第3話 望んだ青春は灰色
途中で美桜と別れた俺は、天道学院の門を登校する生徒に紛れて潜った。
天道学院は中高一貫の異能者育成機関であり、美桜は中等部に通っている。
異能者は人口のおよそ一割ほどしかいないが、異能力は人間の命を易々と奪う凶器になる。
一種の人体兵器を一括管理できるように国営学校に収容している……という考えは少々ひねくれすぎか。
表向きは将来国の利益になる人材育成の場。
国立学校なだけに設備や待遇が良いのは飴の部分だろう。
玄関で上履きに履き替え、五分くらいの余裕をもって二年二組の教室に到着する。
談笑する人、机に突っ伏して眠る人、勤勉に授業の予習をする人。
俺の存在には誰も興味を向けない。
窓際の一番前の席に座って、スマホを弄りながら適当に時間を潰していると、教室に予鈴が響いた。
少しして教室へ入ってきたのは両眼に濃い隈を貼り付けたバリバリのキャリアウーマン風な女性。
彼女は二年二組の担任、
俺の仕事の協力者でもある。
静香さんの眼は俺から見ても精気が感じられず、漂う雰囲気はまるで幽霊のように希薄で吹けば消えてしまいそうだ。
恐らく徹夜で何かしていたのだろう。
欠伸を噛み殺しながら教壇につく。
「……欠席なし。ホームルーム始めるぞ」
特に挨拶もなく、静香さんは連絡事項をクラスに伝えていく。
俺には関係する情報はなかったため話半分で聞き流していたが、
「――ああ、それと……佐藤京介。話が終わったら生徒指導室に来い」
突然の名指しに教室全員の視線が俺へ向く。
後ろからは「また?」「アイツ見かけによらねぇよな」などと、隠す気のない陰口が聞こえてくる。
事情を知らなければ俺もそう思ってしまうだけに、心の中で深くため息をつく。
いや、事情があるにしても生徒指導室に呼ぶのはやめて欲しい。
俺は善良な一般生徒。
断じて犯罪や非行に手を染めてはいない。
それでも、事実を知らなければバイアスがかかり、そういう人間というレッテルが貼られる。
だから俺に近づこうとする人は少ない。
「ホームルームは終わりだ。さっさと授業の準備をしろ」
無愛想に言い残して教室を出ていく静香さんの後を慌てて追う。
廊下で少し後ろを歩き、ややあって生徒指導室の中へ入る。
静香さんは窓辺のパイプ椅子へ乱暴に腰を下ろし、対面に俺が座るように指をさす。
言われるがままに座ると、静香さんの口が動いた。
「――お前、何をした?」
端的な問い。
厄介事を持ち込んでくれたな、とでも言いたげな眼が俺を射抜く。
「と言われてもなんの事かさっぱり……」
「……ああ、悪い。主語が抜けていた。お前は有栖川に何をしたのかって話だ」
「……はい?」
「お前ら同じ任務だったろ。なのに回収で現場に向かう途中に有栖川を見つけた。滅茶苦茶に不機嫌だったぞ」
静香さんからも伝えられるとは相当だな。
まあ、全部俺が悪いけど。
マジで遭遇したくねえ……俺はまだ死にたくないぞ。
念のため経緯を説明すると、静香さんは唸りつつ眉間を揉んだ。
「お前と並んで目的地まで行きたくない有栖川が道に迷った。で、それを放置したまま帰ったと」
「終わったから帰るってメッセージを送ったと思ったら送れてなかったんですよね」
「……そんなことだろうと思ったよ」
どうやら静香さんもある程度は予想できていたらしい。
俺も有栖川が不機嫌な裏付けが取れてしまい頭を抱えた。
俺と静香先生にもどうしようもないことはある。
真っ先に上がるのが有栖川のご機嫌。
機嫌が悪い有栖川は接触禁止どころか、視界に入れることすら躊躇(ためら)われる第一種危険物だ。
しかも表情に大した変化がないため、傍目にはいつも通りに映る。
導火線に火がついてるのか確認できない爆弾とでも思ってくれ。
……普通に質が悪い。
「佐藤京介、なんとかしろ」
「無茶言わないでくださいよ。俺が学校で有栖川とは関わりたくないの知ってるでしょう?」
「方や将来を約束されたエリート。一方で君は路肩の石……ということにしているからだろう?」
「俺みたいな落ちこぼれが有栖川と話してたら余計な反感を生むんです。平穏に学校生活を送りたい俺としては、有栖川と関わるのは得策じゃない」
俺と有栖川の学校での力関係は社長と下っ端のバイトくらい離れている。
真実が全く違うとしても、学校の生徒はそんな裏の事情なんて知らない。
そして、なにより。
「有栖川が興味を持っているのは異能強度レベル10――『
もう話は良いだろう。
追求を避けるように席を立ち、生徒指導室を出ようと扉に手をかけた俺へ、後ろから声がかかる。
「一応言っておくが、有栖川が勝手にやるのに私の許可も指示もないからな。私は何も悪くない」
「それ大人としてどうなんです……?」
「知るか。たまには高校生らしく青春してこい」
「有栖川と青春? 冗談だとしても笑えません」
俺の望んだ青春は灰色。
きっと何があっても変わることはないし、変えたいとも思わない。
ぶっ飛んだ現実なんて仕事だけで腹いっぱいだ。
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