第16話 俺もまだ捨てたものじゃないな

 数日経っての学院にて。


「――よし、全員いるな。それじゃ異能訓練始めるぞー」


 学院内の屋内運動場。

 ジャージ姿の静香さんが宣言したのは、生徒の異能訓練。

 天道学院は元より異能者を育成するための場だ。

 異能を用いる進路になるかはそれぞれだが、暴走しない程度には制御を身に着けておく必要がある。


「……憂鬱だ。楽だからいいけども」


 ごちゃっと集まった集団の最後方でひとり呟く。

 普段の生活では異能強度を制限されている俺にしてみれば、この時間は退屈以外の何でもない。

 いや、俺だけでなくほかの生徒も似たようなものか。

 力を持て余す時期はとうに過ぎ、適当に消化する人もいる。


「まずは二人組を組め。出来るだけ異能強度が近い奴にしとけよー」


 静香さんの掛け声で徐々に二人組が作られていく。

 生徒のやる気は半々だろうか。

 異能を使う進路を希望する生徒は熱心な傾向にあるらしい。

 だが、それも全体の数パーセントもいない。


 公安や俺が所属する異特をはじめとして民間の警備会社であろうとも、異能強度がレベル4以上――所謂中位ミドル異能者が条件のことが多い。

 だがレベル4以上の異能者の数は、総数の僅か三割といわれている。

 上位アドバンスのレベル7以上に関しては一割にも満たず、希少な存在だ。

 当然、学院の人口ピラミッドにも適用される。


「俺も誰かと組まないと」


 抑制された異能強度はレベル2。

 ボリュームゾーンだから安心、ということはなく、既に友人間での二人組が結成された後。

 残った生徒も適当に組み、気づけば自分から声をかける前に同強度の中で最後の一人となっていた。


 皆さん組むの早くない?


 元より予想していた事態ではあったけれど。

 だが、他に溢れた人が見当たらないのはどういう了見だろうか。


「静香先生。組む人がいません」

「ん、ああ、京介か。今日は一人欠席がいてな。そのせいだろう」

「マジか」


 組む相手がいないのではどうしようもない。

 困り果てる俺を見かねた静香さんから何やら不穏な気配を感じ取る。

 静香さんが口を開こうとした瞬間、一つの足音が近づいてきた。


「――静香先生。私はどうしましょうか。残念ながら釣り合う相手がいません」

「有栖川、お前もか。学院でも片手しかいない上位アドバンス異能者ともなれば仕方ないが……」


 むう、と唸って、静香さんは俺と有栖川の顔を交互に見る。

 そして、口の端を緩めた。

 まさかと最悪の想像が脳裏を過る。


「よし、お前ら二人で組め。丁度いいだろ」

「は? いやいや、おかしいですよね? 俺はレベル2、有栖川はレベル7ですよ? 虫と重機をぶつけて楽しむつもりですか」


 有栖川の本来の異能強度はレベル9だが、俺と同じく抑制していてレベル7で通っている。

 それでもレベル2と比べるのは馬鹿馬鹿しくなる差だ。


「虫と重機、ねえ。確かにそうかもしれないな。大丈夫だ、私はお前を信じている。有栖川も胸を借りるつもりでやればいい」

「静香先生がそういうのであれば。うっかり殺さないように気をつけます」

「うっかりで殺される身にもなってくれませんかね?? いや、訓練で死ぬ気ないけど」

「私なんて相手にならない、と。いい度胸ですね」

「誤解だってわかって言ってますよね??」


 腹を抱えて笑う静香さんを恨みを込めた視線で睨みつつ、覚悟を決める。

 逃げ出したいのは山々だが、これは授業。

 善良な生徒であるためには引き受ける他ない。

 あと、有栖川の誘いを断ったら後が怖い。


 最後が一番の理由じゃないかって?

