無論、こうした比喩の場合には体験がなければ「一般的な像」を用いることになるのであるが、それもまたそれまでに知った内容によるため「個人的な像」とされるべきである。

 これら二つの像は完全に二分できるようなものではないが、相対的にいずれの比重が高いかによって筆者は強調と共感を調整することが可能である。

 例えば、「実家にいるような安心感」という比喩を用いた場合、それが具体的にどのような安心感を与えるかは分からないものの、経験がある人にとっては深い共感を得ることができる。

 その一方で、「林檎のような顔」という比喩では顔の赤さは分かったとしても、共感は覚えにくい。

 そのため、共感を得るかそれとも比喩の具体性を得るかによって言葉の選択は大きく変わってくることを頭に置いておくとよい。


 また、直喩と隠喩の使い分けによる語感と音感の変化も見逃してはならない。

 これはそのまま場面全体の雰囲気を形成することにも繋がるため、重要であると考える。

 まず、直喩で用いられる「ようだ」「みたいだ」「ごとし」はそれぞれ一般的、口語的、漢文的という印象がある。

 特に、「ごとし」は活用させて「ごとく」を用いたとしても、口を最後に窄めるためか語感の鋭さを増すことができる。

 その一方で文体としての固さが出てしまうため、言うまでもないことだが、柔らかい文章を目指す上では「ようだ」「みたいだ」を使用する方がよい。

 ただ、「ようだ」と「みたいだ」では使い方が異なるため、それによって音感に変化を与えることもできる。


①甲:まるで猫のように

①乙:まるで猫みたいに


②甲:語りかけるように

②乙:語りかけるみたいに

②丙:語りかけみたいに

②丁:語りかけのように


 ①の例では、甲の方は「オ」の音が続くため柔らかな印象を与えるのに対し、乙の方は「イ」の音が続くため弾むような印象を与える。

 その一方で、②の例では動詞の連体形と転成名詞を使い分けながら音感を整えるようにしている。

 ②乙は一読すると違和感を強く感じられるのではないかと思うが、敢えてこれを入れることでその場面で生じる違和感を強調することも可能である。

 そして、これらの助動詞を利用せずに比喩を用いた隠喩では、丈高さを強調することができる。


(直喩)滝のような雨

(隠喩)滝の雨

 

 これは短歌や俳句で言われる「隅のテニヲハ」を切れに近い技法であり、文章が不用意に間延びする効果を持つと同時に、文章に鋭さを与える効果を持つ。

 ただ、隠喩は倒置法を用いることで真価を発揮する。

 これは高校時代に拝読した「尖塔のアイスピック」という詩より引用するのだが、


①アイスピックのような尖塔

②アイスピックの尖塔

③尖塔のアイスピック


直喩、単純な隠喩、隠喩と倒置の組み合わせを並べると、語感の鋭さも幻想的な雰囲気も増しているように感じられる。

 このように、単純な技法であるからこそ細部を拘ることでより印象的な場面を描くことが可能になるのである。



②本歌取り

 本歌取りは元々和歌の技法であり、それまでにあった作品の一部を利用して新たな作品を作るという技法である。

 今の風潮からすれば独創性がなく、ともすれば盗作とも言われかねない技法であるが、これを利用することで元の作品の持つ印象を重ね合わせた、新たな作品を作ることができる。


・初時雨 猿も小蓑を 欲しげなり

・花粉症 猿もマスクを 欲しげなり


 これはもじりに近い作品であるが、時雨と花粉症、小蓑とマスクの対比により時代の差を加えることで諧謔の度を増すように仕向けている。


・長崎と いう名は今も ここに在り あのあつきひの 燃える思いと

・長崎と いう名は今や ここに在り 四枚の紙の 上町の隅


 これは拙著「徒然なるままに~長崎の晩餐」の序段で出した短歌であるが、前者は長崎が今もあることに対する強い感動があるのに対し、後者は前者を踏まえることで長崎が消えつつあるという悲壮感をより強めている。

 この技法は元々韻文のものであるが、散文にも応用は可能である。


・石巻の豊穣一睡のうちにして、平泉の贅は一県彼方に在り。(徒然なるままに~草青)

・三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり。(奥の細道~平泉)


・正体の 在り処を問うて 土を征く 我思う故 我は在るなり(徒然なるままに~夢に現に朧長崎)

・我思う故我あり(デカルト)


 いずれもその作品で取り扱う題材に即して利用しているのであるが、その背景を知ることでよりその文章を深く味わうことができるようになる。

 利用しづらく、気付かれにくい技法ではあるが、試してみる価値はあるのではないだろうか。



③擬声語(擬態語・擬音語・オノマトペ)

 擬声語は五感を文字に起こした表現であり、その様子を直接的に表現できる技法である。

 その一方で直接的な表現である分だけに想像の余地を狭めてしまう可能性があり、また読者と音感の共有ができているかが一つの焦点となる。

 これは何気なく用いるには少々恐ろしい部分であり、解釈が百八十度変わる可能性すら含んでいる。

 しかし、その使用を調整することで雰囲気を一転させることもできる。

 例えば、「辻杜先生の奴隷日記①~苦しみの始まり」の司書の塔の場面では、

『階段を踏みしめるたびに、身体に異物が侵入する。それを必死で受け入れる。精神がおかされてゆくような気がする。子どもが笑っているようなきがする。ふわふわとくもがながれてゆくようなきがする。どきん。ばたん。ぱふっ。とろり』

という形で、次第に知性的な判断力が失われていき、幼児退行していく様を表現するのに用いているが、これが浮き立つのはここまでで使用した擬声語の少なさによる。

 逆に言えば、擬声語を多用する中で一場面の擬声語を絞ることにより、緊張感や切実さを高めることも可能となる。

 この擬声語のみを用いた詩を書いてみたいと思って実行できずにいるのだが、それはまた別の話である。

 いずれにせよ、なぜその言葉を用いるのかという部分を少し掘り下げてみると、文章が異なる姿を見せるため面白い技法である。


 以上三回にわたって表現技法について話をしてきたが、これらを用いなければならない、もしくは、用いてはならないということは全くない。

 ただ、日々の創作の中でもし参考にしていただける技法や考えがあれば幸いである。

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