第5話 文芸の形態①~随筆・エッセイ

 ここで一度、文芸の様式について確認をしておきたい。

 文芸創作は大きく分けて散文と韻文とが存在し、そこからさらに細分化される。


【散文】 小説・評論・戯曲・随筆(エッセイ)

【韻文】 詩・短歌・俳句・川柳・都都逸


 有名なものを簡単に羅列するだけでもこうした分類が可能であるが、これ以外にも多種多様な分類が可能である。

 例えば、連歌や連句、五言絶句などの漢詩、船頭歌など現在ではやや下火となっている形式も存在する。

 それらを全て扱うことは不可能であるが、数回に分けてそれぞれの様式における捜索の注意点などをまとめていきたい。

 ただし、文芸の形態にかかわる内容はあくまでも独自研究を含む部分も多いことを許されたい。


 さて、文芸の形態に関して最初に触れるのはエッセイである。

 ともすれば日記と同じとされる形態であるが、私もそれに異を唱えるだけの材料を確かに持つ訳ではない。

 しかし、私がエッセイとして作品を上梓する際には意識していることがある。

 ただし、それを始めて意識したのは高校時代であるのだが、実際に文章で形となって表れたのはここ一年ほどではなかろうか。

 なお、カクヨムではエッセイとノンフィクションは同じジャンルとして登録せざるを得ないため、見た目には分かりづらいものとなっている。

 そこで今回は私の考える分類法に則り、上梓している作品を以下のように分けてみている。

 「徒然なるままに」については長くなるため※印のうえ副題のみとする。


【ルポタージュ】

・熊本の夜の街を出歩けなくなったからテイクアウトで食べてみた

・アマビエの足跡を求めて

・ファストフードをまったり食す


【エッセイ・随想】

・つるさきのひとりごと

※三十路男と生きた食卓

・アベノマスクといっしょ


【準エッセイ】

※長崎の晩餐

※夢に現に朧長崎

※英雄譚


【日記】

・アル中年のつぶやき


 以上が私の上梓する十作品の分類であるが、まずはルポタージュの定義について触れる。

 私の中でルポタージュは、現実にあるものを単純に紹介するべく描いた作品であり、私の思考や思想から一定の距離を置いて書くようにしている。

 ただし、文章で用いる表現自体は私そのものであり、そこに偽りはなく、また一定のテーマ性を持って書く場合が多いためつくりとしては否応もなくエッセイに近いものとなってしまう。

 殊に「熊本の夜の街」については、ルポタージュというにはあまりにも私の思いが露出している部分も多く、どうしてもエッセイ寄りの文章となってしまっている。


 その一方で、日記はエッセイとは異なり、自分の思いを率直に書くことができる。

 自分の身に起きたことやそれにより感じたことを「アル中年のつぶやき」では簡潔に綴っているが、これが私にとっての日記である。

 そして、そこから事象を選択し、舞台を選定し、一定の脚色を加えることで一つの物語を創り上げたものが「準エッセイ」である。

 ここで言う脚色とは、虚構の事象を列記するという訳ではなく、事実を乗せる順番の工夫をしたり、途中で他者の言を挿入したりということである。


 ここでいくつか例を引く。

 まず、「※夢に現に朧長崎」第四九段ハウステンボスの記載順であるが、時系列に従えば、「幼少期」「学生時代」「三十路」に並べるべきである。

 ただ、それでは芸がない。

 そこで、共に色恋沙汰の絡む「学生時代」と「三十路」の順番を入れ替えることで、浮気めいた後ろめたさを持たせることとした。

 私がかの地に持つ失楽園としての思いを強く描けるのは六通りのうち、これより他になかったのである。


 次に、「※長崎の晩餐」第十三段の長崎前に挿入した最後の一節の意味である。

「長崎の出前寿司も今は下火である。」

 対面での鮨屋と持ち帰りの鮨折りを出す回転寿司屋を紹介し、長崎の鮨文化を語っているが、元々の鮨文化がどのようなものであったのかをどのように印象強く語るべきかは悩まされた部分であった。

