第21話 予期せぬ再会

 爆発的な加速を伴って、懐まで潜り込まれた。

 目で追うのがギリギリ間に合うレベルの速度。

 突き出された爪が腹へ届くという寸前、『隔壁ホライゾン』を滑り込ませ軌道を逸らして身をよじる。

 瞬間、力の均衡は大男へと傾き真正面から砕かれた。


 勘に従って正解だった。

 あのまま緊急回避をしなければ腹に大穴が開いていたな。

 にしても、まさか力負けするとは驚いた。


 観察のためにも大きく後方に跳躍して距離をとると、男が心底楽しげに笑いながら口を開く。


「殺ったと思ったんだがなあ。だが、おかげでお前が何者か分かったぜ。『異特』の『異極者ハイエンド』、『暁鴉ぎょうあ』だろ。レベル9の俺が力でギリギリなら、そりゃあ『異極者ハイエンド』しかありえねえ」

「その名前、どこまで定着してんだよ。厨二病は卒業してくれ」

「知るか。それより――心躍る闘争を楽しもうぜェッ‼」


 再びの突撃を余裕をもって見ることが出来た。

 基本的にこの男の攻撃は徒手格闘のみ。

 異能は変身系のようだが、レベル9となれば身体能力の強化はすさまじい。

異極者ハイエンド』の念動系キネシスに辛うじて分類される俺よりも、そこだけは上かもしれない。


 しかも、自分の強みを理解して押し付けようと接近戦に持ち込もうとしてくる。

 研ぎ澄まされた技術と天性の戦闘センスが相まって、非常に戦いにくい。

 異能で攻撃しようとしても紙一重で回避されるし――


「いい‼ いいぞ‼ 俺は今、猛烈に生を実感しているぞッ‼」

「うるせえ‼」


 苛烈な攻め手をさばきつつ、こちらも異能で応戦する。

 単純な攻撃はあたらない。

 ならば、確実に当たるように仕向ければいい。


 近接戦をこなしつつ床面と空中に力場を設置。

 異能が通用することは確認している。

 これは少しでも動きを鈍らせられれば御の字。


 大砲のような威力の拳打がペストマスクのくちばしをかすめ、ぴしりとひびが入った。


 死の気配が薄らと足元から這い上がってくる。

 されど恐怖は感じない。


 戦っているのは俺だけじゃないから。


(有栖川は、大丈夫そうだな)


