第31話 信じてくれよ



「……それ、絶対に今じゃなきゃダメな話?」

「出来れば今がいい」

「睡眠不足はお肌の大敵なんだよ? 可愛い可愛い妹の美容を犠牲にするだけの価値があるの?」

「そこまで言われるとすげー引き止めにくい。けど、頼む。決心が揺るがないうちに話したい」

「しょうがないにゃあ……」


 ……なんか違う気がするけど、まあいい。


「先にテーブルで待っててくれ。ホットミルクでも作ってくる」

「うん。早くしないとねちゃいそうだからね」

「頑張って起きててもらっていいですかね……」

「それはお兄ちゃんの頑張りしだいです」


 微笑みを残して美桜はリビングのテーブルで待つことに。

 戻ったら寝ていたなんてことがないように手早く作る。

 とはいってもマグカップに注いだ牛乳にはちみつを少々混ぜてレンチンするだけだ。


 程よく温まったマグカップを二つ持ってテーブルに行って、美桜の前に一つ差し出す。

 俺は少し悩んで美桜の隣に座る。


「珍しいね、隣に座るなんて」

「あー、そういう気分なんだ。嫌なら対面行くけど」

「卑屈なところはお兄らしくけど、このままで」

「その心は?」

「寄りかかって寝られる肩が隣にあったら安心する」

「寝落ちする気満々じゃないですか。結構大事な話しようとしてたのに」

「プロポーズはごめんだよ」

「ちげえよ」


 こつん、とバカなことを言っている美桜の頭を小突く。

 いて、とわざとらしく声を出すも、目元は笑っていた。


 出来立てのホットミルクに口をつけてから本題に入る。


「三日後……いや、もう二日後か。ちょっと仕事が入ったんだ。詳しくは言えないけど――それに、賢一が関わってる」

「…………っ」


 美桜は予想もしていなかったのだろう。

 驚愕の他にも怯えや憎悪の色が窺える。

 俺だってこんな表情は見たくないけど、今回の話をするなら避けては通れない。


「残念だけど本当だ。それで、念のため全力を出す必要があるかも……ってことを先に言っておきたかった」


 実際に戦う想定なのが地祇さんだということは伏せる。

 何事にも番狂わせは存在する。

 その時が来て覚悟が出来ていないという事態は極力避けるべきだ。


「美桜がアレを使ってほしくないのはわかってる。けど、今回はどうしても必要だと感じたら使うことになると思う。そういう予感があるんだ」


 嫌な感覚は、残念ながら当たる。

 ただの勘と切り捨てたくとも難しい。


 俺たちができるのは万全の準備を整えることだけ。

 これもその一つ。


「……どうしても、必要なの?」

「多分な」


 あえての曖昧な返事。


「本当に、それはお兄ちゃんがやらなきゃダメなの?」


 美桜が俺の手首に手を重ね、再度問う。

 ほのかな人肌の温もり。

 柔肌と細い指先が存在を確かに伝えてくれる。


 横へ視線を流せば、今にも泣きだしそうな潤んだ黒い瞳と交わった。


「お兄ちゃんだけが背負うなんておかしい。それは、私のせいでもあるのに」

「ひょっとして、美桜は自分がいなかったら俺がこんな力に目覚めずに済んだ……とか思ってるのか?」

「だって……! お兄は私のために心も体も傷ついているのに、私はお兄のためになんにもできてない!」


 美桜にしては珍しく荒げた声で何を言うかと思えば、そんなことか。

 いや、俺にとってはそんなことでも、美桜にしてみれば偽らざる本音というやつなのだろう。


 でも、それは俺も同じだ。


「俺だって、美桜になんにもできちゃいない。異能は押し付けられたものだし、兄としての威厳も皆無。大目に見てルックス下の上、頭は平均、ダメ人間一歩手前な崖っぷちだぞ? 自分で手にしたものなんて一つもない」

「そんなことない! 私が寂しくないようにいつも一緒にいてくれた! 無理を言っても笑って許してくれた! ほかにもいっぱい、いっぱい……私は、お兄に守られてる」

「それを言うなら、俺だって負けないぞ? 疲れてシャワーも浴びずに寝落ちした俺をちゃんと起こしてくれるし、いつもほっぺたが落ちるくらい美味しい料理を作ってくれる。服も似合う奴を買ってきてくれるし、出かけるとなればコーディネートまでしてくれる。至れり尽くせり過ぎて文句なんて出てこないっての」


 どれもこれも、俺にはできないことだ。

 同時に、日常で生きていることを認識させてくれる要素でもある。


「まあ、なんだ。要は適材適所ってやつだよ。そこに優劣はないし、そもそも兄妹って支えあうものだろ? 俺が支えられてる比重が大きい気がするけど、うん」

「……なにそれ。全然、わかんないよ」


 美桜は顔を伏せて首を横に振る。

 そんな美桜の頬に手を当てて、僅かに上を向かせた。


「じゃあ、簡単にいこう。——いつもありがとう、美桜。俺が壊れてないのは、美桜がいてくれるからだ。……これでいいか? 結構恥ずかしいんだけど」


 片手で頭を撫でながら、素面で口にするには躊躇われる言葉を言い切った。


 けれど、言葉にすれば胸に落ちて。


「…………ぅ」

「これでも足りないか……愛の告白でもしたほうがいいのか?」

「っ、ちがっ、その―—」


 突然動き出した美桜の頭から手が離れ、再び俯いてしまう。

 髪の隙間から覗く肌はさっきよりも赤い色。


「別に嫌とか嫌いとかじゃなくて……その、嬉し恥ずかしといいますか。愛を再確認といいますか……」


 顔を両手で隠しながらぶつぶつと小声で繰り返す。

 単に恥ずかしいだけらしい。

 本気で拒絶されていたらどうしようかと思った。


 復帰した美桜は真剣な表情で俺を見て、


「わかった。そこまで言われたら、信じないわけにはいかないよね。だけど、一つだけ約束して。絶対に無理はしないって。必ず帰ってくるって」

「当然。信じてくれよ——世界最強の異能者の兄を、さ」

「うん。信じてる。信じて飛び切り美味しいご飯を作って待ってるよ」


 笑って、指切りをした。

 小指の繋がりが示す先が、俺が戻る日常だ。


 だから恐れず戦える。


「……今更だけど、自分で世界最強っていう気分はどうなの? 正直、聞いてて痛々しいよ。厨二病?」

「薄々感じてた現実突き付けるのやめない????」



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