第37話 手荒にいきますね



「——斬り刻め」


有栖川が手を掲げ、無数の銀片を千へ放つ。

虚実体ヴォイドで顕現させた異能は相手の精神に対してダメージを与える。

殺傷力の高すぎる有栖川の異能では、相手を殺しかねない。


月光を反射して純白の煌めきを宿した刃の風。

刃は千の全方位を囲み、一斉に殺到した。


だが、


「……効いてない? 確かに当たったはず」

「しっかりしてくださいよ、有栖川先輩」

「うるさいですね。貴女も働きなさい」


ニヤニヤと声をかける十束に刺々しい言葉を返す。

その間も千への警戒も緩めない。

今のは明らかにおかしな光景。

誰の目から見ても千に命中していたはずだ。


「不思議そうな顔だね。てっきり、私の異能が『転移テレポート』だと想定していたような」

「……なるほど。そもそもの情報が間違っていたというわけですか。では――」

「伽々里さんにまかせっきりは良くないですかね。ここは瑞葉にお任せです。有栖川先輩、隙を作ってくれませんか」

「誰に指図しているのですか。私は勝手に合わせます。貴女も勝手に合わせなさい」

「うへぇ……無茶言いますね。瑞葉の異能って戦闘の役に立たないんですけどっ!」


念話テレパス』も『記憶閲覧メモリアル・リーダー』も特殊な位置づけの異能。

生身で戦うために用いる異能ではない。


それでも異能強度レベル7……身体能力は相応に強化されている。


十束は得物の三節混をくるりと回し、疾駆する。

金色の二房が激しく揺れ動く。


その後を銀片と剣の群れが護衛するように追う。

有栖川本人も異能で造った銀の細剣を携えて参戦した。


二人に挟まれる形となった千はしかし、余裕の笑みを崩さない。

両腕を脱力させ、ナイフの切っ先は床を向いている。


「————」


千が小声で何かを呟いて。

十束と有栖川が千を挟み込むと同時、三節混の打撃と細剣の鋭い刺突を繰り出した。

入った……誰もがそう認識し、


「「——えっ」」


響いたのは、千の体内に埋もれた三節混と細剣による硬質な音色だった。

二人の驚愕に満ちた声が重なり、慌てて手を引く。


「残念。では、一刺し」

「——っっ!?」


十束の右腕をどこからともなく現れた千のナイフが斬りつけ、飛び散った血が床を赤く濡らした。

痛みに呻き表情を歪めながらも、十束は声の方向に三節混を薙ぎ払う。

それは千の腹へ吸い込まれるように命中し―—


「なる……ほどっ!」


微かな手ごたえすら伝わることはなく、千の身体を透過する。

十束は右腕の傷を押さえながら有栖川と合流した。


「何かわかったのですか」

「けがの功名ってやつですね。体を張った甲斐がありました。瑞葉って、物を介しても記憶を読めるんですよ。千の異能は―—」


自信満々に千束が口を開き、


「——わかりました! 千の異能は『転移テレポート』ではなく、対象の認識を改竄する精神干渉系です!!」

「あーっ!! 伽々里さんそれ瑞葉のセリフ!!!!」


世界観測ラプラス』の演算を終え、未来を観測した伽々里によって千の異能が告げられた。


「—―もうばれてしまったか」


実に優秀だ、と千は伽々里へ拍手を送る。

もはや隠す気はないらしい。


「知ったところで対抗のしようがなくないですっ!?」

「厄介ですね。基本的に精神干渉系とは相性が悪いですし」

「私が詰めます。二人は可能な限り足止めを」


有栖川と十束が頷き、動く。


「『刃界ブランドライン』」


有栖川が無数の銀片を指揮者のように操る。

銀片が部屋を半球状に覆いつくす。

逃げ場を塞ぐ刃の障壁だ。


続いて、細かな銀粉がキラキラと輝きながら部屋を舞う。

実体が触れれば有栖川も千の本体を感知できる。

これまで使わなかったのは、普段以上に精密な操作が必要だからだ。

リソースの大部分を割くため派手な攻撃は行えなくなる。


「十束さん。対面は任せました」

「瑞葉こんなの聞いてませんよーっ!?」