 元々は出前の鮨について最初に話を入れようとしたのであるが、どうにも座りが悪い。

 そこで、今の食の在り方を前面に押し出したうえで、切って捨てた形にしてみたのであるが、単純な事実の列記だけでは残せぬ印象になったのではなかろうか。


 そして、「※三十路男と生きた食卓」第十八話の大阪の話は、時系列では最後に来るべき結婚式とぼったくりの話を最初に持ってくることで、後味の調整を行っている。

 エッセイではどうしても後ろ暗いところを描かなければならぬ場面も出てくるが、読後感を考えて構成を考えることで印象を調整することも可能である。

 それに加えて、反復法を利用することで滑稽さを加えることでかの地に対する不要な悪評を与えぬよう可能な限りの配慮を行った。

 そこまでするのであれば書かねば良いと思われるかもしれないが、書かねば得られぬ印象というものもあり、その匙加減の調整もまたエッセイの持つ醍醐味である。


 それでは、エッセイとは何か。

 この問いに対する最も端的な答えは「徒然草」の序段である。

「つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」

『無為に日々を過ごす中で硯に向かい、思い浮かんだことを何の気なしに書いていくと、不思議と正気でいられなくなってくる』

 あくまでもエッセイというのは出来事に着目し、それを通して思いを共有していくという文章である。

 この出来事に着目するという部分がエッセイの最も難しい部分であり、単純に出来事を列記するだけでは日記になってしまい、自分の思いを書き連ねていくだけでも「日記」となってしまう。

 そして、それを「そこはかとなく」書き連ねる以上、読者にもまた「そこはかとなく」読み進めてもらう必要があり、その先に一定の読後感を残せるように考えなければならない。

 私の書くエッセイもまだその領域に達しているものは少ないが、その差が先の「準エッセイ」とエッセイという分類に繋がっている。

 また、単純に日々感じたことを率直に書き進めていくだけでもいけない。

 それは非常に共感を得やすいものができるのではあるが、エッセイは自分という本流から別れ出た支流でなければならない。

 決してため池を転々と残すようなことがあってはならないのである。


 こうしたエッセイの完成形の一つが、向田邦子氏の遺したエッセイである。

 「本寸法」と評されるその作品群は、異なる風景を行き来しているうちに、目にしていた流れが同じ川であったことに気付かされるところが見事である。

 そして、それらの作品群を遡っていくと氏の本流に近づくことができ、かといってひどく哲学的な思索を経験したという思いも残らない。

 あくまでも「そこはかとなく」の領分を犯してはいないのである。


 では、こうしたエッセイを書く上で必要なことは何か。

 第一に、書く題材を明確にすることである。

 それはどのような出来事を書くか、ということではなくどのような結論を頭に持つか、ということである。

 私の場合には短いエッセイを書き連ねていくことで一つの作品とすることが多いが、その際にまずは幹となる部分を決めそれから広がっていくものを考えるようにしている。

 ただし、それはある時期を境にして至ったものであるため、それ以前の作品は明らかに書き方が異なっている。

 そして、文体や語り方の異なっている「つるさきのひとりごと」と「※三十路男と生きた食卓」とでは、実は共通したものを題材としている。


 第二に、描く上で用いようとしている材料、つまり、出来事から一度は距離を置いてみることである。

 これは大きな出来事であればあるほど必要なことであり、時に一つの作品を閉じる覚悟さえ必要になることである。

 実際に拙作「アベノマスクといっしょ」は二か月の中断期間を経て完結したが、その二か月の要因は九州で起きた豪雨災害により書くと決めた題材をどのように描くかを考えるのに要した期間である。

 言い換えてしまえば、その題材と本作は心中させてよいと判断したのであるが、それ程に伝えたいことが大きくのた打ち回る場合には、御すために距離を置くことが重要である。

 そして、その出来事からどこを抽出し、どの順番で並べ、何を加えるか検討することで初めて一つの話として完成する。

 この「加える」という操作については改めて紹介をする予定としているが、そこに混合文芸の余地があると考えている。


 このように、単純なようでいて奥深さを持つエッセイであるが、これはあくまでも突き詰めていった場合の話であり、全てのエッセイがこれに従う必要があり、絶対的にこれが正しいというものでもない。

 ノンフィクションが自分を主体として書くことができる最も入り口の広い分野であることに異論はない。

 ただ、それは小説や詩と同様に「行きはよいよい」の世界である。

 それでも、奥へと進みたいという方にとって本話が参考になれば幸いである。

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