第一章 ひとときの安らぎ4

 ルリと一緒にリビングに向かうと、鈴華が夕食の準備をしていた。


(お、今日も頑張ってるのか)


 総司がそう思うのは、なんと、手料理をつくっているからだ。

 ママと呼ばれているのであればママらしいことをやってみたらどうかと師匠から提案されて、先日から、こうしてつくるようになったのである。


「少しでも組織への負担を減らしながら、総司さんたちに美味しくて、身体にいいものを食べてもらいたいんです」


 というのが、鈴華の談だ。

 レシピは笹木さんを通じてアレイズのスタッフから貰ったり、スマホで検索したりして勉強しているらしい。


「総司さん、出来ました!」


 キッチンから聞こえて来る声。

 続いてリビングのテーブルの前にルリと共に座り、十九時のニュースを見ていた総司の元に、すぐに鈴華がやってくる。


「どうぞ! 見てください!」


 自信たっぷりに机の上に置かれたのはオムライスだった。


「どうですか? ちゃんとしてるでしょう?」


 確かに思っていたよりもよく出来ている。

 綺麗なアーモンド型で卵もふっくらだし焦げてもいない。

 気になるのは、その上にかけられているケチャップの形くらいだ。


(いったいこれ、どういうことなんだ?)


 総司がドキドキしてしまったのは、それがハートマークだったからだ。

 なにか意図があるのだろうか?


「なんでこれ、こんなマークなんだ?」


 更にドキドキを加速させながら、総司が意図を訊ねると、


「こうしたら美味しくなるって、テレビでやっていたんです。なので、ネット見たレシピから、アレンジしてみたいんですよ」


 あっけらんかんと、鈴華は答えた。

 総司が少し期待した反応とは、全然違うものだ。


「テレビって……それ、なんのテレビだよ」


「秋葉原のメイドカフェ特集だったかと」


「だ、だよな……」


 としか言いようがない。

 つまりは物真似。

 特に意図などないようだ。


「お前、本当に……」


「本当に……なんですか?」


 きょとんとした表情を浮かべる鈴華。


「いや、なんでもない……」


 無垢そのものであるルリだけではなく、鈴華だってかなり世間とズレているし、常識もあまりないのがよくわかる。

 ハート型の記号がなにを意味しているのかよくわかっていないのだろうなんて、そんな風に思ってしまっただけだ。


「……? なんだか不思議な総司さんですね。サラダや栄養たっぷりのスープもつくってますから、すぐに持ってきます」


 宣言通りのサラダやスープだけではなく、食後のデザートとしての豆乳プリンまでもがあった。

 全てが綺麗に、テーブルの上へと並べられていく。


(本当に頑張ってるんだよな)


 まるでレストランみたいだ。

 準備を終えた鈴華がルリの隣に座って準備完了。

 食卓をこうして囲んで、このような手料理を食べるというのは、かつての総司の夢の一つだった。


「それじゃ、いただきます」


「どうぞ、召し上がってください」


 それから鈴華やルリも「いただきます」をして、総司にとっては夢のような、夕食の時間が開始された。

 まずはと、総司はオムライスをスプーンで掬い上げる。


「総司さん、いかがですか?」


「美味いよ」


 見た目通り卵はふわふわだし、中のチキンライスの味付けも完璧で、とても美味しい。


「うん、うまい! おいし!」


 続けてルリもそう意思表示をした。右手でぎゅっと掴んでいるスプーンを持ち上げて、満面の笑みを浮かべていた。


「ルリちゃん、お口にケチャップがついてますよ。あと、スプーンを握ったまま、手を上げるようなことをしてはいけません」


 ルリの口元にべったりと付着したケチャップを、ティッシュで拭う鈴華。

 その姿はまるで母親のようだと、総司が微笑ましい気持ちになってしまったところでのことだ。


 大雨のニュースがテレビで開始された。


 この街でも今、その大雨が降り出したところだ。

 家の中でもザーッと、雨の音が聞こえている。


 低気圧が居座るらしく、数日、この状況が続くらしい。


 樹や宮子はバーベキューに行くということで、プールで知りあいに会う可能性が減ったとはいえ、そもそも行けるかどうかすらわからなくなってしまった。


 それに——


「今日の見回り、どうするかな……」


 思わずそんな風に、総司は呟いてしまった。


「買い出しは、どのみち行かなきゃいけない状態なんですよね」


 明日の食事がないのだと、鈴華が教えてくれる。


「だったらあとで駅前まで、買い出しついでに見回りするか。どのみち明日行くにしても同じように雨だろうし、元々これから、水中眼鏡を買いに行くって話もしていたわけだしな」


「日曜日までに晴れたらいいんですけどね」


「可能性は半々くらいみたいだな」


 これからの天気について、テレビが触れていた。明日は間違いなく大雨だが、明後日にどうなるかは、当日までわからないようだ。


「プール、あめならいけない?」


 悲しげな表情を浮かべるルリ。それを打ち払うかのように、パンッ、と胸の前で両手のひらを打ち付けたのは鈴華だった。


「そうです! いいことを考えました!」

「いいこと? なになに?」


 隣に座る鈴華に向けて、興味深そうにルリが訊ねる。

 すると鈴華は、まるで晴れの日のように、ぱっと表情を明るくして答えた。


「ルリちゃんも、総司さんも、一緒にてるてる坊主をつくりましょう!」

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