第14話 陰キャに優しい美少女など幻想だ

 新メンバーの紹介の翌日。

 登校準備をしていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。


「お兄ちゃーん、おねがーい」

「へーい」


 美桜は手が離せないようなので俺が出ることに。

 こんな時間にいったい誰だよ、と思いつつもドアを開けてみれば、そこには。


「おはようございます、先輩っ」


 天道学院中等部の制服を着た十束が、太陽のような笑顔で俺を出迎えた。

 小柄な身体を包み込む制服は真新しく、初々しい。

 左右に結わえた金色の束がふわりと揺れる。


 思わず見蕩れてしまうような立ち姿に思考が一瞬遠のき――現実へと帰還した。


 おかしいだろ、なんで昨日の今日で俺の家を知ってるんだよ。

 俺はいぶかしんだ。


 いや、そうじゃなくて。


「えっと、何の用だ。仕事か?」

「違いますよー。先輩と一緒に登校したいなー、なんて思ったので」


 えへへ、と無邪気に十束は笑う。

 世の中の男子が求める後輩像を絵にしたような所作。

 だが、俺は騙されない。

 ここで安易に信じるのは早計だと鍛え抜かれた感覚が告げている。


 陰キャに優しい美少女など幻想だ。

 これは現実、創作の世界ではない。

 自分に都合がいい妄想はしないと決めている。


 俺が答えにきゅうしていると、十束は目を伏せ寂しそうに笑ってきびすを返す。


「迷惑、でしたよね。無駄なお時間取らせてごめんなさい。失礼しますっ」

「待て待て待て、別に迷惑とかじゃないから! 俺の心が腐ってただけだ! 少し中で待っていてくれ!」


 ――前言撤回。


 陰キャに優しい美少女が妄想だとしても、その眩しさを俺たち陰キャが否定できるとは言ってない。


 慌てて十束を引き止め、肩に手を乗せる。

 すると、ゆっくりと振り向いて。


「作戦成功っ☆」


 パチリと笑顔でウインクを飛ばされた。

 うげ、と俺の顔が引き攣るのを感じる。

 あれもこれも全部演技だったの?

 もしかして俺、ちょろすぎ?


 今更「やっぱりダメ」とは言えず、十束には玄関で待ってもらうことに。

 美桜を呼んで玄関へ戻ると、十束は再び猫を被って笑顔を見せる。


「はじめまして、今日から天道学院中等部に編入する十束瑞葉です! 貴女は美桜さんで大丈夫ですか?」

「えっ、あ、はい! 佐藤美桜です! ところで、お兄ちゃんとも知り合いなの?」

「今度から一緒のお仕事をさせてもらうことになりました!」

「そうなんだ! こんなお兄ちゃんですが、どうかよろしくお願いします」

「こんなとはなんだ。てか、14歳ってことは美桜と同い年か。同じクラスだといいな」


 早くも意気投合している二人は、きっといい友人になるだろう。

 十束は微妙に猫被ってるけど。

 根は良いっぽいし、俺と違ってコミュ力高いから上手く馴染めると思う。


「そろそろいくぞー。遅刻は勘弁だ」


 まさかの出来事で時間を取られつつも、俺たちは三人で学院へ向かう。

 美少女二人に挟まれて登校する俺へ黒い視線が殺到しつつも無事に到着。

 二人と別れて高等部の校舎へ歩を進めていたところ、目の前に躍り出た人影が行く手を阻む。


「佐藤京介。おはようございます」


 朝から有栖川ラスボス登場は聞いてない。

 もっと段階を踏むべきではなかろうか。

 序盤の村に魔王が攻め込むのはバランス崩壊もいい所だ。

 レベリングして直前にセーブしてから戦わせるべきだろ普通。


 周りの生徒の注目も集まってるし、有栖川に至っては表情が全く読めないし。

 ああ、朝から胃が痛い。


「おはよう、ございます」


 持てる全ての気力を振り絞り、辛うじて一言返す。

 無限にも等しく錯覚する時間。

 気分は処刑を待つ罪人。


 少しして、深いため息が響く。


「そう緊張されると私もやりにくいのですが」

「無茶言わないでくれ。これでもコミュ障陰キャには限界だっての」

「知っています」


 にこやかに、春空のような澄み切った笑顔を浮かべて答えた。

 周囲から黄色い声が上がると同時、それを一身に受ける俺へは殺意に満ち溢れた視線が殺到する。


 この状況はなんだ?

 地獄か? 新手の地獄なのか?

 戦々恐々としていると、有栖川は俺を見ながら小首を傾げる。


「電池切れの機械みたいに固まってないで、早く来てください。ホームルームに遅れたら貴方のせいですよ」


 一瞬何を言われたのか理解出来ないまま、有栖川は踵を返して校舎へ歩いていく。

 これは正解ってことでいいのか?


 有栖川の意図は不明だが、怒っていないならそれでいい。

 殺気すら感じる視線を背に感じながら有栖川の後を追う。

 果てしなく遠く感じる教室までの道のり。

 俺と有栖川のクラスは違うため、それまでの辛抱だ。


 歩幅の差で追い抜かないように気を付け、ようやく教室へとたどり着く。


「じゃあ、俺はここで」

「ええ。またお昼に来ますので、そのつもりで」

「は? いや、え」


 呼び止める間もなく有栖川の背が遠ざかる。

 つまりは、昼休みも俺の平穏は失われるということだ。


「着々と日常が失われている気がする」


 元々、仕事だけの関係だったはず。

 なのにどうしてこうなった?


 『異極者ハイエンド』であることを隠し下位能力者として振る舞う俺と、学院屈指の才女と認められる有栖川。

 学院の中にある情報だけでは俺たちが関係を持つことはあり得ない。


 だが、真実は違う。


 認識の違いから生まれる差は、いつか不利益をもたらすかもしれない。

 平穏な日々を守るための嘘で塗り固められた俺。

 いつか向き合わなければならない問題を先送りにして安寧(あんねい)に浸る。

 我ながら甘えた考えだとは思う。


「まあ、目先の問題をどうにかしないとな」


 真っ先に対処するべきは昼の有栖川だ。

 幸い対策を練る時間はある。


「お前たち席につけー、ホームルーム始めるぞー」


 教室に入ってきた静香さんの声かけで生徒が慌ただしく席につく。

 そして、今日もホームルームが始まった。

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