第一章 ひとときの安らぎ2

「総司さん、一緒にプールに行きませんか?」


 ワイバーンとの一戦から三日後。

 夏休み前の試験真っ最中の、木曜日の夜のことだ。

 夕ご飯が終わったところで、食器を下げようとしていた鈴華に、いきなりの提案されてしまった。

 それで、総司は思い出す。


「プールって、前に八百万屋ヤオヨロズヤでポスターを見た、あの遊園地にある屋外プールのことか?」


「そうです、あの屋外プールです!」


 やはり前に隣町の百貨店に行った時に、一週間後くらいの七月頭にオープンすると書かれていたポスターを見た、例の遊園地の屋外プールのことであるらしい。

 その時も鈴華は行きたそうな顔をしていたし、そう言ってもいたのである。


「せっかく八百万屋ヤオヨロズヤで水着も買ったわけですし、師匠も仕事に手こずって来るのが遅れているわけじゃないですか。さっきテレビでオープンしたっていうCMも流れていましたし、ちょうどいいかなと思いまして。それに、気になることもあるんです」


「気になること?」


「昨日、見回り中に、海の方で異常を感じたじゃないですか。わたし、海には入ったことがないので、一度くらい、先んじて似たような状況を経験しておければと思いまして」


 確かに昨夜、見回り中に海の方で、《CHiLDチャイルド》の気配を感じたと鈴華とルリが言っていた。

 結局のところ《CHiLDチャイルド》やそれに類するもの——あの黒い靄のようなものは見つかることはなく、総司たちは見回りを切り上げたのだが、相対していたら、海沿いでの戦いになってもおかしくはなかっただろう。もし《CHiLDチャイルド》出現の予兆のようなものだとしたら、海沿いでの戦いになる可能性だって大いにある。

 プールを一度経験しておくというのは、確かに良いのかもしれない。


「プール、ルリもいきたい!」


 食事のあと、テーブルからソファーへと移って座っていたルリが、右手をあげて宣言をする。

 そして、ソファーから飛び降りて、


「プール! プール! パパと、ママとプール、プール!」


 両手をあげてピョンピョンと、嬉しそうに床で飛び跳ね始めてしまった。

 なぜか火属性の魔法を使うのに、お風呂が大好きなルリである。

 鈴華と一緒にテレビで見たのか、この様子を見る限り、プールがなんであるのかも、ちゃんと理解しているようだ。


「ほら、ルリちゃんもこんなに行きたがってますし、いかがでしょうか?」


「……そうだな」


 もうすぐ夏休みとはいえ、入ると一気にプールは混むだろうし、その前に鈴華の師匠が来てしまうかもしれない。

CHiLDチャイルド》出現の予兆もあるわけだし、早い方が良いのも間違いないだろう。

 行くとすれば、今週末の土曜日か日曜日が最良かもしれない。

 試験も明けたところで、総司にとってもいい気晴らしになるからだ。

 夏休みに入る前のほうが、たぶんプールも空いているだろう。

 とはいえ土曜日の夜は、魔術師組織アレイズ所属であり、総司たちの保護者でもある笹木への近況の報告会があるし、昼にはバイトも入っている。


「だとしたら、行くのは今週の日曜日ってことでどうだ?」


 その日は特に予定は入ってはいない。

 なので、問題はないはずだ。


「本当ですか!? それでは一応、師匠にも許可を求めてみますね」


 嬉しそうな声をあげたあと、スマホで連絡を取り始める鈴華。

 いつものようにすぐに返信があり、許可が出たようだ。

 まともに泳いだことのない鈴華に泳ぐ練習もしろという提案もあったようで、明日の夜の買い出しで、水中眼鏡を駅前にあるスーパー、栄光マートで買うことにも決定。

 ちなみに屋外プールへの入場料も、水中眼鏡の代金も、アレイズが出してくれるらしい。

 これもいつものことながら申し訳ない気持ちもあれど、ありがたいことだ。


(それにしても、屋外プールか……)


 正直、鈴華とルリと行けるというのは、それこそ家族の休日みたいで、あまりそのような思い出がない総司にとっては、憧れのようなものだった。

 嬉しくてたまらない。

 とはいえ一つだけ、気になっていることがある。

 というより、危惧していることというべきだろう。


 クラスメイトたちと、プールで遭遇しないかということだ。

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