第23話 姦しいお泊まり会

改めて『皓王会はくおうかい』を確保するために『異特』が動き出したのだが、俺はというと――


「お兄ーっ! 休校だからってぐうたらしないのーっ」

「わかった! わかったから腹に馬乗りはやめて! 夕飯飛び出る!」

「だって、こうでもしないと起きないじゃん」


 端的に言って怠惰たいだをむさぼっていた。

 だって休校だよ? あとくされない正式な休みだよ?

 そんなのグダグダするにきまってるじゃん。


「早く起きてー。ダメ人間になっちゃうよー」

「まだダメ人間じゃないと逆説的に認めてくれている点にお兄ちゃんは涙を禁じ得ないな」

「そりゃあ、妹ですから。お兄はここぞという時に頼りになるのを知ってるからね」


 仰向けに眠っていた俺の腹の上で「てへっ」と小さく舌を出して言ってのける美桜。

 可愛さ百万点だ。

 守りたいこの笑顔。


 いいえ、俺が守ります。


 素面しらふで妹万歳な思考を続けつつも、美桜がどいたので布団をはいで起き上がる。

 時刻は午前九時を過ぎたくらい。

 最近は細々とした仕事が多いため睡眠時間が多くなっていけないな。


「ごはんも出来てるけど、どうするー?」

「ありがたくいただきます」

「よろしい。リビングに来る前に着替えてきなよーっ」


 美桜は言い残してせわしなく部屋を去っていた。

 ばたん、と扉が閉じて。


「あっ、そうだ! 言い忘れてた!」

「んのわっ⁉」


 勢いよく扉が開いて。


「――今日、うちでお泊り会することになったから!」


 陰キャには理解できない単語を言い残して消えていった。




「お邪魔しまーす!」

「瑞葉ちゃん! さあさあ入って!」


 午前中、家にやってきたのは大きなトランクを引く十束だった。

 春らしいパステルカラーの装いがよく似合っている。


『来ちゃいましたっ』


 わざわざ『念話テレパス』で俺だけに伝え、あざといウインク。

 俺だから致命傷で済んでるが免疫のない人は死ぬからな。

 裏表があるとはいえ、十束が美少女なのに変わりはない。


 まあ、うちの美桜には敵わないがな‼


「瑞葉、友達の家でお泊り会って初めてです!」

「私も!」


 微笑ましいやり取りを交わす二人を見て、ほんの少し胸の奥が痛む。

 いや、別にここまで仲がいい友人がうらやましいとかちっとも思ってないんだけどさ?

