第36話 遭遇



 同刻。


 屋敷の東側から突入した有栖川、十束、伽々里の三人は、皓月の部屋を一直線に目指していた。

 十束が構成員の記憶を異能で読み取り、事前に判明していた屋敷の構造と比較し間違いがないかを確認しながら突き進む。

 伽々里は未来を視続け危険察知に専念。

 有栖川は襲ってくる構成員の対処を主に行っている。


「退屈です。量産品の異能者では相手にならないですね」

「そんなこと言わないでくださいよー。あ、左の扉から四秒後に飛び出してきます」

「完全に遊園地のアトラクション気分じゃないですか……こんなに緊張感がなくていいんですかね」


 有栖川は自らの長い銀髪の先を指にくるくると巻き付けながらも、飛び出してきた服薬者三名を虚実体ヴォイドで顕現させた銀片の風で撫ぜる。

 それだけで精神力を削られた三名は倒れ伏した。


 初めに比べれば襲撃も散発的になり、人数も目減りしている。

 余力が残っていないのだろう。

 マークされていた中位異能者ミドルも有栖川の手にかかれば一瞬であったことから、万が一に他が後れを取るとも思えない。


 この上なく順調な進行具合だ。

 残るは皓月の確保だけだが――


「果たして皓月の部屋に行って、本人がいるでしょうか」

「十中八九いないでしょうね」

「伊達に十数年逃亡を続けていないですよ。私たちが突入した時点でいない可能性もあります」

「……決定的な証拠がない限りは向かうしかないですね。いざとなれば私が演算に入るので」

「そうしましょうか。というか、この雑魚相手も疲れてきました」


 会話をする片手間で有栖川が操る双剣が、天井を割って降りてきた男二人を薙ぎ払う。

 意識がプツリと切れ、頭から床に落ちる。

 心底邪魔そうに一瞥いちべつして、


「ここは忍者屋敷ですか……?」

「言ってる割に楽しそうですけど」

「先輩って意外と子供っぽかったり?」

「楽しんでもいませんし、子供でもありません。それよりどうですか」

「ちょっと待ってくださいよ。記憶を読み取るのって結構集中力が必要なんですから」


 十束がムッとしながら、男の手に手を重ねて目をつむる。

 有栖川と伽々里は周囲を警戒しながら十束を待つ。

 やがて、十束は手を放して立ち上がり、首を振る。


「やっぱり変わりませんね。下っ端が知らされている程度の情報では役に立たなさそうです」

「では、このまま皓月の部屋に向かいましょう」


 伽々里が指針を決めて三人は先に進む。


 その、途中で。


「——ん? 伽々里じゃないか」


 進行方向から姿を現したのは地祇尊だった。


「尊さん? 時計回りのはずでは?」

「ああ。少々面倒なことになってな。逃げる賢一を追ってこっちに来たんだが……三人は見ていないか」

「すれ違ってはいませんよ。どこかの部屋に隠れているんじゃないですか?」

「そうか……」


 尊は眉間を押さえながら唸る。


「にしても、尊さんが取り逃がすなんて珍しいですね。何かあったのですか」

「……賢一は異能を隠していた。『転移テレポート』だ」

「なるほど。つまり、私の出番ですね!」


 尊の言葉に驚くよりも早く、伽々里はない胸を張って自信満々に宣言する。

 事実、彼女の『世界観測ラプラス』は万事に対して一定以上の成果をもたらす。


「では、早速——」


 伽々里は集中の海に落ちて、過去から未来を見通す。

 有栖川と十束が見守る中。

 しん、とした静寂が落ちて。


「——っ……!?」


 突如、伽々里は身を翻して尊から距離をとる。

 同時に脇腹へ鋭い痛みと焼けるような熱を感じた。

 視線を落とせば白いシャツには裂け目が入っていて、その付近に紅色が滲んでいた。


「伽々里さんっ!」

「私は大丈夫です! それより構えてください……偽物です!!」

「っ、『念話テレパス』繋がりませんっ」


 伽々里が叫び、三人の警戒が一斉に尊へ向く。

 間髪入れずに銀片が尊を呑みこむ。

 回避不能の一撃をもろに食らった尊はしかし、無傷のまま佇んでいた。


 手ごたえのなさに有栖川の眉が上がる。


「……ふむ、思ったより厄介ですね。今のは意思とは関係ない突発的な発動……なるほど、これは私のミスですね」


 全員にきつく睨まれながら、ナニカが飄々ひょうひょうとした口調で呟く。

 鈍色のナイフを握る尊の輪郭ぶれて、化けの皮が剥がれた。


 現れたのは仕立ての良いスーツを着込んだ長身痩躯の男。

 左目に嵌めたモノクルのチェーンが軽く揺れる。

 千は敵意に晒されながらも、薄い笑みを湛えて腰を折った。


「——どうも初めまして。私は皓月千。一応、ここの長をさせていただいています」


 一気に漂う緊張感。

 確実に千の異能が情報にあった『転移テレポート』と違うことは既に認識している。

 であれば、三人が初めにやるべきは異能の看破。

 それまでは強引な攻め手は危険だろう。


「伽々里さん、推測でいいです。異能の予想は」

「状況証拠的に一番可能性が高いのが『変身』系。続いて幻覚や精神に作用する類。実体があるのなら分身を作り出しての遠隔操作も捨てきれませんが、確率的には低いかと」

「わかりました。十束さん、やることはわかっていますね」

「誰に言っているんですか。瑞葉をバカにしているんです?」


 挑戦的に笑って、有栖川に並び立つ。


「私と十束さんで相手をします。伽々里さんは異能の分析を進めてください」

「お願いします。しばらく耐えてください」

「別に倒してしまってもいいんですよね?」

「瑞葉ちゃん……それはフラグなのでは」


 頬を引き攣らせながら伽々里は呟くも、直ぐに気持ちを切り替えて後方で集中する。


「作戦は決まったかい? 可愛らしいお嬢様方」

「余裕綽々、といった風ですね。いつまで続くかわかりませんが」

「瑞葉たちにかかれば楽勝です。合わせてくださいね、有栖川

「貴女が合わせなさい、十束


 二人の視線が交わりバチバチと火花を散らしたかと思えば、ぷいっと揃ってそっぽを向いた。

 しかし、意識は全て千へと注がれている。


 油断も躊躇もない。

 有栖川は細かな刃を自身の周囲に纏わせ、十束も腰から獲物の三節棍を手に取り組み立てて構えた。


「あまり戦いは得意ではないが……ここは一つ、相手をしてあげよう。いたいけな少女を傷つけるのは吝かではないのだけれどね」


 千は酷薄な笑みを浮かべたままジャケットの内側で手を入れる。

 出てきた時には指と指の間に計八本のナイフを挟んでいた。


「貴方のような人間に少女扱いされるのは気味が悪いですね」

「それは同感です。絶対ロリコンですよこの人」


 軽口を叩きながらも、示し合わせたように三人は同時に相手の領域へ踏み込んだ。



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