第11話 さあね

 有栖川にはほかの人を守るように言われていたが、どうにも妙な胸騒ぎがあった。

 警察が周辺の封鎖を済ませているなら一先ずは安全だと思い、人目を忍んで様子を見に行くと、アスファルトに押し倒されている有栖川を発見した。

 しかも、男の手に青い電気のようなものが弾けている。

 一刻の猶予もない。

 そう判断した俺は助走をつけて、


「うらあああああああっ‼」


 男の腹を蹴り上げた。

 加減はしたが、不意を打たれた男の体はくの字に折れて吹き飛び、コンクリートの壁へ激突。

 しばらくは体の自由が利かないはず。

 男に意識を向けたまま、目じりに涙を浮かべて仰向けに倒れる有栖川へ手を伸ばして、


「……どうやら間一髪だったらしいな。大丈夫か?」

「……誰に、ものを言っているのよ」


 言葉自体は刺々しいが、握り返す左手に普段のような強さはない。

 なぜ左手なのかと疑問に思うが、右手は火傷を負っていることがうかがえた。

 あの男にやられたのだろう。

 手当をしたいが、今は耐えてもらうしかない。


 有栖川は俺を支えに立ち上がったはいいものの、両足が小刻みに震えていて蒼の瞳に宿る怯えの色。

 傍若無人な有栖川と本当に同一人物かと疑ってしまう。


「無茶言うな。というか、お前がここまでやられるとかだれが想像できるか」

「……ごめんなさい」

「俺なんかに謝るなよ。春の大雪とか勘弁だ」


 有栖川は目を伏せて服の裾をぎゅっとつまんだ。

 今回のも相当に堪えているのだろう。

 精神的ダメージのほうが深刻だな。

 まあでも、有栖川の強さはよく知っている。

 俺は求められたら手を伸ばすだけにとどめよう。


 だから、今は。


「有栖川、あいつは俺がやってもいいか? 精神状態が不安定なまま異能を行使するのは危険だ」

「……察しなさい」

「はいはい」


 要するに『この場は任せる』と言いたいらしい。

 本気で有栖川専用に通訳を雇ったほうがいいのではなかろうか。

 訳者がいるのかは謎だけど。


 だが、お許しは貰えた。

 有栖川のためにも手早く終わらせよう。


「てわけで、選手交代だ。しょげちまったうちの姫の代わりに俺が相手になってやるよ」

「殺す」


 起き上がった男は全身に青い稲妻を纏って立ち上がる。

 濁った瞳に宿るのは俺への殺意。

 うまく矛先をそらせていたようで何よりだ。


「そいつは推定レベル6、伽々里さんによると元の異能は『静電気ショートボルト』よ」

「あれが『静電気ショートボルト』? 冗談きついって」


 有栖川の情報提供に感謝しながらも、小さく舌を打つ。

 明らかに電気系の異能でも上位アドバンスに匹敵するだろあれ。

 直接触れるのは得策じゃなさそうだ。


 さて、どうしたものか。

 俺は常に異能のレベルを下げる器具を装着して生活している。

 右手の人差し指に嵌められた銀色の指輪がそれだ。

 安易にハイエンドの力を振るうことは許されないが――


「有栖川、さっきの話的に伽々里さんは状況を知っているんだよな?」

「おそらくは」

「なら使っても目はごまかせるか」


 これも一種の緊急事態だ。

 広い心で許してくれるだろう。


 そう結論付けて、右手の人差し指にはめられた指輪のボタンを押すと、色が純白に変わる。

 同時に見えない力が戻ってくるのを感じた。

 指輪は異能抑制効果がある特注品であり、白は『異極者ハイエンド』の証。


「苦しまないように一瞬で仕留めてやるよ」

「あああああああああああああああっっ‼」


 獣の如き叫びをあげて、男が疾駆しっくする。

 雷効果で加速でもしているのか青い尾を引く姿は彗星のよう。

 踏みしめたアスファルトがひび割れ砕け、瓦礫が宙を舞う。


 並大抵の異能者ならそれで倒せるだろう。


 だが。


「――足りない」


 あまりに遅すぎる・・・・

 その程度で超えられるほど『異極者ハイエンド』は甘くない。


「『過重力ハイ・プレッシャー』」


 三割まで加減しての異能行使。

 それだけで男の身動きは完全に停止し、ばたりと顔面から倒れた。

 脳への血流量が著しく低下しての失神。

 うん、狙い通りだな。


 やけにあっさりしているように思えるが、『異極者ハイエンド』を相手にすればこんなものだ。

 これで一件落着。

 伽々里さんへ電話をかけると、すぐに通話がつながり、


「京ちゃん⁉ あーちゃんは」

「有栖川は無事ですよ。ケガはしていますが、それだけです」

「よかった……。でも、どうして京ちゃんが?」

「それなんですが、ちょっと有栖川のトラウマスイッチが入ったみたいで俺が対処しました。お手数ですが証拠隠滅をおねがいします」

「また仕事が増えるんですね、わかっていますよ、ええ。それが私の仕事ですから」


 電話越しに伝わる哀愁が滲んだ社畜の苦悩に申し訳なさを感じながらも、頼めるのは伽々里さんしかいないのだ。

 何かしらの埋め合わせを考えておこう。


「すぐに回収班が向かいます。そのまま待機でいいですか?」

「人目を避けられるならなんでも」

「あ、それと……あーちゃんのこと頼みましたよ」

「それとなくフォローはしてみます」


 返答に満足した伽々里さんが通話を切って、スマホをポケットにしまって壁に背を預けて座る有栖川の隣へ歩み寄る。

 すると有栖川は薄く笑って俯き、


「……笑いに来たの? 不細工なうえに悪趣味なんて救いようがないわ」


 悪態をつくものの、微妙にキレがない。

 空元気というやつだろう。

 弱いところは見せたくないという強い意志を感じる。


「無理すんなよ。それに、目撃者は俺だけだ」

「つまり貴方を消せば私の尊厳は守られるということよね」

「平然と物騒な提案をするな。俺が喋らなきゃいいだけだろ」

「相手もいないのに?」

「片手で数える程度の友達くらいいるって。多分」

「ふぅん」


 さては疑ってるな?

 改めて数えてみようとすると、有栖川がポツリと呟く。


「――私は」

「ん?」

「私はその片手に入っているのかと聞いているんです」


 顔は隠したまま。

 その問いが意味するところは理解できなかったけれど。


「さあね。でも、心配で駆けつけるくらいには大切に思ってるよ」


 本心での一言。

 遅れて気恥ずかしさがこみ上げる。

 今更撤回はできない。

 動揺だけでも表に出さないようにしていると、隣の有栖川がクスッと笑って顔をあげて、


「――心底気持ち悪いですね。鳥肌立ちました」

「ほっとけ」


 回収班は、まだ来ない。

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