第13話 借り受けた人材

「――ってことがあったんだよ」

「それはお兄が悪いね。有栖川さんが可哀想」

「あの、美桜さん。なんで俺が悪いみたいになっているんでしょうか??」

「さあね。自分で考えたら?」


 美桜が作ってくれた夕食を二人で囲みながら、今日あったゴタゴタを話していた。

 その中で有栖川の不可解な行動に関しては冷淡な返答しか帰ってこない。

 しかも俺が悪いことにされる始末。


 何故だろう。


「最近物騒だから、美桜も気をつけろよ。何かあったら俺泣いちゃう」

「シスコンこじらせすぎてキモイよお兄」

「今日はやけに辛口じゃないですか」

「こんなものだよ」

「そんなものですか」

「そうそう」


 うんうんと美桜は頷いて、箸を進める。

 本当にわかっているのだろうか。


 異能犯罪者は一般人に対しては愚か、他の異能者にも脅威足り得る存在。

 今日の事件も多大な被害が出ている。

 さらには有栖川も負傷した。

 俺が捕らえた異能者も正気を失っていたのは明白。


 波乱が起こりそうな予感がある。


「あと、美桜も異常はないか?」

「うん。今のところは、大丈夫。最近は暴発しないし安定してるよ」

「ならいいけど。何かあったらすぐ言って欲しい。すぐにでも凪先生のとこに突撃するから」

「心配症だなぁ」


 困ったように頬を掻き、緩く笑む。

 心配しすぎて損をすることはない。

 美桜は少しばかり特殊な事情を抱えているからな。


 ともあれ、今日も今日とて我が家は平和である。




 翌日の夕方。

『異特』の施設、その一室を貸し切って集結した面々が円形の机に並ぶ。

 出席者は俺を含め、地祇さんと伽々里さん、有栖川は当然として静香さんまでも含めた十数名。

 少数精鋭を謳う異特でこれだけの人数が集まるのは珍しい。

 何人か名前と顔が一致しないのは、俺が単独で仕事に当たることが多いからだ。


 上座側に座っていた地祇さんが、閉ざされていた口を開く。


「――伽々里。報告を」


 右隣の伽々里さんに促すと、すっと立ち上がってディスプレイの画面を映す。

 そこには俺と有栖川が先日戦った男の写真と、よくわからないグラフが表示されている。


「彼は先日捕えた異能者、落良光です。血液検査の結果、彼は使用者の理性を喪失させて異能の制限を取り払う違法薬物を使用していた疑いがあります。おそらくは昔で回っていたものの改造版でしょう。これじゃあいたちごっこですよ」

「異能の性能を底上げする薬物。とんでもないものが出てきましたね」

「そうだな。入手経路も含め、早急に手を打たねばならない」

「根の部分から絶たないと、です」


 違法薬物か……落良が正気を失っていたのも頷ける。

 そこまでして異能強度を上昇させたい精神は理解できないな。

 現状、俺がレベル10の『異極者ハイエンド』だからなのかもしれないけど。


 力には必ず責任が伴う。

 不正な手段で手にした力に吞まれれば、自分を見失うことになる。

 そうしたら最後、明るい世界で生きるのは難しい。


 座っていた地祇さんが話を代わる。


「――そこで、だ。この度、公安から人材を借り受けることとなった。入ってくれ」


 唐突な人員補充の紹介を受けて、部屋の扉が開く。

 軽い足音。

 その人物は美桜と同年代に見える金髪少女だった。

 あどけなさの残る顔立ちは庇護欲をくすぐる。

 ぱっちり二重、長い睫毛が瞬く。

 セーラー服を着こなし、気品漂う仕草と堂々たる立ち振る舞いは自信の表れか。

 少女はスクリーンの前で立ち止まり、


「――この度、公安から派遣されました十束瑞葉とつかみずはです。以後、お見知りおきを」


 スカートの裾をつまんで、見事なカーテシーを披露した。


「十束くんは若干14歳ながら、異能強度レベル7の逸材だ。既に公安で職務を任され、優秀な実績を収めている」

「そう大したことではありません。私の異能が偶然にも適していただけのことです」


 地祇さんの紹介に十束は謙遜する態度を示す。

 だが、偶然で評価されるほどこの世界は甘くない。

 異能は何系統だろう。

 見かけによらず戦闘系か、あるいは補助、支援系の線もある。


「――ふふっ」


 今、俺を見て笑った?

 え、なにか気に障ることでもしたか?

 存在が目障りとか言われたらどうしようもないんだけど。

 有栖川レベルの理不尽でなければいいが……おっと、思考がつい底辺へ落ちてしまったな。

 下手なことを考えれば隣のサトリ・・・に感づかれてしまう。


 余計な思考を霧散させ、前を向く。


「捜査にあたって、簡単に役割分担をしておきました。基本的には異特の捜査官――尊さんと私、阿藏あくらさん、それと天霧あまぎりさんが主体になって動きます。補佐官の静香さんと三波さんは適宜バックアップを。そして、執行官の京介くんと有栖川さんは指令があるまでは普段通り過ごしていただいて構いません。十束さんに関しては学業に支障が出ない範囲で協力していただく場合があります。質問はありますか」


 伽々里さんからの行動指針に異を唱える者はいなかった。

 俺も有栖川も戦闘一辺倒の性能をしているため、捜査のメンバーに回されることはないようだ。

 組織の根城が判明してからが俺の仕事らしい。

 それまでは平和に過ごすとしよう。


「質問がないようなので、これで私からの話は終わり……ああ、そうだ。十束さんは任務遂行を円滑にするため天道学院中等部に編入することになっているので、先輩のお二人はよろしくおねがいしますね」

「京介先輩、有栖川先輩。これからよろしくお願いいたします!」


 礼儀正しく腰を折って微笑む十束の笑顔に、俺の中の危機探知センサーが警報を鳴らしていた気がした。

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