第35話 『地神』vs『狂賢』



「『地隆監獄グランド・プリズン』」


 尊は右足を踏み出す同時に異能を発動。

 賢一の足元が小刻みに揺れ、床板を突き破って土の柵がせりあがる。

 土の柵は瞬く間に賢一の周囲を囲んで退路を塞いだ。


 つかさず尊が距離を詰め、賢一の顔面にめがけて大きく振りかぶった拳を突き出す。


 土の柵を尊の拳が通過して顔へ届く――


「——残念だよ、尊君」


 嘲笑ちょうしょうを混じえた声は遥か後方から。

 拳は空を切る。

 土の柵に囚われていた賢一は、一瞬のうちに尊の背後へ転移していた。


 尊はちっ、と小さく舌打ち、振り返りながら土の柵を消す。


「本当に『転移テレポート』の異能らしいな」

「君たちに比べればレベルは劣るが、十分に便利なものさ」

「逃げ回るのには確かに都合がよさそうだ。それで脱獄でもしたのか?」

「いいや。私ほどの頭脳があれば引く手は数多ということだよ。合法非合法、そんなことを些末だと切り捨てる人間は意外と多い」


 含みのある笑みを浮かべながら、白衣のポケットに手を入れる。

 尊は何かを察知して二歩ほど後方に下がった。


「これも躱すか。レーダーでも搭載しているのか」


 賢一の視線はさっきまで尊が立っていた床へ注がれている。

 そこには銀色のメスが床を貫通していた。


「お前が物体を転移させるには、直接触れている必要がある。違うか」

「正解だ。経験の差は埋めがたいな」


 賢一の『転移テレポート』は指定した座標に自身や接触している物を直接転移させる異能だ。

 その特性故に何かがある場所に物を転移させると、転移が優先されて貫通する。

 心臓や脳を破壊すれば必殺。


 普通の人ではここまで精密な制御は難しい。

 座標の指定で転移するため、本人に高度な演算能力が求められる。

 それを使いこなせているのは賢一が類稀たぐいまれな頭脳を持ち合わせていたからに他ならない。

 そんな理由で、賢一の『転移テレポート』はレベルという指標が当てはまらない凶悪な異能へと変貌している。


「これは分が悪いな。伽々里がいれば状況も変わるだろうが……」


 インカムは電波障害でノイズがなるばかりで、繋がったままの『念話テレパス』も理由は不明だが応答がない。

 恐らく他でも何かがあったのだろうと推測する。

 援軍は望めない。


 だから、なんだというのか。


 忘れてはいけない。


 地祇尊とて『異極者ハイエンド』の一人。

転移テレポート』という特殊な異能相手でも、戦う術はある。


 そのためにもまずは。


「場を整えよう。四方が塞がったままではやりにくい」


 すう、と息を吸い込み、軽快に踵を二度鳴らす。

 尊を中心として床の下から土の棘がタケノコのように生え、部屋の隅々まで広がっていく。

 床が捲れ、天井を突き破り、粉塵をまき散らしながらの豪快なリフォーム。


 賢一は巻き込まれては敵わないと転移で外へと離脱。


「……こんなものか。少々やりすぎな気もするが」

「転移の異能者相手に見晴らしを良くしてよかったのか?」

「お前の転移は何かしらの制限があるだろう? 時間にしろ距離にしろ。であれば、俺はその隙を突けばいい」

「手堅いねえ。異能強度に劣る僕が君に追われれば逃げられない。見本のような詰めだ」


 他人事のように賢一は尊へ拍手を送る。

 自分の不利を理解できない賢一ではない。

 裏があるとみて尊は警戒を強め、可能性を探る。


転移テレポート』の異能、明晰な頭脳。

 広い地形の活用法。


 そして……『禁忌の果実アップル』を使うのかどうか。

 番狂わせが生じるならそこだろう。


「まあいい。話なら後で飽きるくらい聞いてやる」


 大岩の弾丸を複数生成し、賢一へ時間差をつけて射出する。

