第3話 韻文表現技法概論①~反復と対句
韻文を学んでいく中で小説などで利用しやすいのは、その中で使われる表現技法である。
国語の授業で学んだという方も多くいるのであろうが、ここではその見つけ方ではなく、使い方を紹介したい。
前回が特に濃厚な内容を紹介した分、今回はあまり深堀しないように気を付ける予定である。
①反復法
反復法は最も分かりやすく、同じ表現や言い回しを繰り返し使用する技法である。
ただ、これを用いるのは想像以上に難しい。
単純に同じ表現を繰り返すのは容易な分、平凡な印象を与えやすいのである。
陸奥の母の命を一目見ん一目見んとぞただに急げる
この「一目見ん」の反復は見事な使用例である。
これが別の表現ではこの短歌の持つ切羽詰まった印象は失われてしまう。
連続した反復は読みやすさゆえにテンポを上げる。
これを上の句と下の句の境に持ってきた作者の慧眼は流石としか言いようがない。
このアップテンポの制御を誤れば駄作に成り下がってしまい、単純にくどいだけの表現となってしまう。
これは私も経験済みであり、
「一つ手に取る 脆く崩れる」
という一節を計八回用いた詩は、今にして見返せばくどさが先立って、読み返すどころではない。
その一方で、高村光太郎氏の詩「道程」の最後は見事である。
「この遠い道程のため」
と一度では表現できない感嘆の深さをありありと描いている。
こうした反復法を人生で一度でもよいから扱ってみたいものである。
また、反復法にはお冷のように韻文の流れをリセットする働きもある。
小学校六年生の国語の教科書でおなじみの、谷川俊太郎氏の「生きる」という詩の中で出てくる、
「生きているということ
いま生きているということ」
というフレーズが与える区切りは、人を新たな想像の大陸へと誘う。
この繰り返しがなければ、この作品の奥行きや行間は失われていたことだろう。
反復法をその場面で利用するのは単純な強意としては通常の文章でも導入しやすい。
その一方で、場面をまたぐ際にこの反復法を用いるた文章は、あまり目にしない。
私も公募したために公表できないでいる作品の中で用いたきりではなかったか。
拙著「徒然なるままに~日常の
「炎天は時に現実と仮想との壁を取り払うらしい。心細さを微かに携えながら抜けた先には、一面の白い壁があった。
①煤の匂いがする。
落書き禁止の壁に覆われた箱物は三週間ほど前の姿をそのままにしていた。
(中略)
そう考えればこそ、私はその地で語らうのではなく、今回はひたすらに傍観者となった。
②煤の匂いがする。
近くの金網には哀悼の意と取材を断る意思を示した文章が町内会より示されている。それを認めた胸が痛む。私もまた彼らを焦がす火の一つなのかもしれない。
(中略)
それに今回の事件で被害を受けた京都アニメーションは、日常を大切に描き出し、何気ない仕草や動作を描くのに心を砕いてきた。だからこそ、後に残された我々にできることは、何もない日常を笑顔で生きることである。そして、その中で遺された作品を見て日常に彩を加えることが最大の仕返しとなり、また、亡くなられた方への鎮魂にもなるであろう。
日常の笑顔の先の晴れ間より魔法の如きパライソや来る
③煤の匂いがする。
京都駅に戻ってから、喫茶店イノダの珈琲を味わいつつ、私は静かにそのようなことを考えていた」
①と②の「煤の匂いがする」はあくまでも現実の、その場に在っての嗅覚である。
京都アニメーションの火災現場で受けた衝撃の強さと自分への戒めとを込めた反復であり、当時感じた匂いを率直に書き残している。
その一方で、③の反復は①と②の部分から三千字ほど考察を行った後に現実へと戻るスイッチとして利用している。
エッセイである以上無理な脚色は余分になってしまうが、非常に滑らかな流れで話を締めることができた。
このように、反復法は技法こそ単純であるものの使い方に工夫の余地が大きい。
②対句法
対句法は本来、漢詩における表現技法である。
反対の意味の語句を並べるというのはこの技法の本質ではなく、文の要素を揃えた文を連ねることでリズムを生み、強調する技法である。
「流星が一筋、地平に墜ちた。意志が一筋、虚空を求めた。」
拙著「辻杜先生の奴隷日記」内での一節であるが、ここで音数を揃えることができればより効果的なリズムを生む。
特に、これを比較的短い文で繰り返すことで戦闘の様子を描きながら、そのテンポを速めることもできる。
一方で、戦闘中にテンポを遅らせたいのであれば、先の例のようにわざとリズムを崩せばよい。
また、音数を揃えた場合でも、その数によって間延びした印象を与えることも緊迫した印象を与えることも可能である。
以上が同型の文や語句を繰り返すことを利用した表現技法である。
物語を紡いでいくとどうしても設定や人物に傾倒しがちとなるが、漫画や映画とは異なる演出ができるのは文章の特権である。
文章を扱うのであれば、いろいろ試してみるのも一興ではないだろうか。
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