第18話 役に立たない異能
「それにしても退屈っすねー。ちょっと小便行ってきていいすか?」
「さっさとしろよ」
「へーい」
俺たちを監視していた覆面の男の一人が欠伸をしながら離れていく。
運動場にいた生徒が人質となってから、早くも30分以上が経過しようとしていた。
既に到着しているであろう警察部隊が助けに来る気配はなく、緊張と恐怖を孕(はら)んだ空気が漂っている。
泣き疲れた女子生徒は隣に座っていた友人と肩を寄せ合い、身の震えを必死に誤魔化す。
力不足に打ちひしがれる生徒も中にはいたが、銃火器という目に見える脅威が軽率な行動に走るのを留めていた。
静香さんの状況もわからず、有栖川も厳重な監視の元で大人しくしている。
(遅いな)
完全に
警察部隊が中々介入出来ないのは人質が余りにも多すぎるからではないかと推測している。
何か手は、手はないのか――
(――先輩、聞こえますかー?)
脳内へ直接響く声。
あざとさを感じさせる少女のそれは、先日『異特』へ協力者として招かれた十束瑞葉のものだった。
(聞こえてたら返事をして下さーい。あ、考えるだけで大丈夫ですよー)
(……ああ、聞こえてる。これは『
(私の
二つある異能の部分に興味を引かれたが、今気にするべきはそこではない。
雑念を振り払って必要な情報を整理し、
(運動場で訓練中だった生徒が俺も含めて人質になった。教師の静香さんと有栖川は異能絶縁の手錠で拘束されてる)
(こっちも大体同じです。美桜ちゃんは無事ですから乱心はやめてくださいね)
(俺の評価が気になるところだが、一先ず置いとくぞ。静香さんは警察部隊が救援に来ると言っていた。実際どうだと思う?)
(十中八九来ます。仮にも国営の異能者育成機関ですから、そこで事件が起きたとなれば火消しは全力で行うはず)
十束の見解は俺とも一致するものだった。
厳重な警備を何らかの形で突破し、学院の生徒を人質に取った『皓王会(はくおうかい)』構成員という構図。
学院が国営である以上、上層部は国の中枢と深く関わっている。
そんな学院が非合法組織の襲撃を受けたとなれば、世論の批判は免れない。
だからこそ、国は
仮に万全の体制で挑むとしても、準備に30分は遅すぎる。
(だけど、現状そうなってはいない。妙だと思わないか)
(圧力でもかかっているんじゃないですか? 偉い人って責任の擦り付け合いが好きみたいですし)
(辛辣だな。とはいえ、長くは持たないだろう。そろそろ変化しない事態に耐えかねて勝手に動く奴が出てこないとも限らない)
(みんな瑞葉たちと同じじゃないですからね)
俺や有栖川、十束は平凡と呼ぶには少々特殊すぎる経験を積んでいる。
異能者との実戦経験がある人間なんて、学院には一握りしかいないはずだ。
教員であってもそれは同じこと。
命がかかった判断を冷静に下せるとは思えない。
(瑞葉的には、先輩が一人で何とかする方が勝算高いと思いますけど? 届きますよね、学院の敷地内くらいなら)
(無差別だったらな。視認出来ないと正確性が落ちて二次被害の危険があるからやってないだけで)
(先輩がチキンで助かりましたよ、ほんと)
(冷静な判断力と言ってくれ。やっぱり、警察部隊が突入するのを待つしか――)
ない。
言い切ろうとした時、颯人が俺の脇腹を肘でつついた。
「来るよ」
小さく一言。
待ち
(十束、時間が無い。警察部隊の突入に合わせてそっちの構成員を捕縛してくれ。出来るか?)
(当然っ。これでも瑞葉はレベル7ですから)
(頼りにしてる。あと、美桜を頼む。お前にしか任せられない)
(後でお礼、期待しておきますねっ)
高い対価を支払ったかもしれないと感じつつも、悟られないように時を待つ。
窓ガラスが一斉に割れて、四方八方から完全武装の警察部隊が突入した。
「捕らえろッ‼」
電撃作戦は速度が命。
だが、それも侵入者には想定内だったのだろう。
揃って銃口を人質の生徒へ向ける、その一瞬。
(『
自らの枷を外し、本来の異能を行使する。
標的は侵入者が頼りにしていた銃火器。
目立たず大多数の生徒にとって脅威となる銃火器を無力化するため、装填された銃弾に重力を発生させる。
引き金が引かれるが、誰からも銃弾が発射されることはなかった。
俺が意図的に排莢を阻害し弾詰まりを引き起こさせたのだ。
銃火器のどうしようもない欠点の一つを突いた形となる。
迷った一瞬は絶望的な隙だ。
まともな対応を取れていなかった者から警察部隊が瞬く間に取り押さえた。
「鎮圧完了。生徒の拘束を解け」
部隊のリーダーが告げると、部下が手足を縛る縄をナイフで切っていく。
恐怖から開放されて安堵したのか、涙を流す生徒もいた。
俺も晴れて自由の身になったところで、背後から颯人に声をかけられる。
「京……何かしたね?」
「はて、何かとは何かな。俺の異能が役に立たないことくらい知ってるだろ」
「あくまで
何もかも見透かしているような笑みを浮かべて颯人が言った。
気づかれたのか? いや、有り得ない。
颯人の異能は五感を研ぎ澄まし性能を引き上げるもので、異能発動を察知するのは不可能。
勘だとすれば鋭いってレベルじゃないぞ。
安牌を取るためとはいえ下手を打っただろうか。
衆人観衆の中で使うのはリスクが大きいが、自分の判断が間違っていたとは思えない。
周囲には気づいた様子の人はいないものの、警戒だけしておこう。
生徒全員の縄を切り終えたところで、警察部隊は異能絶縁の手錠を嵌められた有栖川を発見した。
男は
「――異能絶縁の手錠? なんで『
「警察の方ですね。さっきの男の誰かが鍵を持っているはずです。それと、トラックの荷台に静香先生が同じように囚われています」
「了解した。聞いたな? 鍵を探せ!」
有栖川の証言を受けて、警察の人は『皓王会』構成員の持ち物を探る。
「手錠の鍵、ありました!」
手錠の鍵は直ぐに見つかり、有栖川と静香さんの手錠の鍵が解錠された。
ようやく自由になった静香さんは何やら部隊の人と話し込んでいる。
遠目で眺めていると背後から肩を軽く叩かれた。
振り向けば、見るからに不機嫌面な有栖川。
やめろ近づくなと言う前に、有栖川は傍へ寄って耳元で囁く。
「珍しいですね。貴方が表で力を使うなんて」
「念の為、な。ちょっとばかり信用してなかった」
「こっち側に裏切り者がいると?」
「可能性は高い。けど、理由まではさっぱりだ」
「使えませんね」
「うるせえ」
正体が露見するリスクを背負ってまで独断で異能を使ったのに、その罵倒はないと思う。
胸の内で唱えていると、またしても頭の中に声が響いた。
(先輩、こっちも終わりました)
(十束か。全員無事か?)
(怪我人は一人もいません)
(わかった。十束はそっちの教員の指示に従って避難していてくれ。それと)
(美桜ちゃんなら任せてくださいよー。瑞葉って約束は守るし守らせる主義なのでっ)
(……そうか。頼んだ)
『
「学院との連絡が取れた。私たちは警察の誘導に従って大講堂へ向かう! 迅速に、冷静に行動しろ! いいな!」
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