第28話『友子のリップクリーム』
まりあ戦記・028
『友子のリップクリーム』
「まりあ、前から言おうと思っていたんだけどさー」
指先でシャ-ペンを器用に回しながら友子、いかにも勉強に身が入りませんというオーラを発散している。
「なによ……」
明日の試験に向けて一心不乱にノートの中身を暗記しようとしているまりあは生返事。
「まりあのお肌、荒れてなくない? 転校してきたころの瑞々しさないよ」
「いろいろ気ぃつかってるからね~」
友子の顔も見ないで生返事。友子も真剣な物言いではない。勉強が億劫なので、なんとなくの話題をふってみただけである。
だけど、女子の無駄話というのは、まったく根のないものでもない。確かにまりあの肌は荒れている。ヨミとの三回の戦い(一度は異空間での戦いで、一般には知られていないが、まりあには一番苦しい戦いだった)、見えてこない戦いの見通し、慣れないカルデラでの生活。そういうものがまりあの心身を蝕んでいる。そういうところを、ヨタ話のきっかけとは言え、友子は見通しているのだ。
――わたしの擬態は完璧だ、肌の荒れ具合までシンクロできている(o^―^o)――
まりあ(実はマリア)は思った。本物のマリアは、まだ家に居る。
まりあに成り代わって三日になるが、今日あたり、なにか起こりそう……マリアは、そう思っている。
なにが起こるかまでは分かっていないが、この漠然とした不安は的中すると、マリアは思っている。
「このリップつけてみそ」
友子がリップを取り出した。
「え、あ、うん」
ノートに目を落としたまま、半身になってリップを受け取ろうとした。
「あたしが塗ったげるよ」
まりあの顔を両手で自分の前に持ってきて、リップを構える友子。
「はいはい」
ヘタレ眉になりながらも、大人しく友子にされるままになる。
「唇が荒れすぎ、こんなんじゃ、だれもキスしてくれないぞ」
「まさか、男が寄ってくるような成分入ってるとか?」
「喋っちゃダメ!」
「う、うん……」
唇を動かさないで返事をする。なんだか間の抜けた声になる。
「こうやって見ると……まりあって男好きのする唇だね……なんだかそそるよね~」
すると、友子は、いきなりリップ塗りたてのまりあにキスした。
「ウップ……ちょ、ちょっと!」
「アハハ、まりあの初めてを奪ってやった!」
「オヨヨヨ、お嫁に行けなくなった~」
「ウハハ、上等上等、みんな、あたしといっしょに独身を貫こーーぜ!」
「そういう魂胆か……でも、このリップって、雪見大福の香りがする」
「メーカーいっしょだから、食品会社って、こういうところに繋がっていくんだねー」
「リップでも頭よくなるのかなー?」
「それはどーかなー……」
そこへカノンと妙子が帰って来た、手にはレジ袋をぶら下げている。
「ほれ、雪見大福!」
「あ、今日は買えたんだ!」
「一人二個まで。二人で行って正解だった」
第二首都高には、テスト前に雪見大福を食べると成績が上がると言う伝説があるのだ。
「オ、ひょっとして、まりあも友子の犠牲者?」
妙子が、まりあの唇に気が付いた。
「あー、これで一生独身決定だって」
「ハハ、あたしらは朝やられたよ」
カノンが自分の唇を指さした。
「でも、こんないい女を独身のままにしておいたら、ヨミが出なくったって世界は滅ぶね」
「そう言や、ヨミってのは環境破壊とか温暖化が原因で、習っているように太陽風とか地磁気とかは関係ないって言いだしてるよね」
「そうよねえー、ヨミ出現の公式とか予測計算とかやってらんないわよ」
友子は、鼻の下にシャーペンを挟んだ。
「あ、その顔キュートだよ!」
「ほんと?」
キュートと言われて、友子は嬉しくなった。
「一生独身だったら、キュートとか関係ないじゃん」
「独身でも、キュートがいい!」
手鏡を出し、友子は自分の顔を映してみた。
「あれ、校門のとこに大勢人が……」
友子が発見するのと校内放送が入るのがいっしょだった。
――二年A組の安倍まりあ、至急玄関前まで来てください。繰り返します……――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます