04 &α 夢と幻想 Ⅱ

「待ってくれ。そろそろ。そろそろストップだ」


「あら」


「違う意味で、記憶が飛んじまう」


「まあ、いいわ。記憶。戻ったかしら?」


「戻るかばかやろう。何時間したと思ってるんだ。頭に血が行かねえよ」


「しかたないわね。いちおう、いま訊いておこうかしら」


「なんだ」


「責任を、とってもらえるわよね?」


「なんの責任だ」


「決まってるでしょ」


 夕陽。アトリエに差し込んできている。


「私を助けた、責任よ。結婚してもらいます」


「そんなことか」


「そんなことって、何よ。重要なのよ。生きていくためには。生涯の伴侶が」


「ばか言うな。俺は、おまえがいなけりゃ、飯も食えんし服も着れん。記憶がなかったんだぞ」


「でも、あなたは。これから、記憶が戻る。ひとりで生きていけるようになる。そのとき、私は。あなたに必要とされなくなるかも、しれない。だから」


「ばかだな、おまえ」


「なによ。さっきから」


「俺は、煙と一酸化炭素まみれの場所から、おまえを助けた。その意味が、わかるか?」


「意味?」


「記憶を失う前から。おまえのことが好きだったんだよ。俺は。そして、記憶を失っても。おまえが好きだという気持ちだけは、ぎりぎり、手放さなかった。そのための、涅槃の華、だった」


「うそ」


「ほら。立てよ。いったん中断だ。そんなに信じられないなら。来いよ。指環買ってやる。行くぞ」


「まって」


「まだ何かあるのか。服を着ろ」


「たてない。こしが。ぬけちゃった。びっくりして」


「ばかだな。おまえ」


「ばかはあなたよ。なによ。いきなり、指環って」


「おまえが望むなら、俺が自作してやろうか。金属造形ならなんとかなるだろ」


「うっ。うう」


「泣くなよ。誘ったのはおまえだろ。責任をとるのは俺じゃなくて、おまえさ。俺のために、飯を用意したり服を着させたりするんだよ。一生な」


「じぶんでやりなさいよ。それぐらい」


「そうだな。実を言うと、俺は料理もできる。たぶん、おまえよりもうまい」


「はあ?」


「ほら。立てるか。立てないなら背負って行くが」


「おひめさまだっこ」


「はあ?」


「おひめさまだっこで。服も着せて」


「しかたねえなあ」


「指環はふたつほしい。買ったやつと、作ったやつ。エンゲージと、マリッジ」


「いきなり要望多いなこの嫁は。よいしょ」

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