第22話 創られた『異極者』

「――というのが、今回起こった学院襲撃事件に関して現状判明していることの報告になります」

伽々里かがり、ご苦労。急な任務にあたってくれた京介と有栖川もよくやってくれた」


 一夜明けての午前中。

『異特』が占有する会議室で事件に関する報告会が行われていた。

 出席しているのは俺、有栖川、十束、地祇さんと伽々里さん、凪先生とほか数名。

 平日なのに学生の俺と有栖川がいるのは、学院が期限未定の臨時休校となったからだ。

 学院は現在関係者以外立ち入り禁止となっていて、日夜詳細な情報を欲するマスコミが押しかけているとか。


 国営の学院が許した前代未聞の不祥事。

 世間の注目度は高い。


 俺たち『異特』も早急に対策を講じる必要がある。


「まさか『皓王会はくおうかい』が学院へ直接乗り込んで、あまつさえ地下情報室のデータを盗み出すとは。しかも、あの佐藤賢一の存在まで確認された。無関係とは考えにくい」

「いよいよ面倒なことになってきましたね。こっちの手の内もばれているでしょうし、早いうちに潰さないと手遅れになりますよ」

「その通りですね。情報も不十分なうえに、ドーピング薬と思われる『禁忌の果実アップル』の成分もはっきりしていませんし」


 地祇ちぎさん伽々里さん、凪先生と続く。

 目下の問題は山積みだ。

 しかも、全てが関連している可能性も浮上してきた。

『皓王会』、『禁忌の果実』、死刑囚『佐藤賢一』の存在。

 的確な対応が望まれるが、嫌な予感はぬぐえない。


「第一、収監されているはずの佐藤賢一がなぜ『皓王会』にいるのでしょうか」

「伽々里の疑問はもっともだな。有力なのは、やはり内通者だろう。死刑囚を秘密裏に外部へ出すならば、相応の地位を持つ者が手引きしている可能性が高い」


 それは俺も考えていた。

 異能犯罪による死刑囚を『異特』の面々に悟られることなく娑婆しゃばへ出すとなれば、限られたルートで行われているものだろう。

 たとえば国家公安委員会であったり、警察庁のお偉いさんだったり。

 詳しいことはわからないが、それで得をする人間による仕業だろう。


 と、なれば。


「地祇さんが知らないってなると、まさか官僚クラスか? あのクソを世に放つリスクとリターンを考えれば、ない話じゃないと思う。悔しいけどアレの頭の出来は天才のそれだ。なにせ、俺はあいつに改造を施されて異能者になったので」


 忌々しげに言葉を吐くと、参加していた一同がざわめいた。

 動じていないのは俺の事情を知っている地祇さんと凪先生、それと知らないはずの有栖川だけ。

 ほんとぶれないよなあ……その精神性は尊敬するよ。


「京介、ここで言ってもよかったのか?」

「構いません。それに、賢一の危険性を伝えるならこれよりわかりやすい事例もないですし。いずれ、話さなければならないことですから。

「きょきょきょきょ、京ちゃんが改造された異能者ってどういうことですかっ⁉」

「先輩ってサイボーグだったんですか?」

「俺はサイボーグじゃないし、伽々里さんは少し落ち着いてください。順番に話しますから」


 動揺を隠せないでいる伽々里さんを鎮め、ふざけたことをぬかす十束に的確な突っ込みを入れつつ話の格子を組み立てる。

 どこから話したものか……正直、俺に記憶として残っているものは多くない。

 昔の記憶の一部は実験の後遺症で吹き飛んでいるのだ。


 覚えているのは身を裂くような苦痛と狂気に満ちた嗤い声。

 そして、幼い美桜の泣いている顔だ。


 思い返すだけではらわたが煮えくり返ってくる。

 だが、それでも。


「うまく話せるかわかりませんが。聞いてもらえますか」


 今が過去と向き合う時だ。



「――これで、俺が知っていることは全部です。役に立つかはわかりませんが、参考程度にお願いします」

「酷い、酷すぎますっ。佐藤賢一、噂に違わない狂人ですね」

「先輩も苦労してたんですね。それに、美桜ちゃんまで……許せません」


 ぎゅっと両手を握りしめる伽々里さんと、目を伏せて呟く十束。

 他の面々にも重い沈黙が下りて。


「だからなんだというのですか。改造をされていようが、サイボーグだろうが、脳をいじられていようが、昔の記憶がなかろうが――佐藤京介という人間であることに変わりはないでしょう?」


 有栖川が空気を裂いて平然と言い放つ。

 普段と変わらない口調で、雰囲気で、表情で。


 でも。


 そんな有栖川が、今だけはありがたく感じる。


「……簡単に言ってくれるな。一世一代の告白だってのに、簡単に流されると俺も辛いんだが」

「貴方からの告白なんてどうでもいいんですよ。そんなに私たちの同情を誘いたいんですか?」

「そんなつもりは」

「でしょうね、知っています。貴方はいつもそうですから」


 柔らかに微笑んだ。


 言葉の真意なんて図りきれないけれど。

 多分、有栖川なりの気遣いだったのだろう。


 強さも弱さも全部ひっくるめて一人の人間だと。

 散々俺に弱い面を見せた有栖川だからこそ、染みていく。


「ああ、もう。今のは忘れてください」

「つくづく思うけど有栖川ってツンツンツンデレだな」

「誰が誰にデレたと? 妄想は心の中だけに留めてください」

「そういうとこだよ。でも、おかげで目が覚めた。ありがとな」

「お礼を言われる筋合いはありません」


 ふん、と鼻を鳴らして有栖川は顔を背けた。

 ほんと素直じゃないな。


 部屋を見渡せば、こみ上げる笑いを堪えている人が多数。

 有栖川のこんな姿はレアだから仕方ない。


 和んだ空気の中で、


「京介の話は全て真実だ。俺が保証しよう。そのうえで、京介がここにふさわしくない……などという者は挙手を」


 地祇さんの呼びかけが部屋に広がるものの。

 誰一人として動く者はいなかった。


「尊さーん、その質問って意味ないですよー? 京ちゃんは私たちの大切な仲間です!」

「京介君には何の罪もないのだから当然よ。それに、うちの貴重な戦力なんだから逃がすわけないでしょう?」

「先輩は先輩ですし、瑞葉は自分の仕事をこなすだけですし」

「貴方は犬のように働いていればいいのです」


 口々に上がる言葉は暖かいもので。


「勿体ないな。俺みたいなのには、とてもじゃないけど釣り合わない」


 努力もなしに『異極者ハイエンド』となった俺は異質な存在だ。

 ここにいるのは一人残らず天才で、努力も怠ってはいない。


「バカですか、貴方は」

「は、え?」

「それは傲慢ごうまんです。どんな理由があったとしても、貴方がやってきたことは変わりません。何度も言わせないでください」

「そうだぞ、京介。もしその力に引け目があるなら無理にとは言わない。だが、仲間くらい信じてくれ。俺はこれでも『異極者ハイエンド』だからな」

「有栖川、それに地祇さんも。ああ、そうですね。過去を突き付けられてトラウマスイッチ入ってたかもしれません」


 こんなのぜんぜん俺らしくない。


 細かいことを考えていられるほど器用じゃないだろ。

 俺は大切だと、守りたいと思う人のために力を使えばいい。


 簡単で、単純ゆえに誰もができることじゃない。


 だから俺が――『異極者ハイエンド』がいるんだ。


「もう大丈夫です。自分のやるべきことがはっきりしました」

「そうか」


 地祇さんは静かに頷き、立ち上がる。


「皆、これから忙しくなるだろう。各々――健闘を祈る」

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