第2話 散文の中の韻文
韻文と散文とで創作する対象を決めた後、どうしてもそこから外れることに抵抗があるという方も多いようである。
そこで、それを混ぜる意義とは何かということを紹介していきたいが、まずは韻文を知ることで得られるものを紹介したい。
ただし、「伊勢物語」のような歌物語はまた別物であるため、改めて触れていきたい。
そもそも韻文とは何かと言われると、本来的には一定の韻律を持った文章ということになるが、ここでは大まかに詩と考えていただきたい。
「韻」は音を揃えていくことであり、ラップがそれに近いと考えている。
漢詩の授業で押韻という言葉を習った方も多いだろうが、あれが本格的な韻である。
一方の「律」は音の数を揃えていくことであり、これを緻密に行うことで定型詩が出来上がる。
和語のつくりを考えれば、日本では五七調や七五調が作りやすいが、それ以外でも調整できないことはない。
実際に私も口語定型詩を手掛けることがあり、一部を定型にすることもある。
今では自由詩が主流であるため強く意識されることは少ないのかもしれないが、この二つを織り込むことで、詩は深い余韻が得られる。
では、これらの韻文を学ぶことで散文にどのような利点が与えられるのか。
ここで、韻文で利用される表現技法について触れることもできるが、その小さな応用例は表現技法の話をする際に譲りたい。
そのため、大きな利点の一つ目は舞台装置に利用できるという点である。
例えば、呪文や呪詛の設定が必要であれば、これに韻文を利用することでより強い印象を残すことができる。
実際に、拙著「辻杜先生の奴隷日記」において、今後登場する呪文にこのような詠唱がある。(行頭の数字は音数)
「8:捧げよ、捧げよ、
8:祈りを捧げよ。
8:すべての祈りを、
8:諸々の神へ。
8:万神殿たる、
7:この輝きへ。
5:パンテオン」
これを音読していただけると分かりやすいが、六行目までは勢いよく読み進めることができ、最後の呪文の本体である「パンテオン」の五音がスイッチとして浮いている。
この印象を与える上で鍵となるのは、それまでの八音と母音「オ」の連続からの「へ」による文末の締めである。
必ずしもこれが要るという訳ではない。
ただ、こうした言葉の使い方が、舞台上の張りぼての木や板でできた丸い月のように、読者をその世界へ引き込むことに繋がることは覚えておいても損はあるまい。
そして、物語性や世界観にこだわるあまり、文章の持つ言葉の力を見失うというのはもったいないではないか。
話が逸れてしまったが、もう一つの利点も言葉によって読者を物語の世界へ引き込むという点に変わりはない。
それは、韻律により地の文の緩急を変化させうるという点である。(行頭の数字は音数)
「7:夜はすっかり
5:暮れ果てて、
7:月が南に
5:浮かぶ頃、
7:二人並んで
5:手を繋ぎ、
7:互いの肌を
5:感じては、
※7:時の流れに
7:身を任せつつ、
7:想いと恋を
7:胸へといだく。」
高校三年生の頃に上梓した拙著「齢六十の歌」からの引用であるが、この部分では途中までを七五調で整え、最後の四行の部分を七音に揃えることで、敢えて突っかかるようにしている。
ここから二人が愛を交わす場面に転じるのであるが、二人の初めての行為に対して何の躊躇いもないのでは盛り上がりに欠けるとしてわざと焦らしにかかった。
※印以降の部分を以下のように変更すると、印象は相当に変わるはずである。
「7:時の流れに
5:身を任せ、
7:愛しさ一つ
5:胸に抱く。」
これでは、あまりにスムーズに進行しすぎてしまい、胸の高鳴りも背徳感も何もかもが失われてしまう。
それこそ、粛々と執り行われた儀式となってしまい、面白みの欠片もなくなってしまう。
自分が生み出したキャラクターという子に少しでも良い場を与えたいと思うのが人情ではなかろうか。
また、以下は拙著「辻杜先生の奴隷日記~苦しみの始まり」からの引用である。
「小さな一撃。打ち砕かれる光。飛ばされる少年。相対する少女。負けるべき機序。」
前半の二文の末尾を母音の「イ」に、後半の二文の末尾を「ジョ」に揃えることで独特のリズム感を生み出している。
場の盛り上がりを音だけで表すことは無論、おかしな話であるが、音の力を借りるという考え方はあってもよいのではなかろうか。
こうした二つの利点をこれまでに述べてきたが、だからと言ってこれを常に意識して散文を書くことなどは不可能である。
大切なことはまず書き上げることであり、こうした内容は推敲の際や変わった設定を一つ入れようとした際に考えるようにしたい。
それも乱用してしまうと当初目指していた文章から大きく変化してしまう可能性もあるため、注意が必要である。
何事もほどほどが肝心ということであろう。
ただ、もしも現時点で自分の文章の盛り上がりに欠ける、悩んでいるという方がいらっしゃればこうした手法を試してみてはどうだろうか。
それでもダメなようであれば、改めて別の手段を講じてみればよいのだから。
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