「補助くらいはしてあげますから。それとも、怖いのですか?」

「ほんと性格悪いですね、有栖川先輩。絶対に京介先輩にチクってやる……!」


十束は可愛い復讐を心に決めて、三節混を手に千へと迫る。

これが精神干渉の結果生み出された虚像なのか、本体なのか判別はつかない。

だが――


「幻覚なら瑞葉の攻撃は当たらない……だったら、怖くなんてないですよっ!!」


三節混を首へ軽やかに振る。

手ごたえはなく、千の姿が煙のようにぼやけた。

十束はそのまま動かない。


無防備に背中を晒す彼女の背後に、虚空から交差した二振りの銀剣が生まれる。

それは寸分違わず、認識の虚を突いて繰り出されたナイフの切っ先を受け止めた。

軽い金属音。

さっきまでの不穏な気配はどこへやら、二人の連携は完璧だった。

場所が割れれば活路が見える。


「——ちょっとだけ、手荒にいきますね」


踊りでる小柄な人影—―伽々里だ。

低い姿勢で鞭のようにしなる蹴りが空間に放たれる。

それは途中で重い音を響かせ、蹴りぬかれた。


「——っ、は」

「制御がぶれましたね。種が割れた手品ほどつまらないものはありません」


そこには、腹を摩りながら佇む長身痩躯の男……千の実体がいた。

伽々里の蹴りをくらい、存在を認識されたために三人にかけられていた異能が解除されたのだ。

姿が正常に見えるのなら、千は多少身体能力が高い男でしかない。


「暫く眠っていてもらいましょうか」


ゆらりと伽々里が肉薄し、容赦のない拳打の連撃が千を襲う。

千は矢継ぎ早に繰り出される徒手空拳の技を捌きつつ、織り交ぜられる有栖川と十束の攻撃も的確にいなす。

躍るように目まぐるしく変わる攻守。


三人がかりでも押し切れないほど、千の戦闘技術は磨き抜かれていた。


伽々里の拳が受けとめられ、破裂音が響く。

超至近距離で二人の視線が交わる。


「異能は所詮、手段の一つでしかない。人間には道具を使う手足も、考える頭もあるのだから。思考停止は猿のすることだ」

「……っ、その余裕、いつまでもちますかね!!」

「私はこんなところでは終わらない。絶対に、だ。逃げて逃げて逃げて逃げて――何度でもやり直せる」


酷薄な笑みを浮かべ、目元にナイフを一閃。

だが、それを知っている伽々里は膝を沈めて淡々と躱し、足元を刈る。

千の足首に命中し大きく体勢を崩した。

ローキックの勢いをそのままに回転を加え、ぐらりと横へ傾く千の腰を下からボレーシュートのようにブーツが捉える。


確かな衝撃。

浮かぶ千の身体へ刃の雨が降り注ぎ、雨後の床へ背中を打ち付けて倒れた。


しん、と場が静まって。


遠巻きから十束が三節混の先で千の肩を突く。

伝わる感覚は実体で、反応は全くない。

有栖川の攻撃で完全に沈黙したようだ。


「助かりました、あーちゃん」

「お安い御用です」

「瑞葉の活躍どころがなかった……」

「では、最後に手錠でも嵌めます?」

「なんかとても悔しい!!」


難しい顔の十束が千の手首に異能絶縁の手錠を嵌め、確保。


これでほかの場所が気になるところだ。


「瑞葉ちゃん。『念話テレパス』の調子はどうですか?」

「……『念話テレパス』復帰しましたね。どうぞ」


再び『異特』の面々と『念話テレパス』の回線をつないだところで、伽々里が呼びかける。


『こちら伽々里です。千を確保しました。皆さんの状況は』

『阿藏だ。こっちは順調に制圧中。退屈すぎて寝落ちしそうだ』

『地祇。すまない、賢一を取り逃した。奴の異能は『転移テレポート』だ。今上空から探している。手が空いているものがいれば応援を頼む』

『尊さんが失敗なんて珍しいですね。応援に向かいます。京介君は―—』


次々に上がる報告。

予定外な賢一の逃亡の責を咎めることなく、冷静に対処する。


唯一連絡のない京介はどうしているのかと誰もが気にしていた時。


激しい爆音が響き渡った。


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