 猛攻を防ぎつつ、もう一つの戦場を形成する有栖川の様子を確認する。

 そっちは決着が近いようだった。

 銃火器は刃で削り取られ使い物にならず、もう何人も床に倒れ伏していた。

 前回の失敗からか実体と虚実体ヴォイドを織り交ぜて戦っているらしい。


 器用だな、ほんと。


「そっちの連れは全部のされてるみたいだが?」

「はっ、雑魚どもが。使えねェ」


 吐き捨て、


「ちったあ役にたてや‼ 『禁忌の果実アップル』を使え‼」


 叫ぶと、周囲の男たちは一瞬躊躇ちゅうちょするような素振りを見せてから奥歯を噛み締める。

 何かをかみ砕いたような音が微かに聞こえた。

 予め奥歯にでも仕込んでいたのか。


 それにしても『禁忌の果実アップル』ねえ……嫌な予感しかしねえ。

 こういう時の俺の勘は残念なことによく当たる。


「あ、ああ、あ゛っ‼」


 男が首筋を一心不乱に掻きむしりながら獣の如き唸り声をあげた。

 一人の変化を皮切りに、男たちへ狂気が伝播でんぱしていく。


 それは、原宿で遭遇した正気を失っていた男によく似ていた。


『多分、今のが件のドーピング薬だ』

『今度こそ醜態しゅうたいは晒しません』

『頼むぞほんと』


 軽口を叩けるくらい精神が安定しているなら心配は不要か。

 俺がやるべきは迅速な制圧――一撃で仕留める。


 範囲を指定、威力の制限は無し。

 数箇所に分けて重力地点を設置し、回避を困難に。

 外側に『反重力アンチ・グラビティ』を展開して動きを限定化。


 最低でも数時間は眠っていてもらおう。


「――『壊黒天カオスルイン』」


 反応したところで遅い。


 どれだけ早く強靭な肉体であろうとも――世界の重さ・・から逃れることは叶わない。


反重力アンチ・グラビティ』によって無重力化した所へ、強制的に外から内への指向性を持った重力を放って男を捕えた。


「ぬおオォォォォオオッ‼‼」


 必死の抵抗を見せる男だが、僅かに身を動かすのが関の山。

 回避不能、自慢の脚も膂力も役には立たない。


 男の正中線を貫くように重力地帯を発生。

 場所を固定させ、その間に男の頭上にある空気を重力で圧縮する。

 圧縮された空気は高温の爆弾へ姿を変え、重力と共に叩きつけた。


「ああああああアアアアアアアアぁァぁぁァッ‼⁉⁉」


 膨大な熱量から逃げられず、玉の汗を額に浮かべながら喉が枯れんばかりの呻き声を上げる男。

 なまじ異能強度が高い分、苦しむ時間が伸びている。

 とはいえ、それも数秒程度の差だ。


 十を過ぎた頃、男に限界が訪れたのか白目を剥いて空いた口からあぶくを吹く。

 命まで取る気はないのですぐさま異能を解除。

 重さから開放された男の身体が床へ投げ出される。


 これで俺の仕事は終わりだ。


(有栖川は、っと)


 隣を確認すれば、そちらは室内だというのに天変地異が顕現していた。

 暴風が吹き荒れ、まばゆい光が部屋を埋め尽くし、爆撃落雷精神干渉と多種多様な異能攻撃が有栖川へ殺到している。


 だが、有栖川は尽くを斬り刻む。

剣刃舞踏ブレードダンス』、その名に恥じない銀刃の嵐が巻き起こった。

 運良く刃の結界を抜けても、身近に顕現させている四本の剣が有栖川を守護し続ける。


 異能の猛威を凌ぎきった有栖川は驚愕きょうがくする男たちへと疾駆し、次々と虚実体ヴォイドへ切り替えた剣刃で通り魔的に一刀両断していく。

 精神へ傷を刻む有栖川の笑い声がインカムから聞こえてきたのはご愛敬だ。


 数分もすれば、立っているのは俺と有栖川だけ。


「終わりだな。後はデータが盗まれていないかだけど」


 確認のためにコンソールへ近づいたとき、


「――残念だが、遅い」


 しゃがれた男の声が背後から響いた。

 咄嗟とっさに振り向けば、そこには見知った白衣の男と長身痩躯そうくの男が並んでいる。

 反射的に『過重力ハイ・プレッシャー』で床に膝をつかせようとするも、二人は涼しい顔で立ったままだ。


 自然と全身の筋肉が強張る。

 のどに粘土でも詰まったかのような閉塞感。

 急速に乾いた口が酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。


 湧き上がる感情は憎悪と殺意。

 奴は天才的な頭脳を持ち合わせながらも人体実験に手を染め、六年前に逮捕された死刑を待つだけの生ける屍。

 そして、俺と美桜の人生を歪めた張本人であり――実の父親。


「おいおい、どんな事情があったらこんなところであんたに会うんだよ。目障りだから今すぐ自死するか俺に殺されるか選んでくれ」

「血を分け合った親子の涙の再会だというのに、その態度はいただけないな。元気だったか、京介。美桜は――」

「黙れよ」


 殺す気で全力全開の『過重力ハイ・プレッシャー』を浴びせるも、二人が影響を受けている様子はない。

異極者ハイエンド』の影響を受けないなんて有り得ないはずだ。

 相手も同等の異能者でもない限り。


 憶測おくそくは無駄か。


「そう短気を起こすのは感心しないね。京介は私の異能を知らないが、僕は京介の異能を知り尽くしている。京介は僕の最高傑作だからね」

「人をもの扱いしやがって。反吐が出る」

「毛嫌いされたものだ。だが、今日の目的は戦うことじゃない。僕たちは撤退させてもらうよ」

「っ、待て」


 逃がさないように足止めする前に、二人はいつの間にか大男の首根っこを掴んだまま煙のように消えてしまった。

 隣にいた痩躯そうくの男の異能――『転移テレポート』とかだろう。

 だとすれば追跡は難しいか。

 早々に見切りをつけるも、思わず舌打ちをした。


 ああ、くそ。

 どうしようもなく腹が立つ。


「佐藤恭介。どうやらデータは送信済みのようです」

「…………」

「無視しているのですか?」

「…………」

「……っ」


 唐突に頬へ走るじんとした痛み。

 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、どうやら俺は有栖川に頬をはたかれたらしい。


「何でたたかれたのっ⁉ 気に障ることでもした⁉」

「無視していた自覚がないのですかそうですか。私の言葉なんて聞く価値がない、と」

「思考が飛躍しすぎだろ。聞いてなかったのは事実だけどさ。ちょっと、因縁の相手って奴に遭遇して気が立ってた」

「貴方のような人間に因縁の相手と認定される側には心底同情しますが……あの白衣の男は」

「佐藤賢一。名前くらいは知っているはずだ。昔、『超越者創造計画イクシード・プロジェクト』って人体実験を主導していた天才研究者であり、俺の父親だ」

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