 うん、友達とかいらない。

いらな……ごめんなさい調子乗りました。


 どうせ俺はぼっちさ‼

 俺が持ってる連絡先なんてほぼ『異特』関連だよ‼


 心の叫びは表に出さず、視線を十束が引いてきたトランクへ。


「元気なのはいいが、ずいぶんな多荷物だな」

「せんぱーい、女の子には必要なものが多いんです」

「お兄も女の子になれば理解できるかもね。一度女装でもしてみる?」

「それおぞましいクリーチャーが出来上がるだけだからな??」

「想像したらちょっと面白いのずるいと思います。ぷっ」


 なにやら十束の中で俺の女装姿がツボに入ったらしく、口元を押さえて声を漏らしている。

 人の容姿を笑うとは失礼な……と言いたいものの、実際想像したら滑稽こっけい過ぎるので仕方ない。

 軽く検閲けんえつが入りそうなクリーチャーだな。


「まあ、とにかく中に入ってくれ。荷物は重いなら俺が持っていくけどどうする?」

「ならお願いしまーす」


 十束に差し出された荷物に『物体浮遊フロート』を使用し、床からわずかに浮かせてリビングへ運ぶ。

 中身のことは極力考えない。

 乙女には秘密がいっぱいらしいからな。


「それで、お泊り会ってことなら十束一人ってわけじゃないんだろ?」

「うん。実はもう一人呼んでるけど、来てくれるかなぁ」

「あっ、瑞葉わかっちゃったかも。もしかして、あの人?」


 得心がいった表情で十束は手を打つ。

 それに合わせて、美桜もうんと頷く。


「えっ、誰? 俺も知ってる人?」

「それは来てからのお楽しみだよ、お兄」


 ふふ、と笑って。


「じゃあ、今日もいっぱいお話しようね!」

「うん!」


 二人が美桜の部屋へと消えたところで、俺も自分の部屋へ戻る。

 美桜が着実に兄離れしていることへ一抹の寂しさを感じつつベッドに寝転がる。

 これは昼まで不貞寝して傷ついた心を癒すしかない。


 寝入るために瞼を閉じてから、ズボンのポケットに入れていたスマホがピロンと着信を告げた。

 メッセージなら緊急性は薄いだろうと考え、内容を見るまでもなく無視。

 どうせニュースか公式アカウントからのセールスだ。


 人からの連絡である可能性を無意識に排している。


 ともあれ、今は眠りたい。

 平日の午前中から二度寝とは罪深くも甘美な魅力があって抗えないのだよ。

 世の中で汗水たらして仕事に勤しむ人たちの姿を想像してほくそえみ、布団をかぶる。

 そのまま瞼を閉じていれば、だんだんと眠気に誘われて――



「――っ」


 ふと意識が半端に覚醒し、目ぼけたまま目を開けば。


「ようやく起きましたか。待ちくたびれましたよ」


 聞き覚えのある声音が、ちょうどベッドのそばから聞こえた。

 ぼやけた視界の端に映り込む銀色の毛束と組まれた長い脚。

 寝ぼけているのだろう。

 きっともう一度寝て起きればすっきり目覚められるはず――


「寝ようとしないでください。貴方の寝顔にそこまでの価値はありませんよ」

「いっ⁉」


 額に痛みが走り目を見開き起き上がれば、目の前に有栖川が不機嫌そうに腕をこちらへ突き出していた。

 さっきの痛みはデコピンか? めちゃくちゃ痛かったんだが。

 いや、この際それはどうでもいい。


 どういう状況だ????

 ここは俺の家で、俺の部屋で――どんな経緯を踏めば有栖川がベットのそばにいることへ繋がるのか。

 てか、もしかして起きるまでずっと寝顔を見られてた?


「つかぬことをお聞きいたしますが、有栖川さんはいついらしたので?」

「ほんの一時間ほど前、十一時すぎですが」


 素早く時計を確認。

 短針は12を僅かに過ぎたくらいだ。


「で、なんで俺の部屋に?」

「美桜ちゃんに誘われたからですよ。お泊り会をしませんか、と」

「は? マジ?」


 美桜と十束がいっていたのは、まさか有栖川?

 冗談じゃないが、冗談を言っているような雰囲気でもない。


 つまりは、そういうことらしい。


「いや、どういうことだよ」

「それは私のセリフです。来てみれば貴方は怠惰に寝ていますし、いけ好かない新入りまでいますし」

「有栖川が俺の部屋にいるのが既に異常事態だと言いたい」

「私だって不本意ですよ。美桜ちゃんに頼まれなければ誰が貴方なんかと同じ空気を吸っていようと思いますか」

「辛辣が過ぎる」


 陰キャに生存権は存在しないのだろうか。

 それにしても、美桜と十束がいるのに静かすぎるな。

 この時間帯なら美桜が昼の用意をしていてもおかしくないはず。


「ああ、美桜ちゃんと猫かぶりは二人で外出しています」

「そうだったのか。てことは、今家には俺と有栖川だけ?」


 さび付いたブリキの人形のように鈍い視点移動で有栖川の顔を見た。


 さささ、と有栖川が無言で退く。


「絶対に不埒ふらちな妄想をしていましたね。その獣欲に満ちた目を私に向けないでいただけますか。視線だけで清廉せいれんな私がけがれてしまいそうです」

冤罪えんざいだ!」

「どうでしょうね」


 冷たくあしらわれながらも、ため息を一つ。

 慣れ親しんだいつもの空気感だ。

 それがどうして、心地いい。


 有栖川が苦手で俺のような陰キャとは本来交わることのない人類であることに疑いはない。

 だが、存外に気は楽だ。


「あー、帰りの時間とか聞いてるか?」

「夕方ごろと言っていましたね」

「そうか。なら、昼飯は自分で作るか。何かリクエストはあるか? そんなに手の込んだものは作れないがな」

「私の分も作ると?」

「そういってるだろ。俺が作ったものなんて食いたくないってことなら、自分で何とかしてくれ」

「いえ。折角ですし、食べてあげなくもないです。泣いて喜んでいただいてもいいのですよ」

「誰が泣くか。まあ、いいや。とりあえず冷蔵庫の中身を確認してこよう。話はそれからだ」

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