第一章 ひとときの安らぎ3
試験明けの金曜日の夕方。
総司が学校から帰って少しした頃のことだ。
いきなりLINEに、宮子からのメッセージが届いた。
いったいなんだと思って見ると、『明後日暇?』とだけメッセージが送られている。
『無理』と、総司はスタンプを返した。
『用事ある』ともテキストで付け加える。
バイトのシフトを代わって欲しいというものだと思ったからだ。
(悪いとは思うけどさ)
普段からお世話になっているだけに、本来、代わってあげるのが筋だろう。
でもその日は鈴華たちとプールに行くことになっている。
代わることは出来ない。
すぐに宮子から通話要請があった。
「どうして無理なの!?」
いきなりそんな風に大声で責め立ててくるものだから、総司は眉を顰めながらも訊ねる。
「それほどまでに、シフトを代わって欲しい用事があるのか?」
「え? その日、わたし入ってないよ。シフトに入ってるのはパパだし」
言われてみれば、確かにそうだったかもしれない。
宮子のパパは総司のバイト先でもあるコンビニの店長であり、とてもお世話になっている人だ。
「だったらなんの用だっていうんだよ」
「樹くんたちがその日、みんなで高田山のキャンプ場で、バーベキューしないかって言ってるんだって。さっき、メグから連絡が回ってきたの。それで総ちゃんも誘ってって話になったんだ」
「そういうことか」
メグというのは、総司や宮子、樹のクラスメイトの女子の名前。
宮子が親しくしている相手でもある。
どうやらバイトと思ったのは、総司の早とちりだったようだ。
(それにしても、バーベキューか……)
いきなりの誘いだが、驚くことはない。樹はいつも思いつきてそういう計画を企てて、周囲を巻き込むタイプだからだ。
今日は夏休み前の試験が明けたばかり。
浮ついた気分の学校にまだ残っていて、クラスメイトたちと盛りあがり、こうして宮子まで回ってきたということなのだろう。
「夏休みになったら混むから、今のうちはどうだ? ってことみたいなんだけどね。その前の日曜日なら空いてるかもっていうのと、試験明けのお祝いも兼ねてってことみたい」
それもまた、総司がプールに行く理由と同じだった。
皆、考えることは同じなのだろう。
「えーと、行きたい気持ちはあるんだけど、LINEで書いた通り、その日は用事があってさ……」
『えー、用事ってなに!? 樹くんたちはこっち側だし、ゲームでもないでしょ。っていうことはもしかして……』
ごくり、と唾を飲むような音が、スピーカーから聞こえて来る。
それでまさかと、総司も唾を飲んだ。
『——ルリちゃんとか、鈴華さんたちとの用事だったり?』
探るように訊ねて来る宮子。
完全なほどに正解だ。
「……そうだよ」
少し迷ったけれど、総司は素直に答えることにした。
すでに二人の存在はバレているし、親戚だということになっている。
なのでその用事を理由に断ろうと考えたのだけど、宮子が食い下がってきてしまった。
『それならその用事、別の日に出来ないかな? どうせだし、二人も含めて、みんなで一緒にバーベキューとか……』
そういう提案も樹から出ているのだと、総司は宮子から聞かされてしまう。
でも、二人はプールを楽しみにしているし、無理な相談だ。
だから、総司は断ることにした。
「ええと、それは鈴華たちの家の事情もあって無理——」
と総司が告げていると、
「パパっ!」
「え゛……?」
いきなり部屋の扉が開いて、ルリが飛び込んできた。
しかもそれだけではなくて、
「うわっ!?」
ベッドに座っていた総司に、ルリが抱きついたのだ。
「パパ、ママがご——」
やば、と、慌ててスマホをベッドに放り投げた総司は、ルリの背後に回り込んで口を塞いだ。
宮子にルリの声を、聞かれないようにしようと考えてのことだ。
そして総司はルリの耳元で、優しく声を掛ける。
もちろん、小さな声でだ。
「ルリ、悪いけど、少しだけ黙ってててくれないか?」
『どうしたの総ちゃん!? 今、ルリちゃんの声が聞こえたような——』
スマホから漏れ聞こえてくる鈴華の声。
「ええと、なんでもない。ってことで、俺は無理だから! それじゃあなっ!」
慌ててスマホを手に取って誤魔化すようにそう言った総司は、通話を打ち切った。
(あ、危なかった)
ルリがいたことはバレバレだった気もする。
でも、ヘンなことをルリが口走って面倒なことになる前に電話を終えることが出来たのは、ラッキーだとしか言いようがない。
ホッとした総司はルリに視線を向けて、
「ゆーかいごっこ?」
「え?」
「さっきパパ、ルリのおくちふさいだ!」
「ああ——」
その行動がそう思えたということなのだろう。
《
人間の子供のようだけど、本当に人間の子供ではない。
見た目はまったく変わらないとはいえ、ルリの知能は最初に会った時よりも、かなり成長しているようだ。離していると、様々な知識が増えていることもよくわかる。
「っていうか、誘拐なんて言葉、どこで覚えたんだ?」
「てれび!」
「そっか、テレビか……」
そういえば夕方やっている刑事ドラマの再放送を、鈴華とルリが二人でよく見ている。
鈴華曰く、エージェントとしての仕事の参考になるからということだが、果たして、本当になるのかどうかは、総司にはわからない。
むしろルリの教育に悪影響なのではないかと思うくらいだ。
たまに指で銃の真似事とか始めてるし。
ばんばん! とかやっている。
(これからどんな風に成長するのかな)
基本的に《
なんとなくルリが成長したら綺麗なお姉さんになりそうなだけに、少しもったいない気もするけれど、それは仕方のないことなのだろう。
ルリの頭を撫でて、総司は続けた。
「それじゃ、夕ご飯に——ママのところに行くか」
「うん! ごはん、いく!」
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