 賢一は転移で一度は難を逃れるものの、そこを逃す尊ではない。


 続けざまに更地となった地面を蹴る。

 地震のように揺れが起こり、賢一を取り囲む土壁がせりあがった。

 二メートルほどまで高さを伸ばしてから、天井が半球状になり蓋が閉まる。


 完全に密閉された土の棺を転がった大岩が轢く。

 無残に土壁が破壊されるも、そこに賢一の影はない。


「——危ないじゃないか。僕でなければ今頃ぺしゃんこだよ。ああ、白衣も汚れてしまった。白に汚れは目立つなあ」


 またしても転移で脱出した賢一が不満げにぼやく。

 本気で気にしている様子はない。

 白衣の汚れを手で払って、余計に汚れを広げてしまい頭を抱えた。


 なにをやっているんだ……と尊も考えるが、単なるドジだろうと結論を出す。

 賢一は自分が興味を持っていること以外に関しては酷く無頓着だ。


「……なら、早々に諦めて牢屋に戻れ」

「それこそ馬鹿な事さ。あ、でも牢屋で研究ができるなら別にいいけど?」

「……話すだけ無駄か。なら――」


 片膝をついて、両手の手のひらを地につける。

 池に石を投げ込んだ時のように波紋が広がり、地面が泡立つ。

 硬い土を自在に操作し、尊が作り出したのは九つの頭を持つ巨大な龍。

 長く太い影が地上に奔る。


 鱗の一枚一枚すら精巧に作られた龍は、本物の生物のように空を漂う。


「——『地骸九頭龍ちがいくずりゅう』。鬼ごっこが望みなら乗ってやる」

「いや、いやいやいや。鬼じゃなくて龍は反則では……?」


 賢一の表情から余裕の色が消えた。

 空を呆然と見上げながら、必死に逃げ延びる手段を探る。


 あの巨体相手では転移しても距離が稼げない。

異極者ハイエンド』たる尊が操るのだ。

 威力や速度は推して量るべし。


「征くぞ」


 尊が上へ跳躍し、龍の頭上に陣取った。

 仁王立ちで地上を睥睨し、龍を操る。


 轟、と風を切り、龍が賢一めがけて滑空した。

 地面すれすれの低空飛行。

 長い体のあちこちが屋敷に当たり、甚大な破壊を振りまく。


 暴虐の龍は一切の減速をしないまま賢一を轢く―—ことはない。

 当然のように転移で離脱していた。

 尊の視界からは消え失せている。


 では、賢一はどこへ転移したのか。


 世界最高峰の頭脳が導き出した転移先、それは――


「——苦肉の策とはいえ、成果は上々。気分は最悪だけどね。『禁忌の果実アップル』を使用しての連続転移……いい感じに寿命が縮んでいるよ」


 賢一は狂ったように嗤いながら、尊が乗る龍と並走していた。


 、である。


 厳密には連続で龍が飛ぶ速度に合わせて転移を繰り返しているのだが……どのみち正気の沙汰ではない。

 ただでさえ使用者に負担が大きい座標指定型の転移を、ドーピングまでして連続使用しているのだ。

 賢一の脳は演算に次ぐ演算でオーバーヒート寸前。


 窮地は脱した。

 しかし、戦闘継続は困難。


「ここは退こう」

「逃げるのかっ!!」

「僕にプライドなんてものはないからね。それに……そろそろ面白いものがみられる頃合いだ」

「待て―—」


 尊が龍を操り、数個の頭が賢一を叩き落そうと試みる。

 刹那、渾身の一撃。


 だが、龍の頭は虚空を通過し、空を薙ぎ払った。

 手ごたえのなさは明確な失態の証左。


「逃げられた……か」


 尊は忌々し気に呟き、上空から転移した賢一を追って九頭龍は天を駆ける。

 転移先の予想はついていた。


 奴が興味を示すもの……それは。


「京介……どうか無事であってくれ」


 龍を走らせる尊の胸騒ぎは止まらない。


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