第30話 話があるんだ



 雨の日の午後。

『異特』が占有するフロアにある会議室にて。


 地祇さんが座ったまま席に座る面々の確認をしたのちに、


「これより、『皓王会』本拠地攻略作戦に向けての作戦会議を始める」


 迫る時に向けての宣言をした。


「まず、進捗の確認をする。伽々里」

「ここからは私が引き継がせていただきます。作戦決行は三日後……金曜日の夜です。現状、『皓王会』本拠地、並びに構成員の大まかな人数や装備、中位異能者ミドル以上に関してはリストアップしています。手元の資料を確認してください」


 全員が配られていた紙の束に目を通す。

 伽々里さんをはじめとした職員が多大な手間暇をかけて作成された資料の信頼度は高い。

 中を見てみれば、地図や写真付きで様々な情報がずらりと並べられている。

 これらを作戦開始日までに頭へ叩き込む必要がある。


「また、要注意人物に関しては個別に記載してある通りです。『白虎』林道泰我、『死刑囚』佐藤賢一、『皓王会』現頭目の皓月千……この三名に関しては事前に対応する人員を振り分けました。まず、皓月千は私……伽々里と有栖川さん、そして十束さんです。続いて佐藤賢一は尊さんの担当です。最後に林道泰我——彼の相手は京介くんに任せます」


 やはりこうなったか。

 基本的には俺も事前に考えていた振り分けだったが、皓月の相手を三人がかりでするとは思わなかった。

 そんな疑問に賛同するように有栖川が静かに挙手する。


「質問よろしいでしょうか」

「はい、有栖川さん」

「どうして私たちは三人での行動なのでしょうか。納得のいく理由をお聞かせください」


 俺と地祇さんは単独なのに、そこだけ複数人なのは俺も気になっていた。

 伽々里さんも立案に関わっている作戦なのだから、絶対に理由はあるはず。


「ええとですね。役割ですが、有栖川さんは基本的に私と十束さんの護衛的なものになります。十束さんは異能の『念話テレパス』でこちらの状況を随時把握してもらうので、守る役割が必要です。そして、私が主に皓月へ対抗するため、有栖川さんは十束さんの護衛と私の戦闘補助という形に落ち着くでしょう」

「伽々里さんが相手を……?」

「最高戦力と呼ぶべき京介くんと尊さんを除けば、一番相性がいいのは私の異能ですから。『転移テレポート』も、事前に飛ぶ場所がわかっていれば追跡できます」

「……そういうことですか。わかりました」


 この振り分けが一番勝算が高いことを理解したのだろう。

 とはいえ気持ち的には完全に納得とは言っていないらしい。

 理由の一端をになっているのは十束まで一緒にいることだろう。

 明らかに苦手意識があるように思える。


 当の十束はそうではないようだが。


「話を戻しますね。他の場所……構成員の拘束などは裏から全員で行います。あらかた片付いてからは天霧さんと阿藏さんを筆頭に一任し、名前付きネームド担当は分かれます。気絶させた構成員は後詰めの職員が捕縛し連行するので放置で構いません」

「逃げられないためにも早さが命だ。心してかかるように。それと、奴らが持っている『禁忌の果実アップル』でドーピングされた異能にも注意しろ。中位ミドルから上位異能者アドバンス並みの戦力が理性のタガを外して襲ってくることになる。生半可な心持では吞まれるぞ」


 地祇さんの注意喚起を受けて俺は横目で有栖川の表情を窺う。

 すると無言で睨み返された……解せぬ。

 心配してみただけなのに、間違ったことをしただろうか。


 逆に考えれば、それだけ元気ってことだ。


 それからは綿密な打ち合わせが続き、長時間にわたって続いた会議を地祇さんが締めくくる。


「臨機応変な対応が必要とされる。だが、ここにいる皆なら心配には及ばない。信じているぞ。それでは―—これにて解散とする。当日までに資料を読み込んでおくように」


 全員が立ち上がり、作戦前の会議は終わった。

 時刻はなんと日付変更の直前にも及んでいたらしい。


 認識した途端、腹の虫が小さく泣き声をあげる。


 さっさと帰って美桜が作り置きしてくれている夕飯を食べて寝よう。

 各々別れ、タクシーに揺られて家へ帰宅。

 当然ながら美桜は寝ているようで、家の中は静かだ。


 先にシャワーを浴びて着替え、作り置きされていた夕食をレンジで温める。

 今日は唐揚げとサラダ、それと鍋の中に残っている味噌汁らしい。

 しっかりと味わって食べて使った食器を洗っていると、リビングのドアが開くのが見えた。


「……あ、お兄。お帰り」

「ああ、ただいま。目が覚めたのか?」

「うーん……まあ、そんなところ」


 ぽやぽやとしたまま返事を返す美桜。

 寝ぼけているのではなかろうか。

 覚束無い足取りでキッチンまでくると、コップに水を注いでコクコクと飲み始める。


「ふう。あ、ご飯食べた?」

「ついさっきな食べたよ。美味しかった、いつもありがとう」

「えへへ……なんか真正面から言われると少しだけ気恥しいね」

「そういうものか?」

「そういうものなんです」


 うんうんと縦に首を振る美桜。

 髪を緩く束ねた姿も天使のようにかわいいな。

 眠気が吹き飛ぶ気がする。


「えっと、どうしてそんなに見られてるのかな」

「……ん、ちょっと考え事をしていてな」

「そんな返しをされたのは初めてだよ」


 軽い対応が今は助かる。

 迷いにも踏ん切りがつきそうだ。


 ゆっくりと空気を吸い込み、これまたゆっくりと吐く。

 数度と繰り返して緊張を身体から追い出し、美桜と向き合う。


「――美桜、少し話があるんだ」


 そう、切り出した。


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