第24話 変わること
「――お嬢様のお口に合うかは知りませんが、ほれ」
リビングのテーブルに座って待っていた有栖川の前へ作りたての料理をサーブする。
俺が昼食として冷蔵庫のあり物で作ったのは、ごくごく普通のオムライス。
チキンライスに少し固めに焼かれた玉子の幕を被せた一品。
決して逸品ではない。
美桜のように上手く半熟には出来なかった。
「……これを貴方が」
「疑ってんのか? バッチリ作るところは見ていたくせに」
「おかしなものが混入しないか監視していただけです」
「なら大丈夫だ。おかしなものが入ってるとすれば無意識に滲み出た俺の愛情とか――あっ、無言で引くのやめてくれない??」
「気持ち悪いことを言っている自覚があるようでなによりです」
自滅な気もするが、さもありなん。
有栖川の対面に座って手を合わせる。
「心配なら俺が先に毒味でもしようか? 毒なんて入れてないけどさ」
「好きにしてください」
突っぱねられながらも俺は黄金色の表面へスプーンを沈める。
もちろん自分のやつだ。
一口分を掬って口へ運ぶ。
……うん、まずまずの出来だ。
卵も及第点ではなかろうか。
美桜の手料理には負けるものの、自分で食べる分にはなんの問題もない。
次々と食べ進める俺を見てか、有栖川も一口目へ。
優雅な所作に一瞬だけ魅入られるも、落ち着かないかと視線を逸らす。
有栖川はこれでも筋金入りのお嬢様。
果たして庶民の味が口に合うかどうか――
「――女性の食事風景を観察する性癖でもあるのですか」
「そんな性癖は断じてない」
「では、何故?」
「さりげなく自分に原因があるという可能性を排しているところに有栖川らしさを感じるが……まあ、作った手前、味の感想が気になるというか」
いくら自分の中では普通と思っていても、人の目って気になるじゃん?
料理を美桜以外に振る舞うなんて初めてのことだから、興味があったのだ。
すると、有栖川はオムライスへ視線を落として。
「食べられる程度には美味しいかと」
淡々とした口調で感想を述べて、また一口。
それがどうしてか嬉しくて。
「有栖川からお墨付きを貰えるとは作った甲斐があった」
「……そうですか。どうでもいいですけど、顔がにやけていて気持ち悪いです」
「うっさい。もっとボロクソに言われると思ってたからな。勝利に浸らせろ」
「勝敗の要素あります?」
有栖川のジト目を躱しつつ昼食を食べ進める。
昼食を共にするのもいい加減慣れたな。
あれだけ普段の生活では関わらないようにとしていた数年が、ここ最近で嘘のように崩壊した。
自分で何かをした覚えはなく、大体全部が有栖川の手によるもの。
悲しいかな、学院で俺は有栖川に逆らうことが出来ないのだから。
とはいえ、この時間が苦痛かと問われればそうとも限らなくて。
今となっては雑談くらいの会話はこなせるようになってきたし、居心地もさほど悪くない。
表も裏も知っている同士だからか、互いが踏み込んで欲しくない領域を理解している。
「変わったなあ、俺も」
「変わりませんよ、貴方は」
「生きてりゃ何かしら変わるだろ。身体はともかく考え方とかさ」
「瑣末なことですね。根幹をなす部分は、そう揺るぎません」
「一理ある」
細かな部分が変わっても、確かに根っこは変わっていない。
俺が望むのは美桜と過ごす平穏な日々。
一度失ったからこそ二度と手放さないようにと誓った、どうということのない平和。
戦う理由は今も昔も大きく変わっていなかったか。
そこに有栖川とか『異特』の面々が加わっただけで――
「……そういうことか」
「勝手に納得しましたね」
「今の今まで無意識だったことに気づいたというか、長年の疑問が氷解したというか」
「おめでたいですね」
「そこはおめでとうと言って欲しかった」
なんて、軽口を叩き合える関係性が大切なのだと気づいてしまった。
言葉として伝えるには恥ずかしすぎて、口に出そうなんて露ほども思わない。
この感情は心の戸棚にしまい込んで後生大事にしていたいもので。
昼食を終えてからも沈黙と会話を繰り返しているうちに日が暮れて、
「――ただいまーっ!」
「帰りましたー!」
二重奏の声が玄関から響いた。
リビングまで来た二人は両手に荷物を抱えているのに、どこか楽しげな表情だ。
「おかえり、二人とも。で、なにその荷物」
「これ? 夕食の材料とか、服とか、色々! ちゃんとお小遣いでやりくりしてるから大丈夫だよーっ」
「その心配はしてないって。楽しそうならなにより」
「ほんとは有栖川さんともお買い物したかったんだけどね。なんと寝坊助お兄ちゃんとのお留守番を自分から引き受けてくれたんだよ」
「寝てても留守番くらい出来るって。それよりも有栖川が自分から引き受けたってとこの方が驚きなんだが」
「十束さんの荷物を目覚めた貴方が熟練の手口で漁らないとも限りませんから」
「……腰を据えて話し合いしたほうがいい?」
俺の精神力は美桜という超絶美少女と一つ屋根の下で暮らしている時点でカンスト済みだ。
「冗談です。貴方にそんなことをする勇気がないのは知っていますし」
「正当な評価のはずなのに釈然としない」
「先輩はそんなことしませんよー。瑞葉的には見られて恥ずかしいものは入っていないので構いませんけどー?」
「あざとさ全面アピールはやめろ。モテない男子高校生はちょろいんだぞ? ガチ恋モード入るぞ?」
「おふざけはその辺にしておこうねー。お兄も真に受けたらダメだよ?」
「わかってるわかってる。多分恐らくきっとメイビーわかってる」
「全然わかってなさそうですね」
はあ、と有栖川が首を振りつつ呟く。
なんだその「手遅れです」とでも言いたげな目は。
俺のメンタルは鋼ぞ? カッチカチぞ?
でも、大変なのはこれからか。
十束と有栖川が家に泊まるんだろ?
俺のメンタル擦り切れないか心配だわ。
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