第33話



 俺たちはさっそく大陸一の娼館街・ピアノーゼにやってきていた。

 そこは夜の街。

 日が沈んでも煌々と灯り煌めく不夜の都だ。

 俺たちがたどり着いたのは夕刻で、すでに夜の街の気配が漂い始めている頃だった。


「……じーっ」

「ふん」


 不穏な気配が背後からする。

 振り返ると、ミルキがジト目で俺を見ており、アギサは呆れたようにそっぽを向いていた。


「なんだおまえら。不満そうだな」

「レイジ様、エッチです」とミルキ。

「見どころのある男だと思っていたが、軽薄なところもやっぱりあるんだな」とアギサ。


 俺は肩をすくめる。


「おいおい、言っただろ? ここに来たのは温泉に浸かるためで、何もいやらしい店が目的ってわけじゃ……」

「じゃあ、なんで今晩の宿は別なんですか?」

「このヘンタイ」

「ちょっ……」


 まずい。パーティの中で俺の株価が大暴落している。

 アリシアに救いを求めたが、彼女は意味ありげに微笑んでいるだけだ。


「まったく……人を性獣のように言うな。いいか、時には遊ぶことも大切だ。根を詰めていてはいつか壊れてしまう」


 前世の俺のように、頑張れば頑張るだけ報われるなんていうのは嘘だ。

 時にはワルにならなければならない。自分の欲望を解放してリラックスする時間が必要なんだ。


「レイジ様はお愉しみかもしれないですけど、わたしたちはどーすればいいんですか?」

「おいおい、何もこの街は娼館だけがメインじゃないぞ。流行の最先端をいくファッション都市でもあるんだ。女の子なら綺麗な衣装には興味があるだろう? 絵の題材になるかもしれないぞ」

「それは……そうですけど」

「アギサだって、普段は怖いけど、たまには女らしい格好をしたらどうだ?」

「……余計なお世話だ」


 ぷいっとアギサに顔をそむけられてしまう。しかし、そむけた先にも露出の多い水着同然の格好をした女の子や、たまに冒険者を見かけてもビキニアーマーを着ていたりして、アギサの顔はさっきからずっと赤面しっぱなしだ。


「くそ。調子の狂う街だ」

「アギサもああいうビキニアーマーを着てみたらどうだ?」

「ふざけるな! だ、誰があんなハレンチなものを!」


 アギサが両腕で自分の身をかばうように抱き締めた。


「レイジ。まさかおまえ、私達にハレンチな格好をさせるつもりで……」

「違うって。まったく。そんなに暇ならカジノにでも行ったらどうだ? カネなら出してやるぞ」

「カジノがあるのか。ふむ……確かにカジノで稼げばよい武器防具と交換できるからな。私も多少は嗜みがある」

「え、そうなんですかアギサさん。すごい、カッコイイです!」


 ミルキはカジノに興味があるようでアギサに食いついている。アギサもまんざらではないらしく鼻高々だ。


「こう見えてポーカーは得意なんだ。ミルキ、手ほどきしてやろうか?」

「ぜひお願いします!」

「ふう……やれやれ」


 話題がカジノにズレたことによって俺は一命をとりとめた。まったく、団結した女子というものは恐ろしい。アリシアも助けに入ってくれないし……この街を勧めたのはアリシアなのに。ひどい話だ。


「お、ここがカジノだな」

「あれ、でもやってないみたいですよ」

「オープンはもっと夜からのようだ。それまでは別の催しをやっているらしい」


 俺たちは豪華なカジノの前で、張り紙を見た。


「なになに……ピアノーゼ毎年恒例の美人コンテスト? へえ、今日やるのか。ツイてるな」

「まだエントリーできるようですね」


 アリシアが俺の肩越しにポスターを覗き込む。


「どうでしょう、みなさんで参加してみては?」

「えっ! いや、それはちょっと……恥ずかしいです」

「ミルキは可愛いから大丈夫ですよ」

「そうかなあ……えへへ」


 アリシアにそそのかされて若干ミルキはやる気だ。


「……私は嫌だぞ」

「騎士たるもの、外見を磨くことも大切なんじゃないか?」

「う……」

「普段は鎧に剣ばかりで、女らしい格好もしていないじゃないか」

「ぐぬ……」

「たまには綺麗なところを見せてくれよ、アギサ」

「……口の巧い男だ」


 アギサもなんだかんだ言いつつやる気になってくれたようだ。

 俺としてもこういうコンテストでドレスアップしたみんなを見てみたい気持ちはある。


「おお、景品はメジアルド帝国の皇帝に伝わっていたダイヤの首飾りらしい」

「なんとまあ。レイジ様、それは帝国が滅亡したときに散逸したと言われている伝説の宝具です。まさかこんなカジノに流れていたとは……」

「これがあればメジアルド帝国を再興したときに箔がつくかもしれんな。よし、俄然やる気になってきたぞ」

「……おまえは出ないだろう、レイジ」


 アギサの鋭いツッコミが入る。


「わたし、アリシアさんのドレスアップも見てみたいです! アリシアさん、とってもお綺麗だから……」

「ありがとう、ミルキ。でも残念ですが、私は遠慮しておきます」

「え、どうしてですか?」

「ハーフエルフだとバレてしまうと、いろいろ面倒なのですよ」


 アリシアは少し寂しそうに笑って、フードを少し上げて長耳を見せてみた。

 ライナード王国は亜人差別の激しい国だ。しかもハーフエルフともなれば、エルフからも毛嫌いされる流浪の民。こんなところで美人コンテストに出られるわけがない。


「そうですか……残念です、アリシアさん」

「気持ちだけで嬉しいですよ、ミルキ」

「よし。では行こうか。……アギサ、不機嫌そうな顔をするな」

「だって……」


 などと言いながら、俺達はカジノに入っていった。

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