第5話 ばあさんへ。新しい弟子が出来そうです。



「………えっと、ご老人。コレはなんなんですか?」


かなり動揺している店主が、職人をじっと見ながら尋ねてくる。


「何って、インゴット2つとトカゲの皮を合わせたんだが…なんか間違ってたか?」


「えっと、間違っていたと申しますか…少々お待ちくださいね?」


店主はそう言うと小走りで一度店の奥へと行き、手に一振りの剣を持って戻ってきた。



「これが私の作ったアイアンソードです。別段クラフト自体は失敗してませんし、店に並べても大丈夫なものだと思っています…いえ、


「ほぅ?。ってことは、あんたには違いがちゃんと伝わってた、って事か?」


店主は持って来た剣を床に置くと、深々と職人に頭を下げる。


「ご老人。私にも違いがあるのだけは分かるのですが、それが何かが分かりません。ご教授をお願いできないできないでしょうか!?」


そんな店主を横目に見ながら、女神が職人の作ったアイアンソードをじっと見る。


「あ、おじいさん。これ、HQ3で作ったですよぅ?」


「お?。別に数は増えてなかったし、材質も変わってなかったが、嬢ちゃんには分かるのか?」


…え?。HQ3?。


店主が目を見開いているが、言葉は発せていない。


「分かるですよぅ。でもなんか普通のHQ3じゃないですよぅ。何かしたですよぅ?」


「前にも言ったろう?。『くらふと』で出来るのは大量生産品だって。なので儂は研いで職人の技を込めたってとこだな」


…え?。トグってなんですか?


店主は目を見開いて、ただただ理解を超えた2人の話を聞いている。


「ふーん…一手間で結構変わるものなんですよぅ。驚きですよぅ」


「ま、儂は職人だからな」


ガッハッハと豪快に笑う職人を、店主はただ見る事しか出来なかった。



「あ、忘れるとこだった。ついでにこいつも見て欲しいんだが…」


職人は持って来たもう一振りの剣の布を剥ぎ、店主に手渡す。


「お、お預かりします…え?、これはアイアンソード…じゃない?」


「やっぱ、ダメだったか。材料一緒だしいけると思ったんだがなぁ…」


悔しそうに頭を掻いてる職人の方を、店主が勢いよく見た。


「いえそうじゃないんです!、ダメなんかじゃないですよ!。凄いです!」


アイアンソードとそっくりなデザインながらも、少しだけ色合いの違う剣身、そしてうっとりしそうなほど美しい刃。


これこそ完璧だと、店主は本気で感動していた。


「あー、これもHQ3ですよぅ。でもなんか変ですよぅ…これもトグしたですよぅ?」


「おう、とりあえずな。でもまぁ合格ってとこか?」


職人がニヤリとしながら店主を見ると、店主は目の前で手をブンブンと振ってそれを否定する。


「ご、合格だなんて畏れ多いです。私の技術とは到底次元の違う出来です。今までこの程度のものを店に並べていた自分が恥ずかしいです…」


店主は下を向き、両の拳を強く握っている。


目からこぼれる涙も拭う事もなく、床にはポタポタと水の跡が残っていく。



「…じゃああんた、ちょっと儂と修行でもしてみるか?」


突然肩を叩かれ、職人が言った言葉を店主は理解できなかった。


「あの、修業とは一体?。クラフトにそんなものがあるのですか…?」


「おう、意識するだけで全然変わるぜ?。それに加えて儂の技術も見せてやるから、見て盗め、いいな?」


店主は「よろしくおねがいします」と、その細身の体では信じられない声量で言いながら深く頭を下げる。


「よし、それじゃ店の奥をちょっと借りるぜ?」


そう言うと職人はカウンターの奥へと歩いて行き、突き当りの何もない壁に手をかざす。


「─────開錠アンロック


光に包まれ出てきた引き戸を開けると、職人は店主の方を向く。


「あんたの店を閉めたらこっちに入って来い。きっちり鍛えてやるからな?」


職人がニヤリとするが、突然自分の工房に出てきた部屋など一気に理解できない事がなだれ込み過ぎたのか、店主はパタンと倒れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝啓、天国のばあさんへ。 更楽茄子 @sshrngr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