第17話 わからん

「聞いたなッ‼ これは紛れもない非常事態だ! だが落ち着け! 運動場のセキュリティは正常に作動している。学院も既に手を打っているはずだ!」


 静香さんが声を荒らげるも、一度混乱に陥った生徒の冷静さは失われたままだ。

 こうした状況に備えての訓練は年に数度あるものの、実際に起きてしまえばパニックになっても仕方ない。

 舌打ち、再び静香さんが叫ぼうとした瞬間。


「――伏せてッ‼」


 有栖川の警告。

 同時に運動場の入口の扉を大型トラックが突き破った。

 ひしゃげた鉄の扉が逃げ遅れた生徒を押し潰すかに思われたが、寸前で銀色の風が粉微塵に切り刻み難を逃れる。


 トラックの後方から降りてきたのは銃火器で武装した覆面の集団。

 突撃銃の銃口を生徒へ向けて、


「静かにしろッ‼ 死にたくなかったら抵抗するな。俺たちは『皓王会はくおうかい』。君たちには交渉をするための人質になってもらう」

「『皓王会』っ」

「あんたは教師か。俺たちのことも知ってるよなあ? 下手な真似はオススメしないぜ」


 リーダー格と思しき男は銃口を天井へ向けて、引鉄ひきがねを引いた。

 マズルフラッシュと共に乾いた銃声が響き、硝煙の臭いが微かに漂う。


「ちゃんと実弾が入ってる。穴だらけになりたくなけりゃ震えて待ってな」


 一同がゲラゲラと下卑た笑いを上げる。

 レベル3以下の下位ロー異能者ならば銃火器で十分に対応が可能だ。


 後手に回ってしまった以上、従うほかない。

 静香さんも有栖川も考えは同じようだ。

 待っていれば隙が生まれる可能性もある。


 奴らは交渉をしに来たと言っていた。

 であれば、何もしなければ交渉材料の人質へ危害を加えるとは思えない。

 俺が異能制限を取り払って無理やり制圧しなかったのは、他の状況が把握出来ていないから。

 ここだけ守れたところで他の生徒が殺されれば意味が無い。


「お前ら、こいつらを動けないように縛っておけ」


 男は部下へ指示を出して、インカムを使って誰かへ連絡していた。

 覆面達は手分けして生徒の手足を縄で縛り、数箇所に分けて座らせる。

 途中で変な気を起こさせないためだろう。

 生徒は発砲に怯えて逆らう者はいない。

 蛮勇な人が居なくて助かった。


 静香さんは一人だけ異能絶縁の手錠をかけられてトラックの後方へ連れられていく。

 あの手錠は正規品……ということは、伝手を使って入手したのか。

 対策が徹底してるな。


 俺も手足を縛られて床へ乱暴に倒される。

 傷つくプライドがないのはこういう時に良いな。

 ほんとか?


 緊張感に欠ける思考を中断して場の趨勢すうせいを見定めていると、


「――おいおい、随分な上玉じゃねぇか」


 連絡を終えた男が有栖川へ目をつけ、口の端を大きく歪めていた。

 剥き出しの欲望に満ちた粘つく視線に耐えかねてか、有栖川は僅かにたじろぐ。


「っ、下劣な眼ね。程度が知れるわ」

「強気系お嬢様ってか? いいねぇ、そそるわ。そういう顔の女をグチャグチャにするの、大好きなんだよ」

「性根まで腐っているのね。地獄に落ちなさい」

「生憎と予定はないんだ。お前は人質、危害を加えるつもりはない。まあ、怪我をさせないってだけで少しは楽しませてもらうけどな」


 言って、男の手が有栖川の胸元へ伸びる。


「っ、やめなさい」

「やめるのはお前だよ。もし異能を使おうとすれば、どうなるかわかるよな?」


 男たちはこれみよがしに生徒の頭へ銃口を突きつけた。

 目に見える脅迫。

 予め俺たちの調べはついているらしい。

 強力な異能者を封じて優位を確保する作戦か。

 この場では静香さんと有栖川。

 全くもって有効な戦術だよ。


 流石の有栖川も生徒を人質に取られてはどうしようもない。

 教員という立場の静香さんも言わずもがな。


 だが、だからこそ油断を誘える。


「そうやって私をはずかしめるつもり?」

「ああ。お前には効果的だろう? 有栖川家の御令嬢さん」

「まさかあの事を知って――」

「さあな」


 ニヤリと嗤いながら男は有栖川の胸を鷲掴わしづかみにし、乱暴に揉みしだく。

 劣情の捌け口にされる有栖川の表情は恥辱に染まり、蒼の瞳に怒りと欠片ほどの怯えが宿る。


「どれだけ強い異能を持っていても、使えなけりゃただの小娘だ。なあ?」

「――最低……ねっ、絶対に後悔させるわ」

「はっ、健気だねぇ。本当はチビっちまうくらい怖ぇんだろ? 脚震えてんぜ?」

「…………ッ」

「まあいい。面白いものが見れただけでも良しとするか。こいつも手錠嵌めとけ。監視も厳重にな」


 胸元を押された有栖川は突き飛ばされ、尻もちをつきながらも男を睨めつける。

 だが、直ぐに仲間が有栖川の手首に手錠を嵌め、手足を縄で縛って無力化した。

 有栖川が何とかしてくれると思っていた生徒の淡い希望が打ち砕かれた瞬間だった。


(さて、ここからどうするか)


 有栖川は身動きが取れず、静香さんとも意思の疎通が出来ない。

 他の場所も似たような状況なのか分からないし、判断材料が少なすぎる。

 せめてなにかきっかけがあれば打開の目処も立つというものだが――


「――良からぬことを企んでいる顔だね、京?」


 小声で語りかけてきたのは、隣に座っていた美形のイケメン男子。

 俺へ気さくに接する彼も有栖川と同じく数少ない物好きの一人、神音颯人(かみねはやと)だ。

 物語なら主人公に抜擢されるルックスと精神性を持ち合わせる颯人の異能は、残念ながらレベル2。

 天は二物を与えずというが――いや、まて。


 颯人の異能は『五感強化ハイ・センス』。

 この場で情報を拾うには持ってこいの異能だ。


「詳しいことは話せないが……何か聞こえるか?」


 抽象的ちゅうしょうてきな問い。

 しかし颯人は全てを察したらしく、集中の後に口を開いた。


「範囲内はどこも似たような状況だね。ただ、敷地の外からエンジン音のようなものが聞こえる。恐らくは警察車両だろう」

「到着までは?」

「五分前後もあれば。直ぐに突入してくるかはわからないけど」

「そうか」


 颯人からもたらされた情報、これは嬉しい誤算だ。

 侵入者は下位異能者が束になったところで問題ないと考えてたのだろう。

 そもそも手錠の数が揃えられなかった可能性もあるが、油断はある。


 ここに颯人が居てくれたこと。

 そして、俺の本来の異能がバレていないこと。

 救助に来ている警察部隊。

 十分に逆転の筋はある。


 問題があるとすればタイミングだけ。


「颯人、警察の部隊が入ってくるのに合わせて合図をくれ」

「何か考えがあるんだね。わかった、信じるよ」

「なんで颯人が俺みたいなのを信じるのかね。有栖川もだけど、わからん」

「そんなの簡単だよ。だって――」


 女子なら一発で恋に落ちるような笑みを浮かべて、


「――この場で君だけが恐れていないからさ」

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