第31話



 盗賊の根城は静まり返っていた。夜だから寝るなんて盗人としてアリなんだろうか。

 俺は気にもせずに扉を蹴破った。

 中では一人の男が酒を飲んでいた。


「うぃ~? なんだてめえは」

「おまえだな。孤児院を脅迫しているのは」

「へっ……正義の味方かい」


 男は俺に盃を出してきた。


「どうだい一杯」

「盗人から受ける盃などないわ」

「そうかい。じゃ、俺の首をハネなよ……」


 男は気にした風もなく酒を飲み続けている。


「……? レイジ様、なにか様子がおかしいですよぅ」

「死を受け入れているように見えますね」

「ふん、盗人にしては潔いな」


 ミルキ、アリシア、アギサ。それぞれの言である。

 俺は考え込んだ。


「貴様、死にたいのか?」

「ふっ……まあな。ああ、孤児院の姉ちゃんには謝っておいてくれ。もうしねぇよ……」

「謝るなら自分の首で謝るんだな。おい、ほかの連中はどうした? おまえだけじゃあるまい」

「みんな商隊を襲いにいったよ。もうすぐ帰ってくるんじゃねぇかな。その前に俺を殺しな」


 男はほろ酔いらしく、酒をたびたびこぼしている。くっくと笑うその顔が、俺には引っかかるものがあった。


「殺すのは容易い。だが、なぜこんな盗賊に身を落とした? 冥土の土産に聞かせろ」

「冥土に行くのは俺だろうが……まあいい。俺は元王国騎士だ。だが……ライナード王国は血統を重んじる。俺のような庶子上がりの騎士は、追放されちまうんだ……」

「そうか……」


 どことなく俺にも見に覚えのある経緯だった。


「おまえ、名前をなんという?」

「ダンだ。名字はない。ただのダンだよ」

「ダン、おまえがもし、これから帰ってくる盗賊どもを皆殺しにしたら、助けてやろう」

「れ、レイジ様!?」


 ミルキが慌てふためく。


「た、たしかに可哀想ですけど盗賊の一味ですよ!? それをそんな……」

「安心しろ。別に助けるわけじゃない。……もし盗賊を皆殺しにしたら、自分でメルマリアに謝る権利をやろう。そのあとはどこへともなく逃げるがいい」


「……あんた、どうして俺にそんな優しくする? もうほっといてくれ」

「ほっといたっていいがな。俺は、おまえよりも、実力のある者を無下にするライナード王国が気に食わんのだ。おまえを生かすことは王国への侮辱にもなるしな」

「ふっ……変わった男だ」


 ダンは外に出ていった。そしてすぐに盗賊の悲鳴と血煙が上がった。


「終わったぞ」

「早かったな」

「これでも元・王国騎士だ。盗賊退治の経験くらいあるさ」


 ダンは俺の足元に、商隊から盗賊どもが奪ってきたらしい荷物を放り投げた。


「これは天禄だ。あんたが持っていけ」

「ふむ。では遠慮なく」


 旅の路銀を整えつつ、俺はダンの首を引っ立てた。


「いてえな、やめろよ」

「何を言ってる。見逃すだけで許しはしない。土下座して謝ってもらうぞ、孤児院のみんなに」

「好きにしな……」


 俺たちはダンをひっとらえて、ボルビイへと戻った。


 ○


「この通りだ。許してやってくれないか」

「れ、レイジさん。そんな……」


 俺はメルマリアの前で、土下座しているダンを踏んづけていた。ダンは屈辱で顔を赤くしているが、やがて納得したようにうなだれた。


「すまなかった。もうしない」

「……盗賊さん。反省してくれていれば、それでいいです」

「ありがとう……」


 ダンは何度も頭を下げながら、去っていった。別れ際にミルキング王国で人手が足りないことは教えておいたから、そっちへいくかもしれない。

 俺はメルマリアに向き直った。


「よかったかな、これで」

「はい、ありがとうございます。あ、そうだ」


 メルマリアは俺のところにトト、と歩み寄ってきた。


「よしよし」


 俺はいきなり抱き締められた。そのまま頭を撫でられる。


「レイジくん。よく頑張りましたね。ありがとう」

「…………」


 ミルキが顔を両手で覆いしかし指の股から覗いている。アリシアは意味ありげにほほえみ、アギサは赤面して顔をそむけている。


「俺は、いいことをしたかな?」

「はい。とっても」

「なら、よかった」


 俺はメリマリアから離れた。


「ところで……実は俺たちはライナード王国の暴政に義憤を覚えている旅の冒険者なんだ。メジアルド帝国の嫡子がいるとのことだが、その子……俺たちに預けてくれないだろうか?」

「えっ! それは……」

「レイジ様! いったいどういう……?」


「俺達はライナード王国を倒す。そのあと、ミルキング王国で全土を支配してもよいが、メジアルド帝国にはアリシアたちハーフエルフも世話になった過去がある。むしろ再興してやったほうが、ライナード王国への侮辱になるかと思ってな」

「それは……メジアルド帝国はよい国でしたから、私のような保母でもありがたいことですけれど……」


 メルマリアはまだ迷っているようだった。

 ……俺の人徳の至らなさかな。反省せねば。


「わかった。嫡子がどの子かは教えてくれなくてもいい。ただ……ライナード王国を討伐した暁には、天子を迎えに来て皇位に就いてもらう。それでもいいかな?」

「……はい。もし、そんなことがあれば、それがあの子の運命なんでしょうね」

「わかってもらえて嬉しい。では……」


 俺たちはメルマリアの孤児院に背を向けた。


「あのっ!」

「……?」

「ありがとうございました、本当に……」

「いいさ」


 俺は手を振って、メルマリアに別れを告げた。

 アリシアが、珍しく俺のそばに寄ってくる。


「今夜はお寂しいんじゃありませんこと?」

「……察しがいいな」

「長い付き合いですもの」


 銀髪紫眼の大魔術師・アリシアはそう言って不敵に微笑んでみせた。




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