 そういうこともあるかもしれないね。


「よし。全員組めたことだし、適当に散らばって始めろー。何かあったら直ぐに私のところに来い」


 手を鳴らして開始を促し、静香さんは離れていく。

 運動場へ散開する生徒。

 中心のやけに広いスペースで俺と有栖川は向き合っていた。

 巻き添えを食らいたくないが見物はしたいという周囲の意図が垣間見えるな。


「さて。どうするんだ? 言っておくが、俺と有栖川じゃ地力が違いすぎるぞ。そっちがちょっと力を込めたら俺の身体は八つ裂きだからな。処刑用BGMが聞こえてきそうだ」

「よく年頃の乙女にそんな言葉が吐けますね。心底軽蔑します。覚悟してください」

「今のに深い意味はないからなっ⁉ ありのままのパワーバランスを考えて――」

「――なら何も心配要りませんね。私の方が格下・・ですし」


 あ、やば。

 有栖川のあの目、完全にキてる時と同じだ。

 小声とはいえ自分を格下だと公言するのはやめて頂きたい。


 そんな心の抗議を意に介さず、有栖川は静かに異能を顕現させた。


「――『剣刃展開ブレード・オン』。ああ、安心してください。虚実体ヴォイドで顕現させているので生身の身体に影響はありませんから」

「それでも洒落にならないってのっ⁉」


 異能は精神エネルギーを顕現させたものであり、実体と虚実体の二面性を持っている。

 前者は肉体へ損傷を与えるが、後者は精神へのダメージしか与えず異能でしか打ち消せない。

 特に物質系マテリアルの異能はこの二つの使い分けが重要なのだが、今は省こう。


 なぜなら――


「――はしれ」


 そんなことを考える暇がないからだ。


 有栖川の指示を受けた無数の銀片が風となって俺へ襲い来る。

 煌めく銀は殺意の現れ。

 直撃すれば一撃で意識を持っていかれる。

 素早く判断し、即座に俺も異能を用いて自身の体重を軽減。

 軽量化した感覚のまま床を真横へ転がり、ハンドスプリングで身体を宙へ踊らせた。


 寸前まで俺がいた地点を銀片が駆け抜ける。

 油断は出来ない。

 銀片が散らばり、再び群を成して俺を追尾する。


「逃げてるだけじゃらちが明かないっ」


 勝敗にこだわりはないものの、一方的にやられっぱなしでは終われない。

 プライドなんて欠片も無いが丁度いい機会だ。


 空中で自分にかけていた異能を解除。

 本来の重さに戻って姿勢を制御して着地し、目一杯の力で床を踏み締める。

 足が離れる瞬間に体重を軽くして跳び有栖川へ肉薄し、重さを戻した拳を突き出す。


 異能強度レベル2で7の有栖川を殴っても怪我など負わない。

 後で何か言われるかもしれないが、それはその時考える。


「悪いが接近戦をさせてもらうぞ」


 らしくない台詞と共に繰り出した拳打は空を切る。

 有栖川とて異特の執行官……その一人。

 当然のように接近戦の心得もある。


 制限された異能に攻撃性が少ない以上、接近戦に持ち込むのが最も勝率が高い。

 勝つ必要がないとはいえ負けるのもしゃくだからな。

 それに、屋上のこともある。

 弱気な有栖川を叩き直してやりたい。


 あ、俺は独り言を聞いてしまっただけだから悪くない。


「良いでしょう、受けて立ちます」


 頬を弛めて好戦的に笑う有栖川。


 俺は右腕を引き戻さず、勢いを活かして回し蹴りを放つ。

 頭を狙った踵は屈めた有栖川の頭上を掠めるのみ。

 有栖川の地を刈るような鋭いローキックを二歩分退いて躱し、再び踏み込んでのワンツー。

 機敏に反応した有栖川は手のひらで受け止め、空気が弾ける音が響く。


「流石に強いな」

「なんでもいいですけど顔が近いです離れてください」

「のわっ⁉」


 直後、ぐんと腕ごと引っ張られ、視界が一気に天井を向いた。

 咄嗟とっさに体重を重くして抵抗するも異能強度の差には適わない。

 そのまま綺麗に背負い投げを決められ、背中を床へ雑に打ち付ける。


 余りの衝撃に一瞬だけ意識が飛びかけたものの、それだけだ。

 まだ戦える。

 飛び起きようと力を込めた瞬間、首筋を駆け上がるぞわりとした感覚。

 本能に身を任せ、横へ身を転がした。

 刹那、刃の雨が降り注ぐ。


「勘がいいですね」

虚実体ヴォイドじゃなかったら死体も残らないぞ」

「貴方がこれくらいで死なないことは身に染みていますので」

「理由は知らないが、天下の有栖川アリサさんにそこまで言われるとはな。俺もまだまだ捨てたものじゃないってことか」


 乾いた笑いを洩らしつつ仕切り直して構えを取り、



 ――学院に、揺れを伴う盛大な爆発音がとどろいた。


 後を追うように警報が鳴り響く。

 上がる女子生徒の悲鳴が不安を駆り立てる中、


「落ち着け! 直ぐに放送があるはずだ!」


 静香さんが冷静に生徒を窘める。

 異能という力を持っていても高校生。

 精神構造的にはまだまだ未熟で、脆い。


 そんな中、遅れて放送機器が僅かにノイズ混じりの音声を発して、


『学院生徒、及び職員へ連絡します。現在、学院敷地内に武装した集団が侵入。先程の爆発音は異能によるものと推測されます。至急、職員の誘導に従って避難してください。これは訓練ではありません繰り返します――』


 隠しきれない戦いの気配を感じた。

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